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    <title>cafe NOUS</title>
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    <updated>2008-11-21T02:23:19Z</updated>
    <subtitle>感性と知性を旅するウェブマガジン
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    <title>ハンマースホイ　または、ある幽霊のまなざし</title>
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    <published>2008-11-19T03:15:11Z</published>
    <updated>2008-11-21T02:23:19Z</updated>

    <summary>　小雨に煙る日曜日（16日）、上野の国立西洋美術館へ『ヴィルヘルム・ハンマースホ...</summary>
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        <![CDATA[<p>　小雨に煙る日曜日（16日）、上野の国立西洋美術館へ『ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情』を見に行った（12月7日まで）。<br />
　ハンマースホイという耳慣れない名をもつこの画家は、1864年にデンマークで生をうけ、1916年に没するまで生前はヨーロッパで高い評価を得ていたといわれる。日本ではほとんど知られていないが、「北欧のフェルメール」とも喩えられ、欧米を中心に再び脚光を浴びているらしい。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="081119.jpg" src="http://www.cafe-nous.com/2008/11/19/081119.jpg" width="320" height="240" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></span>　じつは私自身、「フェルメール展」に行ったおりに途中でみかけたそのポスターを見るまで、まったくといってよいほど、ハンマースホイの名も絵も知らなかった。しかし、その巨大なポスター（看板）に印刷された絵は、一目見ただけで人を惹きつける不思議な魅力があり、その静謐な絵の“たたずまい”とでもいうべき雰囲気は、未知であると同時にどこかなつかしい印象を周囲の環境に放っている。</p>

<p>　だからむろん「北欧のフェルメール」などという評価があることなどまったく知らなかったし、「フェルメール展」のさいにポスターを目にしたのもただの偶然。その落ち着いた構図と色彩から受ける「静かな詩情」のインパクトが忘れられず、再度この上野の森に足が向いたというわけである。</p>

<p>　たしかに、おもに室内を舞台とし、しかもガラス窓から入る光を取り入れた写実的な、いうなれば「写真のような」描写は、フェルメールを思わせるところがないではない。画題の多くは「女」を描いていることにも共通点がある。<br />
　しかし、決定的に違うのは、その定まらない視線である。定まらないどころか、ハンマースホイの画中の人物（多くは妻のイーダ）の大部分は背をむけており、視線はおろかその顔の表情さえわからない。なかには、顏をこちらに向けているものもあるが、そのほとんどは無表情のままで、まなざしはこちら（画家）の視線とまじわることがない。画家がその場にいないか、いたとしてもまるで空気のような存在でしかないかのようだ。「写真のような」と書いたが、これはほとんど写真“そのもの”である。あるいは写真“以上”の写真である。<br />
　また「女」といっても、たいていは黒い地味な服を着ていて、ベルギー生まれのシュルレアリスト、ルネ・マグリットの山高帽の紳士のように非人称化されている（筆致自体、マグリットを連想させるところがある）。そして全身から、どこか愛しくも儚い風情が漂ってくる。</p>

<p>　ハンマースホイの伝記的な事実はよく知らないが、当時は写真も映画も創世記を迎えていた時代であり、彼が暮らしていたコペンハーゲンという都市の環境も新しいメディアの洗礼を大いに受けていたにちがいない（ハンマースホイと写真や映画との影響関係を調べるとおもしろいと思うが、いまはその任にない）。彼がどの程度“方法として”写真を意識していたかは審らかではないが、少なくとも“意識として”作家人格や個人の心情をできるだけ無にし、無機的なレンズのようなモノに自分を透明化しようとしていたのではなかろうか。画面を満たす静謐感と適度な緊張感は、そのことに由来しているような気がする。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>　人声や物音のしないその静かな室内空間は、家具や調度品がほとんどない、まるで引っ越しのために荷が運び出されたあとの部屋のようだ。色調もほとんどモノトーンと見まがうばかりに抑えられていて（最近の映画にもこの傾向があるのも興味深い）、いっさいの過剰さが排除された彼の作品は、空虚ではあるがけっして見る物の不安感をあおる居心地のわるいものではなく、むしろ反対に、いつまでも見ていたい落ち着きと安堵感があり、その部屋に空気として自分が“参加”している親密な感覚さえ覚えてくる。<br />
　うまくいえないが、なにか人生の苦しく労の多かった時間が過ぎ去って、変化や動きが静まり、事が終ったあと、止まった時のなかで待機しているかのような、しかしもはやそれは永遠に訪れないかのような……。その空間に物静かにたたずむ女の後ろ姿を、存在を消去され、空気＝気配と化した画家のまなざしがカメラのように無心に写し取った絵画----。</p>

<p>　画家の視線が見る者の視線と一体である以上、つまり見る者が画家の視線に限定され拘束される以上、見る者は時空を超えたもう一人の画家である。私たちは画家とともに、絵の舞台である彼の自宅の部屋を覗いてまわることになる。<br />
　彼の絵を見ることにともなう一種の安心感は、覗いていることをけっして対象から悟られないことにあるだろう。「覗く」というのはおかしな言い方かもしれない。じっさいそこには、通常はじめて他者の家に無断で入り込むことにともなう後ろめたさを感じずにすむからだ。部屋にいる人物は、見ている画家に気がついているのか。気がついているとしても、見られている女から伝わってくるのは、ごく親しい者、あるいはかつて知っていた亡き者への諦めと許しである。画家は「死」の側から妻を見ている？　画家＝見る者である私たちは、透明人間または一個の幽霊として、その部屋部屋を徘徊しているかのようなのだ。</p>

<p>　最後に「そして、誰もいなくなった」、文字通りからっぽの部屋が残される。そこに描かれた人物さえ、いつのまにか消え去っているのである。<br />
　ハンマースホイの絵には、白い扉が画面を大きく占める作品が多いが、禁止と許可、あちらとこちらを仕切る結界のようで印象深い。よく見ると取っ手（ノブ）の描かれていないドアがある作品があり、その部屋が「開かずの間」であり、作品自体がひとつの夢、あるいは現実に“似た”異空間であることを暗示する。ノブがないということは、鍵穴がないということでもあり、この意図的な省略は、扉を開けるのに鍵は不要であることを示している。禁じられた性的な欲望の隠喩として読み解くことも可能ではあろう。絵の前に立ったとき、欲望という鍵を捨て去ることをこの扉は私たちに命じているのかもしれない。<br />
　しかし、だからこそであろう。ほとんどどの扉も大きく開かれており、私たちは画家とともに小さな風＝魂となって部屋から部屋へ吹き抜けることを許されている。<br />
</p>]]>
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    <title>フェルメール展で「ワイングラスを持つ娘」を見て</title>
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    <published>2008-10-27T06:08:23Z</published>
    <updated>2008-10-29T05:33:18Z</updated>

    <summary>　事務所への出がけに、上野で途中下車して『フェルメール展　光の天才画家とデルフト...</summary>
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        <name>izumi_ishii</name>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.cafe-nous.com/">
        <![CDATA[<p>　事務所への出がけに、上野で途中下車して『フェルメール展　光の天才画家とデルフトの巨匠たち』を覗いてきた（<a href="http://www.tobikan.jp/"><strong>東京都美術館</strong></a>、12月14日まで）。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="フェルメール展" src="http://www.cafe-nous.com/2008/10/27/081027.jpg" width="350" height="278" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span>　平日（木曜）の午前なのに、かなりの混雑で、作品を見る前からいささかうんざり気分が先に立ったが、駆け足ぎみに見てまわった。「どうせ混むんだから、そんな混雑のなかでフェルメールを見たってあまり意味ないんじゃない…？」という知り合いの美術史の先生の助言があったにもかかわらず、欧米の美術館を訪ね歩いて観賞する時間もお金もない当方からすれば、こういうチャンスは滅多にないのだから仕方ない。</p>

