9月5〜7日、東京・青梅でのアリ研(「アリストテレスと現代」研究会)の合宿に参加してきました。
7回目の合宿で、全国から12名の参加者が集まりましたが、回ごとに少しずつ変化があり、それがまた楽しく、勉強になります。
ついつい変わらぬものと変わるもの、なにが変わらずなにが変わるのかというようなことを考えますが、変わるからこそ変わらぬものもだんだん透けて見えてくるようにも感じます。
出会いと別れ、そしてまた出会うということ。再び結びあうことのシアワセ。
ところで今回の合宿は、私流に一言でいえば、アリストテレスと赤塚不二夫とのスリリング(?)な出会いの場だったと総括されます(青梅には赤塚不二夫記念館があります)。
青梅という地での、アリストテレスと天才バカボン(のパパ)との、シュールな出会い。
それが美しかったかどうかは別にしろ、この両者の距離こそが思考の運動をもたらしもするかのような?
アリストテレスは「これでいいのだ」と言ったかどうか?
今回は、あまり写真を撮りませんでしたが、取りあえず一枚だけオヒロメして、簡単なギャグ風報告に代えます(毎度のことながら『政治学』読解を中心とした講義は、広範かつ濃密、また斬新で、とても簡単に要約できません。というか要約をはみでる部分にこそこの合宿の真価も、参加することの特権的意義もあるわけで…)。
被写体は参加メンバーのひとりで、バカ田大学の優等生でもありますが、プライバシーに配慮して顔は隠してあります。どこからか「赤い風船」がとんできた?


大変意味深長な文章を噛み締めて読みました、、、
これは、もしかしてあの世紀の問題作『ナジャ』(A.ブルトン)をも凌ぐ文章だったりして、、、 まさかっ!?
なぜって、
〈1〉非常に重層的に読み込めるだけでなく、
〈2〉何やらいわくありげな写真との関連から、益々立体的にも解釈可能だからです、、、
ホントかなぁ−-−-
なんなら 岩波文庫版『ナジャ』(巌谷国士訳)のどんな箇所でもいいからページを開いてみて下さい、、、 ← これは石井さまへの発言ではなく、まだナジャを読んでいない人への発言
上記〈1〉に関して言えば文章中の
「アリストテレス」は、
a 古代のアテネに実在していた本人、
b 上記の霊魂
c 著作の中のアリストテレス、
d 実在する日本のアラキトテレス先生、
e 上記の霊魂
「赤塚不二夫」=天才バカボン(のパパ)
a 20C日本に実在していたご本人
b 上記の霊魂
c 漫画作品の中に造形されたキャラクターとしての赤塚不二夫の形相
d 青梅記念館に展示されていた本人のあらゆるイメージ
e 青梅記念館に実際に徘徊していた本人の霊魂
のそれぞれの可能性があり(もっと在るかもしれません)、どの組み合わせを採るかで意味内容がかなり違ってくるのは間違いありません。
〈2〉の写真を絡ませると、その解釈の仕方により、文章全体の意味内容がガラッと変わると思いますが、、、
<私は何故か知らずのうちに被写体にされていますので、もうこれ以上は立ち入りしませんが、、、>
どちらにしても、石井=ブルトン的文章を、青梅合宿の成果?として、アラキトテレス風に重層的に読み込んでみました。
【読み込みは、重層的 かつ立体的
アラキトテレスは ブリコラ−ジュ】
字余りにつきお粗末でした、、、