<p>　フェルメールは7作品が出展されていた。作品名をあげると「マルタとマリアの家のキリスト」「ディアナとニンフたち」「小路」「ワイングラスを持つ娘」「リュートを調弦する女」「ヴァージナルの前に座る若い女」、そして「手紙を書く婦人と召使い」。<br />
　私にとって実物を見るのはすべてはじめてだったが、事前に何も調べずに行ったため、出会えるものと勝手に思い込んでいた「真珠の耳飾りの少女」を見ることができなかったのは残念（スカーレット・ヨハンソンが主演であの少女のモデル役を魅力たっぷりに演じていた<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B0001X9BLK?ie=UTF8&tag=cafeface-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=B0001X9BLK">映画『真珠の耳飾りの少女』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=cafeface-22&l=as2&o=9&a=B0001X9BLK" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />をかつて面白く見ていただけに、当てが外れてちょっと落胆）。</p>

<p>　しかし、だからでもあろうか、逆に興味を惹かれたのは「<a href="http://commons.wikimedia.org/wiki/Image:Jan_Vermeer_van_Delft_006.jpg"><strong>ワイングラスを持つ娘</strong></a>」という絵。「<strong><a href="http://commons.wikimedia.org/wiki/Image:Johannes_Vermeer_(1632-1675)_-_The_Girl_With_The_Pearl_Earring_(1665).jpg">真珠の耳飾りの少女</a></strong>」の少女に比べると、この「娘」はなんだかちょっと“いやな”顏をしている。ともにこちらを向いて絵を見る者を見つめ返しているが、「少女」のほうはずっと視線を交わしていたい気持ちになるのに（印刷物などで見るかぎり）、「娘」のほうは反対に目をそらしたくなる、というか目をふせたくなる。「娘」のほうがわずかに品を欠いた、どこかしら隠微な感じがするからであろうか。笑みをたたえた口元は、こちらの羞恥心を見越した意地の悪さのようなものまで漂わせているように見える。衣服の色、青（ターバン＝少女）と赤（娘）の違いも影響しているかもしれない。<br />
　（会場入口付近を撮った上の写真のポスター、向かって左が「ワイングラスを持つ娘」。右は「小路」）</p>

<p>　館内の人混みから抜け出して早く外に出たい気持ちが先走り、黒い人影の頭越しに視線をさっさと画布に走らせて出口近くまで来て、なんだか気になる感じがのこっていたので、もう一度動線を逆戻りしてこの絵の前に立ってみた。<br />
　娘に寄り添うように上目づかいでワインをすすめている男、これがなんとも怪しいのだ。下心みえみえといった様子で、娘もそれを察知しており、「あらま、どうしましょう」とこちら見る側に問いかけているように見える。それは、私たち見る側の“女への視線”にまぎれこむ下心さえ察知し、了解済みのオトナとしての微妙な笑顔でこたえているかのようだ。視線をそらしたくなるのは、こちらの見ることに潜む欲望を見透かされている感じがするからではないか。<br />
　そう考えると、この男（紳士）は私たち見る男の鏡像にも思えてくる。</p>]]>
        <![CDATA[<p>　さらに興味を惹かれたのは、娘からの視線をそらし、画面の他の部分に目をやるとふたりの背後、紳士の近い側の隅にいるもう一人の男である。テーブルに頬杖をつき、なにやら陰鬱に黙考している様子。デューラーの版画で有名な「<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BB%E5%83%8F:Melencolia_I.jpg"><strong>メランコリア</strong></a>」の内省的な天使を想起させる、憂鬱を絵に描いた（絵だから当たり前だけど）ようなポーズで影のなかに沈んでいる。その暗さは、娘の笑顔と対照的である。私にはこの作品に関する予備知識がまるでないのでわからないが、このふたりの男たちのモデルはじっさいにいたのだろうか（今回「図録」も買わなかった）。<br />
　しかし、まあ、このさいはじっさいのモデルがいたかどうか、誰であったかはどうでもよい。肝心なのは、このふたりの男たちが、どうみても同一人物に見える点である。</p>

<p>　フェルメールは「光の画家」と呼ばれるが、光を描くということは当然のことながら影を描くことでもある。光と影、明と暗、躁と鬱、男と女、青（知性）と赤（情熱）、若さと老い、静と動、欲望と規律などなど、フェルメールの作品のなかでもこの作品は、人間のこころがもつ二面性とその葛藤を沈着に見つめたものとして際立っているように思う。ありきたりの言い方だが、タブローを満たすうっすらとした透明な光のなかに、心の微細なざわめきを静かに定着させている、ちょっと“毒”のまぎれんこんだ作品といって（多分）よい。</p>

<p>　こう書いてみると、ワインをすすめる紳士は、白雪姫に毒林檎をわたそうとする老婆のようにも見えてくるし、壁にかかった肖像画の人物は、法（規範）＝父の監視の目線を暗い画面から娘と男に送っているような気がしてくるから面白いといえば面白い（あるいは紳士の第三の分身か）。暗くてほとんど見分けのつかないこの肖像画は、画面左の光が射し込んでくるステンドグラスと、そこに描かれたやはりなにか判別しにくい寓意画と対になっているのではないか。<br />
　また、この娘の作ったような笑みは、明らかにこのワイングラスが“毒杯”であることを知っている証ではないか。</p>

<p>　作品全体が、背後でメランコリックに考え込む男の妄想を描いたものともいえる、と結論づけたくもなるが、それはヨーロッパ中世では、メランコリー（憂鬱症）は芸術家特有の病＝性質（胆汁質、占星術でいう土星）であるのが周知のことだからだ。芸術家＝フェルメールは、己の姿を思いにふけるこの隅っこの人物に投影しているのだろう。</p>

<p>門外漢でありながら（だからこそ？）、このようにお伽話風に読み取れる「ワイングラスを持つ娘」でありました、とさ。</p>]]>
    </content>
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    <title>蓜島庸二個展 [Fragile] 11月10日より</title>
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    <published>2008-10-21T05:51:45Z</published>
    <updated>2008-10-28T05:18:48Z</updated>

    <summary>「亀甲館だより」などカフェ・ヌースでもおなじみの現代美術家・蓜島庸二さんの個展が...</summary>
    <author>
        <name>izumi_ishii</name>
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        <category term="イベント案内" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.cafe-nous.com/">
        <![CDATA[<p>「亀甲館だより」などカフェ・ヌースでもおなじみの現代美術家・蓜島庸二さんの個展が開かれます。タイトルは[Fragile]。「炭書」というコンセプトがさらに先鋭化され、文明の“危うさ”が日常空間に忍び込む…！？　従来の作品や展示という概念を覆す、この高貴でスキャンダラスな「事件」の現場に立ち会えることの“幸運”を分かち合いたいと思います。<br />
　下記は蓜島さんからご案内いただいた個展の概要です。英文と略歴を含めた詳細は<a href="http://www.cafe-nous.com/haijima/">「亀甲館だより」</a>をご覧ください。</p>

<p>　☆</p>

<p>蓜島庸二個展 Yoji Haijima Exhibition<br />
グーテンベルク炭書 Gutenberg Charcoal Books<br />
[Fragile]ーーフラジャイルな炭書／フラジャイルな日常ーーー<br />
2008年11月10日（月）～22日（土）　12時～６時p.m.（最終日４時p.m.）<br />
会場：<a href="http://www006.upp.so-net.ne.jp/sachi-ko/">ギャラリー 水・土・木</a><br />
オープニングパーティ：11月10日（月）４時p.m.より<br />
ギャラリートーク：11月16日（日）２時p.m.より</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="081021.jpg" src="http://www.cafe-nous.com/2008/10/21/081021.jpg" width="320" height="240" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></span>　本を炭に焼くというこのスキャンダラスなプロジェクトは、名付けて『グーテンベルク炭書』。今回はその４回目の発表になるが、それにしてもこの炭書は、もともとが一枚の紙だから、そのまま炭に焼いてもなかなか木炭そのもののような堅固な形を得るのが困難で、しかし試行錯誤の末、今ではかなり安定した形を得られるようになった。</p>

<p>　とはいえ、それはブロンズ彫刻のような強さが得られるというわけではなく“本の姿焼き” といった程度のものだから、ちょっとした衝撃にもぽろぽろと崩れていく。そのフラジャイルなさまは、今や私には、このグーテンベルク文明そのものの姿に思えて・・・、</p>

<p>　そういう思いの中で開かれる今回の個展。</p>

<p>　この水・土・木（みず・と・き）ギャラリーは、東京西北部に古くから開けた有数な住宅街のまんなかにあって、そのせいか世に言う美術空間のホワイトキューブとはほど遠く、白い格子の出窓なぞしつらえてあって、どこか小市民的日常感覚の漂う空間だ。そういう中にこのスキャンダラスな、いかにもフラジャイルな炭書を持ち込むことを想像したとき、</p>

<p>　　いま、わたしたちの日常が、さまざまな日常が壊れようとしている？　といった不安が・・・。</p>

<p>（炭書の炭焼きはすべて、青森県深浦町、炭工房「勘」の技術に成るものです）</p>

<p>　☆</p>

<p>蓜島庸二略歴<br />
1931年：東京に生まれる。1950年始め頃より作家活動を開始。美術文化協会、新象作家協会、読売アンデパンダン展などを経て現在はフリーランスに。以後、幾つかの個展、幾つかのグループ展、コンクール、美術展などで発表。<br />
2005年：国際芸術センター青森における、春のアーチストインレジデンスに参加。書籍を炭に焼くプロジェクトを「グーテンベルグ炭書」と名付けて開始、現在に至る。</p>

<p>〈本展以外の今後の予定〉2009年2月：日本橋砂翁に於ける蓜島庸二／和田祐子二人展を、同じく2009年5月：愛知県常滑市INAXライブミュージアムに於いて個展グーテンベルグ炭書「海を孕む」を、2009年5月：六本木ストライプハウスG.での個展を予定している。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>ピタ・マハの朝 [バリコラージュ 6]</title>
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    <published>2008-10-15T07:25:01Z</published>
    <updated>2008-10-21T05:33:49Z</updated>

    <summary>　以下は、2004年のバリの旅の記憶。中断されている『ウブドの光る雨』を、再び書...</summary>
    <author>
        <name>izumi_ishii</name>
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    </author>
    
        <category term="バリコラージュ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.cafe-nous.com/">
        <![CDATA[<p><em>　以下は、2004年のバリの旅の記憶。中断されている『ウブドの光る雨』を、再び書き継いでみたいと思います。これは、[ウブドの光る雨1ー1]にあたります。<br />
</em><br />
　＜……岸辺に打ち上げられた漂流者のように、私は眠りの海から吐き出されていた。＞</p>

<p>　朝食には、まだ早い。私はピタ・マハの敷地内を少し見て歩いたあと、部屋のテラスに戻り、日本から持ってきていたガイドブックや空港で手に入れたリーフレットの類いを外のテーブルに広げ、写真や地図などを見るともなしに見ていた。<br />
　<br />
　ランドスケープ・アーキテクチャーという、なにやらいかめしい肩書きを持つ友人のひとりが、「地図で見るバリ島は、なんとも面白い、いい形をしているよね」と言っていたことがある。彼は以前、王立庭園の造園工事ために、デザイナーとしてブルネイに一年間暮らしていたことがあり、自然と人の技術との接点を探ることに深い関心を持っていて、自然や都市環境、ヨーロッパや日本の庭園、いわゆるランドアートのことなど、よくふたりで語り合ったものだ。<br />
　この前の爆弾テロのために、いっしょに計画していたバリ旅行が直前で取り止めになり、今回も病気のためにこの地に来ることがかなわなかったが、バリの景観をじっさいに見たら、彼なら何と言うだろう、などと考えていた（この旅の2年後、彼はこの病から回復できず亡くなった）。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="bali_map_omuni2.jpg" src="http://www.cafe-nous.com/2008/10/15/bali_map_omuni2.jpg" width="520" height="348" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span></p>

<p>　ここバリ島は、インドネシアの州のひとつ。大小合わせて１万数千〜2万あるといわれるこの国の島々のなかのひとつで、面積はほぼ愛媛県くらい。西にジャワ島、東にロンボク島が近接している。ロンボク島とのあいだには、そこから動物の生態分布ががらりと変わる境界といわれる、かの有名なウォーレス線がひかれている。ウォーレスとは、ダーウィンと「進化論」を競い合ったあの博物学者・探検家アルフレッド・ウォーレスのことである。</p>

<p>　ガイドブックによると、この小さな島に310万人が暮らしているとある。１平方キロあたり、550人というから、かなり人口密度は高い。イスラム国インドネシアのなかで、唯一のヒンドゥー教の島であるが、インドから伝わったこの宗教に、バリ特有の自然信仰がミックスされて形成されたバリ・ヒンドゥーの教徒が、住民の95パーセントを占める。人口密度は高いけど、いたるところに寺院があり、面積に占めるお寺の数の比は世界一高いといわれる。</p>

<p>　★</p>

<p>　とこうするうちに、早く起きて敷地内を“探索”していたらしい「玉さん」（今回の旅の仲間をこのような符号で呼ぶことにする）がヴィデオカメラを望遠鏡のように目の前に構えたまま、土塀の狭い入り口から入ってきた。もうひとり同部屋の「秋さん」もちょうど出てきたところで、隣の一棟の「北さん」「竹さん」（この2人は女性）も現れて、小さな前庭になっているテラスに５人の顔がそろった。<br />
　みなあまり寝ていないはずだが、さわやかな朝にふさわしい、朝のようにさわやかな表情をしている。私も椅子から立ち上がってカメラを構え、私たちを撮影している玉さんと向き合った。一枚、カシャッ。</p>

<p>　ロビー脇のレストラン。さほど広くはなく、テーブル数も多くはないが、自然光と風が窓から入り、開放的。つい、窓といったが、2階にあるこのレストランは、外壁が腰の高さまでしかなく、屋根とのあいだには数本の柱があるだけで、媒介なしに外の自然とつながっている。バリに限らず、熱帯地方には「窓」といった概念はほとんど意味をなさないことに、いまさらながらに気がつく。</p>

<p>　そのことは別にしても、バリの“外と内”の境目の作り方は、とても興味深い。開放的で閉鎖的、オープンかつクローズとでもいえばよいか。バリ独特の、山を垂直に刃物でたち割ったような寺院の門（チャンディ・ブンタール）の間口は、たとえば日本や他国の寺社などと比べても極端に狭く、家屋を囲う塀や部屋の入り口は、せいぜい人が一人やっと通れるかどうかぐらいしかない。しかし、一般家屋の塀や壁、敷地の囲いは低く、そんなものがない場合もあって、なかへ入ろうと思えば人はどこからでも入ることができるのだ。<br />
　バリの境界は、人ではない、なにか別のもののためにあるような気がする。</p>]]>
        <![CDATA[<p><br />
　フルーツジュースにトーストとベーコンエッグ、果物とコーヒーを主とした“普通の”朝食をとったあと、「さっき見てきたけど、ここのプールはすばらしい！」という玉さんの一言で、私たちは部屋に戻りがてら、敷地のはずれに隠れるように設置されたプールへ行ってみることにした。</p>

<p>　たしかに、すばらしい。大きなプールではないが、いかにも冷たそうな水が満々とたたえられていて、プールサイドを数脚の寝椅子と日傘、そして赤いハイビスカス、白いプルメリアなどの木々がふちどっている。私はなぜか木に咲く花が好きだが、花びらの中心がほんのりと黄に染まったプルメリアも例外ではない。見上げた瞬間、その白い花のひとつが咢ごと、ポタリと水面に落ちた。</p>

<p>　そして、なによりもすばらしいのが、“向こう側”にひらけている景観である。視野の両側面が木々で額縁のように切られた見晴しの上半分が空の青、下半分が対岸の斜面に作られた田んぼの緑。人影はまったく見えず、ヤシの木や、おそらくバナナやドリアンと思われる木が間隔をおいて空に貫入している景色は、自然と人工（手入れ）の調和の見事な一例だ。こちらとあちらとでは、近くて遠い此岸と彼岸の感じもする。<br />
　<br />
　この一帯は、深い渓谷になっており、ピタ・マハの正式名「ピタ・マハ・チャンプアン・リゾート」のチャンプアンとは、この渓谷一帯を指す名称である。<br />
　ピタ・マハは谷戸の一方の傾斜面に立地しているので、ホテルの川側にあるプールの向こうにはスポッと抜けた空間がひらけ、遠近感が一瞬おかしくなる、いわば手を伸ばしても触れない風景画のような眺望がひらける仕組みである。プールの槽の端が床と同じ高さになっていて、プールからあふれる水は、断崖の向こうに落ち込んでいるように見える。だから谷側のプールの淵に人が立つと、水の上に立っているような、あるいは空が水面に映りこんでいるので、まるで空中に浮かんでいるように見える。<br />
　だからこのプールの魅力は、透明な水と空、その水の中で泳ぐことが、鳥のように空を飛ぶ感覚と混ざり合うことにきっとあるのだろう。</p>

<p>　この“様式”は、比較的新しいバリ風ホテルで流行っているようだ。たとえば、よしもとばななが『<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4877284532?ie=UTF8&tag=cafeface-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4877284532">マリカのソファー/バリ夢日記</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=cafeface-22&l=as2&o=9&a=4877284532" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />』でかつて絶賛した、同じウブドにある最高級リゾートホテル「アマンダリ」のプールがそうで、アマンダリがそのはしりになったのだろう。</p>

<p>　すぐにでも、水着に着替えて泳ぎたい衝動にかられたが、それは「あとの楽しみ」にして、今日はまず周辺を歩いてみようという計画どおり、私たち5人はピタ・マハの外へ、ウブドの通りへ、ジャランジャラン(インドネシア語で「散歩」「ブラブラ歩き」のこと)へとくり出した。（つづく）</p>

<p><span style="color:#663300"><small>＊上はバリ島の地図。昔ある雑誌（旺文社発行の日本版「OMNI[オムニ]）でバリ島特集を企画・編集したときに、少し年上の友人であり、敬愛していたイラストレーターの渡辺冨士雄さんに描いてもらったもの。20年以上前のものであるが、渡辺さんは、その数年後に故人となられた。渡辺さんの多才な作品のなかで、よく知られているのは『<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4794201877?ie=UTF8&tag=cafeface-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4794201877">ツルはなぜ一本足で眠るのか―適応の動物誌</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=cafeface-22&l=as2&o=9&a=4794201877" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />』（草思社）という本の挿画だが、デザイナー杉浦康平さんとのコラボレーションで、ブータンの切手に、オファリング（お供え）の美しい絵を描いたこともある。<br />
　バリ島特集の際、ライアル・ワトソンに「世界の臍」という一文を寄稿してもらったが、そのあと、やはり私の企画で、「ライフライン」と題したワトソン博士の日本初の書き下ろし連載をOMNI誌に掲載したときにも、渡辺さんに挿画をお願いした。ワトソンさんも、彼の画をたいへんに気にいっていたと、翻訳をお願いした内田美恵さんから伝え聞いたことがある。この「ライフライン」は連載完了時に『<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/401009883X?ie=UTF8&tag=cafeface-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=401009883X">アースワークス―大地のことば</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=cafeface-22&l=as2&o=9&a=401009883X" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />』というタイトルに代え旺文社から発刊された。ほどなく絶版になったが、現在は、筑摩文庫で読むことができる（渡辺さんの、このときの線画によるイラストレーションも使用されている）。<br />
　上の手描きの地図は、渡辺さんに返却されたはずで、いま手許にはのこっていない。よって、OMNI誌から複写（スキャニング）し、ひとつの記録・思い出として掲載させていただいた。渡辺さん、ありがとう。あのころはほんとに楽しかった…。<br />
　渡辺さん、そしてそのずっと後になるが、本文で触れた友人・堤野仁史さんとよくバリの話をした。ふたりともバリは未経験だったから、私の一方的な報告に終始したけど、ひとりで興奮しがちな私の話に熱心に耳を傾けてくれた。「今度いっしょに連れていってよ」とよくいわれたけど、果たせぬまま、ふたりとも逝ってしまった。拙いこの一文にこめた思いを、渡辺さんと堤野さんに贈りたい。</small></span><br />
</p>]]>
    </content>
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    <title>佐藤春夫「バリ島の旅」を読んで [バリコラージュ5]</title>
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    <published>2008-10-02T03:23:45Z</published>
    <updated>2008-10-15T08:55:18Z</updated>

    <summary>　先日、ある人（アーティストの配島庸二さん）から、佐藤春夫が書いたバリ島旅行記の...</summary>
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        <name>izumi_ishii</name>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.cafe-nous.com/">
        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="081002.jpg" src="http://www.cafe-nous.com/2008/10/02/081002.jpg" width="320" height="240" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span>　先日、ある人（アーティストの配島庸二さん）から、佐藤春夫が書いたバリ島旅行記の存在を教えられた。</p>

<p>　それは「バリ島の旅」という題名の随筆で、私が読ませてもらったのは、筑摩書房の現代文學全集30『佐藤春夫集』に収録されたものである。昭和20年の正月の数日をバリ島に遊んだ佐藤春夫は、自身で「たわいもない」といいながら、そのときの印象を短い旅行記として自由闊達に、とても愉快に綴っている。</p>

<p>　公表されたのは昭和26年（私の生まれた年！）のようだが、「はしがき」に<em>「餘人にはたわいも無いものであろうが、當年の旅人にとっては焚き捨て難いのをここに録して貰うことにする」</em>とある。</p>

<p>　配島さんからお借りしたこの本は、配島さん自身、最近どなたかから贈られたものであるという。配島さんは、本サイト「カフェ・ヌース」でも紹介されているように、書物を焼いて（焚いて）炭にする「炭書」を作っておられる。もし、この本が、「炭書」制作のために材となる可能性をもって、配島さんに贈与されたものであるとすると、逆説的でありながら、バリ好きの私にとってはなんだかとても不思議なめぐりあわせのような気もしてくる。<br />
　贈与の循環…。</p>

<p>　逆説的といったが、配島さんの炭書が「焚き捨てる」ことを本意としたものではなく、むしろ焚いて（焼いて）保存し、機能を変換して別の「なにか」に再生させることであるならば、逆説どころか、もしかすると芸術行為というものの「本説」、つまり原因と結果、過去と未来が逆転するような一種のマジックを見る思いがする、といったらアーティスト本人からは深読みと笑われるだろうか。<br />
　<br />
　…と、ここまで書いて漠然と「贈与」のことを考えていたら、事務所のドアをノックする音が聞こえた。いつかは読まねばと思い「アマゾン」に発注していたマルセル・モースの『贈与論[新装版]』（勁草書房）が、配達されてきたのだ！（本当ですよ）。</p>

<p>　バリ島は、私にとってはつまり、ある意味で「贈与」のトポスであるといってよい島なのである。<br />
　いまくわしくは書かないが、バリからはじつにいろいろなものを贈られた。それはいったいなんなのか。それを少しずつでも言葉にしようという試みが、このバリコラージュであるともいえるわけで。</p>

<p>　また、本来的な意味での芸術活動にしても贈与という面から捉えてみる必要があるのではなかろうか、とも思う。前々回にも書いたひとつの言い方をすると「市場経済を超えた領域」に生起するものとしての芸術＝贈与。この場合、それは自然からの贈与が大本であるといってよいかもしれない。自然からの贈与を人々と分かち合うものとしての、また自然にたいするその返礼としての芸術、そして芸能。</p>

<p>　だから「深読み」「こじつけ」はある程度承知のうえである。配島さんとそのアートに出会ったときから、「贈与」という概念が自分のなかに芽生えてしまったのだからしょうがない。概念によって導かれた“ひとつの”読み（思考）として、まあ、許してやってください。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p><br />
　★</p>

<p>　さて、話は端から横道にはいってしまったが、佐藤春夫のバリ島旅行記は、もちろんこの贈与ということに関して書かれたものではないし、バリ島の自然や文化をまとまった論として語ろうとする意図をもったものでもない。むしろ、戦時下での旅の経緯や、日本軍の監督当局や優越感に由来する好色（？）な「白色人種」への皮肉、ジャワ島とバリ島の景観の違いや、数日間の滞在のあいだに出会ったバリの風物や芸能などを、筆の赴くままに思い出しながら辿った素朴な印象記にすぎないものだ。<br />
　バリ好きの人は、彼の行ったところ見たものを、自分の経験と照らしながら、昔と今のバリに楽しく思いを馳せることができる。</p>

<p>　その程度のものである。しかし、その「程度」がなかなかにむずかしい。エッセイという形式は程度、つまり対象との距離のとりかたの問題だとも思うのだが、それがなんともいえずいいのだ。「ky（ケーワイ）」などど最近はよくいわれるが、空気が読めないのとは反対に、空気“しか”語っていないともいえるわけで、私などは、それがかえって新鮮でおもしろいな〜っと、妙な感心の仕方をしてしまう。エッセイとは、すべからく「旅の記録（トラヴェローグ）」なのではなかろうか。<br />
　（空気といえば、2,3年前に友人たちと和歌山を旅し、新宮市の熊野速玉大社を訪れたときのことをふいに思い出した。そういえば、その境内の一角に「佐藤春夫記念館」があることを偶然にみつけ、短時間だが観覧したことがあることを。バリの寺院（プラ）と日本の古い神社の内や周辺の空気感＝雰囲気＝気配には、とても近しいものがあるといつも感じていたし、いまも書いているうちにその感覚が甦ったからかもしれない）</p>

<p>　この空気は要約などではなかなか伝えられるものではなく、それを読むことのなかにしか感じとれないものだ。<br />
　しかし、せっかくだから、文体およびバリの空気＝自然環境を伝えると同時に現代にも通じる主張としても大いに共感できる一文だけでも、下に引用し記憶に留めておきたい。</p>

<p><em>　「もし世界平和萬國共營の方法を具軆的に考えへたいと思ふ人があるなら、バリ島デンパッサル郊外のボンカス村バンヤンの里に行って、この桑科の喬木、學名Ficus bengalensis の成長繁茂の實状をつぶさに一見してこの木の啓示するところを學ぶに限る」</em></p>

<p>　引用中に出てくるバンヤンとは、バニヤンとも発音されるガジュマル（榕樹）のことである。この木は、ご存知の方も多いと思うが、とにかく巨大に生育し、佐藤の言い方を借りると1本1本の幹のようなものはそれぞれ他の枝や梢や根を兼ねている全体が部分であり、部分が全体であるごとき、単体であるのと同時に宿り木の集合体であるような、とにかくスゴイ木である。現代風にいえば、フラクタルであり、ツリーでありながら同時にリゾーム状の木（樹と書きたくなる）といったところか。<br />
　私もそうだったが、佐藤春夫もバリでこの木を前にして、その存在感に圧倒されたようである。</p>

<p>　ところで、上の写真は、あるアメリカ人カメラマンによって撮影された1940年前後のバリ島の風景である。カメラマンの名前はホレス・ブリストルといい、配島さんの親類にあたる報道写真家。やはり配島さんから以前に見せていただいた彼のすばらしい写真集『bali』のなかから、デジカメで複写したものを一枚、もうひとつの縁の徴として掲載させていただいた。遠方に聳えるのは、バリの聖山グヌン・アグンである。この山はバリの人々によって「世界の臍」とも呼ばれる。<br />
　佐藤春夫も同じような風景を目にしたはずである。</p>

<p>　他の場所と同様にバリの風景も変化する。開発による景観の破壊が、バリにはまだそれほど及んではいないとしても、私たちには半世紀以上も前のこの風景とまったく同じものを見ることはできないし、また、それを望んでも無益なことだろう。<br />
　しかし、このモノクロの画像（そしてこの写真集）は、レントゲン写真のように、からだつきは変わっても、いまだ変わらぬバリの風景（やそこで暮らす人々）の“骨格”をみごとに写し取ってくれているように思う。<br />
</p>]]>
    </content>
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    <title>アリ研合宿ギャグ風報告、なのだ</title>
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    <published>2008-09-10T06:09:46Z</published>
    <updated>2008-09-12T02:47:30Z</updated>

    <summary>9月5〜7日、東京・青梅でのアリ研（「アリストテレスと現代」研究会）の合宿に参加...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.cafe-nous.com/">
        <![CDATA[<p>9月5〜7日、東京・青梅でのアリ研（「アリストテレスと現代」研究会）の合宿に参加してきました。</p>

<p>7回目の合宿で、全国から12名の参加者が集まりましたが、回ごとに少しずつ変化があり、それがまた楽しく、勉強になります。<br />
ついつい変わらぬものと変わるもの、なにが変わらずなにが変わるのかというようなことを考えますが、変わるからこそ変わらぬものもだんだん透けて見えてくるようにも感じます。<br />
出会いと別れ、そしてまた出会うということ。再び結びあうことのシアワセ。</p>

<p>ところで今回の合宿は、私流に一言でいえば、アリストテレスと赤塚不二夫とのスリリング（？）な出会いの場だったと総括されます（青梅には赤塚不二夫記念館があります）。<br />
青梅という地での、アリストテレスと天才バカボン（のパパ）との、シュールな出会い。<br />
それが美しかったかどうかは別にしろ、この両者の距離こそが思考の運動をもたらしもするかのような？<br />
アリストテレスは「これでいいのだ」と言ったかどうか？</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="080910-2.jpg" src="http://www.cafe-nous.com/2008/09/10/080910-2.jpg" width="320" height="240" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></span>今回は、あまり写真を撮りませんでしたが、取りあえず一枚だけオヒロメして、簡単なギャグ風報告に代えます（毎度のことながら『政治学』読解を中心とした講義は、広範かつ濃密、また斬新で、とても簡単に要約できません。というか要約をはみでる部分にこそこの合宿の真価も、参加することの特権的意義もあるわけで…）。<br />
被写体は参加メンバーのひとりで、バカ田大学の優等生でもありますが、プライバシーに配慮して顔は隠してあります。どこからか「赤い風船」がとんできた？</p>]]>
        
    </content>
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    <title>ある一日の素描</title>
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    <published>2008-09-04T02:45:44Z</published>
    <updated>2008-09-04T05:04:18Z</updated>

    <summary>きょうは、最近のある一日を日記風に書いてみよう（内輪向けなので、関心ない人はとば...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.cafe-nous.com/">
        <![CDATA[<p>きょうは、最近のある一日を日記風に書いてみよう（内輪向けなので、関心ない人はとばしてください）。</p>

<p>先月の29日（金）は、忙しなくはあったが、ちょっとプラトーな（ハイな）おもしろい一日だった。</p>

<p>午前中は、事務所でデスクワーク。企画書など資料作り、ネットでいくつか調べもの。</p>

<p>午後イチから大久保で、来年春に予定されている「恐竜展」のためのミーティング。<br />
展示や図録の構成案などで意見を出し合う。その場で見せてもらった恐竜のラフスケッチ（線画）にいささか興奮。これは、ここ10年くらいの間に南半球で発掘された骨（骨格）に基づき「肉付け」された恐竜たちで、数匹は本邦初！　つまり、ほとんど既存のイメージがないため、断片的な化石資料と論文から、学者とイラストレーター、そして編集者やデザイナーなどが議論しながら「絵」にしていく作業工程の一段階である。日本における恐竜学の第一人者T先生の情熱と気配りに、たびたびの感動。<br />
しかし、展覧会の具体的全貌はまだまだ見えない。困難多く、道遠し、といった感じ。</p>

<p>16時ころ途中退席し、本郷へ向かう。アリストテレスと現代研究会（通称アリ研）のアラキトテレスこと荒木先生を迎えに行くためだ。</p>

<p>この日、荒木先生は翌日の早稲田大学でのシンポジウム出席のため、岡山から上京。投宿される本郷のホテルで落ちあい、夜のアリ研の親睦会（ノミ会）会場へお連れしなければならない。しかし、大雨の影響で新幹線に遅れが出ているらしい。携帯に参加者のひとりから「だいじょうぶだろうか、心配」と連絡がはいる。荒木先生は携帯を持っておらずこちらから連絡がとれないので、とにかく、待ち合わせ場所であるホテルまで行ってみるしかない。<br />
昼食をとる時間がなかったので腹がへり、本郷三丁目駅そばのマックで120円のチーズバーガーを買って、パクつきながら徒歩でホテルへ向かう。<br />
荒木先生は予定より遅れはしたが、なんとか会に間に合いそうな時間には到着。先生チェックイン後、急ぎタクシーで会場のある馬喰町へ向かう。秋葉原を通過したとき、どのあたりで「あの事件」が起きたのか？と、アラキトテレスが運転手さんに問いかける。</p>

<p>待ち合わせ場所である食とアートの空間「馬喰町ART＋EAT（アートイート）」に出席者がほぼ集合した18時半ころ、近くの「佐原屋」という昭和のなつかしい風情をとどめた居酒屋へ移動。ちょうど「アートイート」では19時から、ピーター・ブルックの劇などで「知る人ぞ知る」音楽家・打楽器奏者の土取利行さんのセミナーがあり、気持ちは半分そっちにひかれはしたが、時間がかさなっていたのでしかたない。廊主であり友人の武さんとあいさつを交わし、8月の間ここで開催中の「ブナ帯文化」の展示に関して、林のり子さんご本人から簡単に解説をいただいて、そこそこに「アートイート」を失礼した次第。</p>

<p>佐原屋２階の広間に集ったのは、アリ研メンバー以外の出席者を含め男女9名。荒木座長、委員長ほか、アーティスト、出版人、編集者、ライター、舞台俳優、社会福祉活動家…、という顔ぶれ。はじめて顏を合わせた方々もいる。それぞれ職業、立場、年齢、性別は多様でありながら、ひとつのテーブルを囲むということでは、多すぎない人数。<br />
話題はギリシャ悲劇からはじまり、『アンティゴネー』の政治学における重要性や、『バッカスの信女』等における「女の狂気」、マニアックとエンスージアスムのちがい、アリストテレスによるポイエーシスとミメーシスをどう理解するか、キューバという地の「小さな国の大きな奇跡」、自然とコミュニティ、民藝における実作者とコレクターの関係、地域活性化と芸能イベント、企画力とプロデュース力、来るべきインフレ社会等々、話はつきもせずブリコラージュして、どれもが興味深く、意義深いものだった。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>意義深いというのはひとつの言い方だが、目的にそって議論し「結論」を出すという通常の会合からすれば正反対の意味である。つねづね、ときには“高度”な雑談があってもよい、いや必要だと思っている立場からいうと、なかなか事前に「ねらって」それをやるのはむずかしいし、その意義を直観的につかみ、話にのれる複数の人が集うことのできる場も機会も、じつは希少なのではないか。目的も結論も求めずとはいっても、ある「思い」において共有できるものがないと、ひとの話などきかずテンデンバラバラに演説し合うか、飲んでさわいであとはなにものこらず、で終ってしまう。世の中そういうのがあってもよいが、多すぎると思うのだ。</p>

<p>では、あの場で共有されていた「思い」とはなんだったか。唐突だが、数日前に読んだある本のなかにあって、さりげない言い方ながら、ひとつの「決定的」と思われる言葉を借りると、それは「市場経済を超えた領域」への思いということ。市場社会に生きながら、それから降りるのではなく（そんなことはできないし、市場経済のよい点だってあることを認めつつ）、その先、あるいはその“横”に市場価値とは別の価値が流動する領域を見出そうという点において、程度の差はあれそれぞれが共通のまなざしと心の傾き（ヘクシス）を持っていたのではないか、ということだ。これも、ひとつの言い方にすぎないのだが。ほのかに明滅する、「仕合わす」ことのサイン。幸福の恐竜たち、その下書き。</p>

<p>店を出ると、外は雨。<br />
散会したあと、秋葉原駅近くでタクシーを拾った荒木先生を見送ってから、透明なビニール傘をさしてひとり駅へ向かう。<br />
記号化された夜の大都会、濡れた道路に映る車のライトや看板の明かり。なんだか映画的。<br />
そういえば、映画のなかの夜の道はいつも濡れている（これ、映画の基本文法）。<br />
水彩画のように夜の町に滲み、漂う人影。<br />
彼らは、そして私はどこへ帰るのか。<br />
取りあえず寝床へ？　<br />
人はみな眠る。その点では、みな同じ。ほっとすることではある。<br />
恐竜は電気街の夢を見るか？</p>

<p>舌足らずでわかりにくい文、まあ「日記風」ということで。</p>]]>
    </content>
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    <title>赤い風船を追いかけて</title>
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    <id>tag:www.cafe-nous.com,2008://10.416</id>

    <published>2008-08-22T02:34:52Z</published>
    <updated>2008-08-22T03:15:56Z</updated>

    <summary>　久方ぶりに、映画の話題。 　夏の休暇を一日しかとれず、旅行にも行けなくて（ここ...</summary>
    <author>
        <name>izumi_ishii</name>
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        <category term="映画・ブックレビュー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.cafe-nous.com/">
        <![CDATA[<p>　久方ぶりに、映画の話題。</p>

<p>　夏の休暇を一日しかとれず、旅行にも行けなくて（ここ何年も！）、なんやかんやの欲求不満がたまるきょうこのごろ。少し時間ができたのでせめて映画でも見たいと思い、夕方事務所を早めに出て銀座に向かった。<br />
　出がけにネットで調べたら『ホウ・シャオシェンのレッドバルーン』の情報が出ていて、「これこれ！」とシネ・シャンテに参上した次第。タイミングよく、開映30分前。目の端に赤い風船が写ったポスターがちらつく。早めにいい席を確保し、自販機で買ったアクエリアスを飲みながら、予告編がはじまるまで本（池澤夏樹『光の指で触れよ』）を読んで時間をうめた。</p>

<p>　最初に同時上映の『白い馬』。すばらしい構図のモノクロ映像にひきこまれ、ラスト、波の彼方に消えていく馬と少年に涙しそうになったら、休憩をはさまずすぐに『赤い風船』がはじまった。ファーストシーンの階段の向こうに俯瞰した早朝のパリが見え、少年が猫と出会うカットからしてやはり見事で、しかもこれはカラー作品なのだけど、すぐにでてくる風船の赤がなんともいえず美しい赤で、これだけでも見に来た甲斐があったとうれしくなったのだけど、…だけどなのである。</p>

<p>　同じ「赤い風船＝レッドバルーン」ではあるが、『ホウ・シャオシェンのレッドバルーン』は50年代のフランス映画をリメイクした作品であることだけ（それだけ）は知っていた。それで、ホウ・シャオシェンの新作！というだけでわきめもふらず映画館に飛び込んだのはよかったけど、スクリーンに映し出されているのは、リメイクというにはあまりに「昔のパリ」そのまんまなのである。あれっ…！？</p>

<p>　もうおわかりかと思うが、私が目にしているのは、ホウ・シャオシェンのリメイク版ではなくオリジナルの『赤い風船』だったのである。<br />
　タイトルがいかにも昔風にデザインされたフランス語だし変だなとは思いつつも、そのことにはっきりと気づいたのははじまってから10分以上はたっていただろうか。じつは『ホウ・シャオシェンのレッドバルーン』は、同じ館ですでに何日か前に終映していたのである（帰りがけに売店の人に確かめて、やっとわかった）。</p>

<p>　この勘違いは、たんなる私のおっちょこちょいが原因だが、別に後悔はしていない。逆に、リメイク版よりも本編のほうを自分の意図を超えて先に見ることのできた幸運に感謝すべきだろう。そして、これを異種なものと感じさせず、むしろ一瞬にしろホウ・シャオシェンの映画と勘違いさせてしまう、これまでの彼の詩的な映像の力のすごさに感嘆を新たにする、といったらうがち過ぎだろうか。<br />
　なんだか狐につままれたような気分だったけど、勘違いがなければこの『赤い風船』を見ることはなかったかもしれないし、これも不思議な映画的出会いだったような気もする。</p>

<div id="ballon_cinemacafe_net" class="wCPvZOa5YCCfOZeSBtYl" style="float:right; margin: 0px 0px 12px 10px;"><script type='text/javascript' src='http://ballon.cinemacafe.net/blogparts/js/SWFLayer.js'></script><script type='text/javascript' src='http://ballon.cinemacafe.net/blogparts/js/ballon_fix.js'></script><script type='text/javascript' src='http://ballon.cinemacafe.net/blogparts/js/ballon_float.js'></script></div>　もちろんアルベール・ラモリス監督のこの『白い馬』（1954年）と『赤い風船』（1956年）は、映画であることだけを目的とした、永遠に回帰すべく映画の時間を生きる、ステキな贈り物のような映画作品だった（白い馬と赤い風船。これはひとつのエスプリが姿を変えただけの同じものだ）。私の記憶に永く残り続けるにちがいない。だからこそ、映画の精霊（そんなものがいればだけど）に感謝したい気持ちで、こんなことを記しておきたくもなったわけだ。時を超え、私のもとへ漂ってきた風船…。精霊からの贈り物は、誰かに引き継ぎ、手渡していくものなのだろう。

<p>　オリジナルかリメイクかという区別はこの際不要だ。『ホウ・シャオシェンのレッドバルーン』を、見ることのできる日が楽しみである。“もう一度“、彼の映像に漂ってくる赤い風船を追いかけてみたい。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>ブリコラージュでいこう、か！？</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.cafe-nous.com/2008/07/post-48.html" />
    <id>tag:www.cafe-nous.com,2008://10.407</id>

    <published>2008-07-29T11:46:34Z</published>
    <updated>2008-07-29T12:31:39Z</updated>

    <summary>　前回のアール・ブリュットに多少関連もするのですが、最近ちょっとわけあって、ブリ...</summary>
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        <name>izumi_ishii</name>
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        <category term="そのほか" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.cafe-nous.com/">
        <![CDATA[<p>　前回のアール・ブリュットに多少関連もするのですが、最近ちょっとわけあって、ブリコラージュに関心が向いています。レヴィ＝ストロースの『野生の思考』などを読み直したりしていますが、“原点”を再確認しつつも、改めてレヴィ＝ストロース論をやろうというのではなく、やはり何か、このブリコラージュには現代を読み解き「なんとかする」ための、きっかけとなる視点があるように感じたりもするわけです。むろん、行き詰まってばかりいる自分をまず先に、なんとかしなければならないのですが。そのためにも……。</p>

<p>　そんな予感（？）に導かれるかのように、何人かのブリコルールを自称・他称する友人たちと「アリ研」ならぬ「ブリ研」をやってみようかという話が持ち上がっております。われわれには、文字通り「ありあわせ」のもの／ことから始めるしかないわけですが、それがまた、できあがりを事前に設定しない、プロセスのなかでその都度多様なかたちを作っていくみたいな、でも、けっして「なんでもあり」じゃないみたいな、“もうひとつ”の目で仕分け・分類してみようみたいな、そんなスリルがあって面白いんじゃないか。</p>

<p>　そのへんの感覚はまさに「具体の科学」といってもいいわけで、現代における具体の科学＝ブリコラージュの知恵・方法をわれわれなりに再構成して、「現代人」であるわれわれの暮らし／人生に“意識的”に適用できないか（つまり、演繹できないか）。<br />
　ブリコラージュを鍵にして、いま、無数にあるけどどれもが閉じてしまっている観のある未来へとつづく扉のなかから、その鍵に合う鍵穴のある扉をみつけ出したい。内田樹さん式にいえば、「あれはこれだったのか！」、じゃあ「これはそれなんだ！」みたいに、それぞれの生き方や仕事、創作活動における発見がそこに生まれることを願っているわけであります。</p>

<p>　と、まあ、とりとめもなく、きょうはこんなところですが、折りに触れ、またこのブログで具体的に報告、または何らかの展開ができることがあるかもしれません。期待しないで（？）お待ちください。あえてブリコラージュのレッテルを貼らずとも、それとなしに本サイトで実践されているかもしれませんよ。</p>

<p>　…ところで、いま、俄に雨が降り始め、稲妻が光りカミナリが轟いています。「神鳴り」と書きたくなるほど物凄い！　あの人やこの人も、この音に脅えているのだろうか。「神話」がブリコラージュの思考形態であることに思いがいきますが、やはり、とりとめがなくなりそうなので。<br />
</p>]]>
        
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    <title>「アール・ブリュット／交差する魂」展</title>
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    <published>2008-07-11T01:35:22Z</published>
    <updated>2008-07-11T02:01:44Z</updated>

    <summary>　先日、「アール・ブリュット／交差する魂」展を見てきました。 　いま、この展覧会...</summary>
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        <category term="イベント案内" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.cafe-nous.com/">
        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="080711.jpg" src="http://www.cafe-nous.com/2008/07/11/080711.jpg" width="250" height="333" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span>　先日、「アール・ブリュット／交差する魂」展を見てきました。<br />
　いま、この展覧会および個々の“作品”について論じる時間も力も私にはありません。しかし、「見た」ということだけはだれかにいっておきたい。うまくいえませんが、そんな気持ちにさせるなにかが、「アール・ブリュット」にはある気がします。芸術とは、そして表現とはなにか、また、それを展示し、私たちが見る、関係するとはどういうことか、多様でありながら根源的な問い／応えをひとつの物証としてつきつけられた展覧会だった、とのみ“とりあえず”記しておきます。<br />
　仏語のアール・ブリュットとは「生（き）の芸術」とも訳され、英語ではアウトサイダー・アートと呼ばれますが、かといって私たちは簡単にアウトサイドに出ることなどできはしない。アウトサイドとインサイドがつながった、広大であいまいな境界線上に裸（生）で宙づりにされたまま、ある種の「震え」に身をゆだねつづけていくしかありません。（汐留ミュージアムで、7月20日まで）</p>]]>
        
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    <title>幸福という価値観の行方</title>
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    <published>2008-07-01T02:03:07Z</published>
    <updated>2008-07-08T08:58:06Z</updated>

    <summary>　現在、不定期ではありますが、時間をみつけては本カフェ・ヌースの「カンガエドコロ...</summary>
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        <category term="アリストテレスと現代研究会" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.cafe-nous.com/">
        <![CDATA[<p>　現在、不定期ではありますが、時間をみつけては本カフェ・ヌースの「カンガエドコロ」というコーナーに『幸福の行方』（荒木勝講演録）の連載をしています。人間にとってなにが幸福なのかといったことがなんとも見えづらいこの時代、幸福について語ろうとすることにはひじょうな困難と、ある種のむなしさがともないます。</p>

<p>　しかし、だからこそ、ときには真っ正面から幸福について語る試みが必要なのではないか。先日も秋葉原の「動機なき」無差別殺傷事件が起こり、さまざまなメディアをにぎわせていますが、TVや新聞などの報道を見ても、この事件をどう理解したらよいのか扱いに苦慮しているように感じられます。つまり従来のように誰が悪いのか、その犯人探しがうまくいかないからです。むろん犯行におよんだ本人が悪いことはいうまでもないことですが、なにが彼を犯行に駆り立てたのか一言で説明がつかない。加害者も別の面では被害者のひとりである、といった行き着く先のない堂々巡り。</p>

<p>　単純に、イライラがつのったあげく、暴力という手段でそれを発散したんだし、そのイライラは閉塞した社会が原因しているのだから社会が悪いといってみたところで、なにも変わらない。かえって同じ社会に生きる私たちのイライラがたまる一方です。<br />
　犯行の動機となる理由はさまざまなことが複雑にもつれあっていて、そのもつれがうまくほどけず、丹念に配線し直すことに絶望し、一気にショートさせてしまう。それは根本的に、容疑者側も報道側も、そして私たちにも、認識と行動のあいだをつなぐ哲学（思考）、準拠すべき「幸福論」が欠落していることに根源的な理由があるような気がします。幸福「論」とまではいわずも、なにが幸福なのかといった幸福「観」の霧散。せいぜいが「お金」といった拠り所しか見出せない、幸福という価値観の貧困化。価値観の多様化どころか、価値という概念の喪失。</p>

<p>　むろん、答えはそう簡単にみつかるものではありません。焦りは短絡にむすびつく。『幸福の行方』は、アリストテレスの哲学を通して幸福とはなにか、その問いの立て方と、考え方の道筋といったものを、できるだけ平易に私たち自身の言葉で探ろうとするささやかな試みの一端です。<br />
　アリストテレスと現代研究会のメンバーからの投稿もいくつかあります。上のメニュー・バーの「カンガエドコロ」をクリックのうえ、1人でも2人でも多くの方に読んでいただければうれしいです。</p>]]>
        
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    <title>うらまぶた『最果てを行く』</title>
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    <published>2008-06-18T01:18:49Z</published>
    <updated>2008-07-01T05:42:23Z</updated>

    <summary>　「うらまぶた」という音楽ユニットのCDを聴いた。うらまぶたという妙な名前は、と...</summary>
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        <name>izumi_ishii</name>
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        <category term="ミュージック" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.cafe-nous.com/">
        <![CDATA[<p>　「うらまぶた」という音楽ユニットのCDを聴いた。うらまぶたという妙な名前は、ときどきこのコーナーにも出てくる<a href="http://www.art-eat.com/">馬喰町ART＋EAT</a>の若きスタッフのひとり武徹太郎さんがリーダーの4人編成バンド名。これは、その初ミニアルバムだ。タイトルは『最果てを行く』。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="080616.jpg" src="http://www.cafe-nous.com/2008/06/18/080616.jpg" width="320" height="240" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></span>　彼のギターはライブでちらっと聴いたことがあるが、ボーカルがはいったものはこのCDで聴くのがはじめて。すべてオリジナルでセンスのいい曲ばかりだが、この女性ボーカルが曲にぴったり合っていてとてもいい。ちょっと元ちとせを思わせる声の丁寧な歌い方で、いっぺんに好きになってしまった。歌も演奏もきばったところがなく、かといってユルイわけでもない。朝露がのこる野の草花や野菜サラダのように清々しい聴き心地。巷にあふれかえる「間食」音楽で太りぎみの人には、身体と心に効く絶好のダイエット・ミュージックとしてお薦めです。ちなみに武くんは画家でもある。このアルバムのアートワークは彼が描いている。<br />
　興味ある人は、<a href="http://www.uramabuta.jp/">うらまぶたの公式HP</a>を見てほしい。</p>

<p>　「うらまぶた」という名を受けて、お遊びで作った詩を捧げよう。<br />
　　<br />
　　う　失われた音の在り処<br />
　　ら　ランドセルの空耳は<br />
　　ま　マンドリンの腹に姙<br />
　　ぶ　分節しえない文節の<br />
　　た　誕生の楽を捕まえる</p>]]>
        
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    <title>ダーウィン展（上野）22日まで</title>
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    <published>2008-06-17T01:02:40Z</published>
    <updated>2008-06-17T03:23:30Z</updated>

    <summary>東京・上野で開かれている『ダーウィン展』は今月の22日（日）で閉幕します。 15...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.cafe-nous.com/">
        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="200806151048000.jpg" src="http://www.cafe-nous.com/2008/06/17/200806151048000.jpg" width="280" height="402" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></span>東京・上野で開かれている『ダーウィン展』は今月の22日（日）で閉幕します。<br />
15日に見に行った友人が、写メールを送ってくれたので紹介します。<br />
エディション・ヌースで編集・デザインを担当した図録の売り場で撮影したものということです。茂木さんの写真に付いた吹き出しには「いい本ですね！」とあります。<br />
友人からは「いまだ大盛況でしたよ」というコメントがメールに書き込まれていました。</p>

<p>なお、上野の国立博物館のあと『ダーウィン展』は大阪に移り、7月19日（土）から大阪市立自然史博物館で開かれます。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>夢の中へ（つづき）【バリコラージュ4】</title>
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    <published>2008-06-16T01:42:26Z</published>
    <updated>2008-10-15T10:15:00Z</updated>

    <summary>[ウブドの光る雨0-1（つづき）] 　★ 　私にとって今回のバリは、５度目のバリ...</summary>
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        <name>izumi_ishii</name>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.cafe-nous.com/">
        <![CDATA[<p><em>[ウブドの光る雨0-1（つづき）]</em></p>

<p>　★</p>

<p>　私にとって今回のバリは、５度目のバリである。はじめてこの島を訪れたのが20数年前で、前半の10年間に４回来たので、ほぼ10年ぶりということになる。一度は計画しつつも出発日直前におきた“あの”爆弾テロ事件のために、キャンセルを余儀なくされるということがあり、またバリに行きたいという想いを抱きながら、機会を待ちつづけた10年であった。</p>

<p>　５度目のバリ、そして、５人の旅人。<br />
　私にとってのバリの旅の重要な要素は、いつも“旅の仲間”がいることである（バリにおいて「5」という数字が重要な意味を持つことは後になって知ることになる）。</p>

<p>　たとえばヨーロッパの都市などとちがい、なぜかバリにひとりで行きたいと思ったことはなく、じっさいにこれまでのバリの記憶はすべて、同行者たちのそのときの面影と一体化している。何度目かということもさることながら、誰といっしょにバリで過ごしたかによって、それぞれちがったバリが目の前に浮かんでくるのだ。<br />
　喜びや快楽は共有されることでこそ喜びや快楽になるという、あたりまえのことではあるが、バリという土地はそんな要素がとくに強いのかもしれない。<br />
　それと、もしひとりでバリに来たら二度と帰れなくなるかもしれないという恐れが、気持ちのどこかに潜んでいるのかもしれないのだが（夢の世界から日常に戻れなくなる恐れとでもいうか。悪夢というのは、帰り道を失うことの不安が大きな要因になるわけで）。</p>

<p>　私以外は、バリの初体験者であったこと、このこともよかった気がする。<br />
　10年という年月の隔たりと、４人の旅の仲間たちは、私に一旅行者としてバリをもう一度“はじめて”体験するための、新鮮な“まなざし”をあたえてくれることになるはずだから。</p>

<p>　男２人、女２人の同行者たちは、夜の向こうに何を見ることになるのか。</p>]]>
        <![CDATA[<p>　★</p>

<p>　この夜の道行はウブドのわれわれの宿まで、クルマを降り、ホテルのロビーからやし油の小さな炎が両側に連なって燃える狭い通路を通って、一戸ごとに囲われた塀のこれまた狭い入り口をくぐるまでつづいた。</p>

<p>　いかにも隠れ家風のたたずまいと、天井の高いゆったりとした部屋の作りやエスニック・モダンなセンスのいい調度品に、仲間の誰かから「オーッ」という声がもれる。<br />
　空港の免税店で購入したワイルド・ターキーを一杯だけあおり、翌日の予定を手短に確認しあったあと、部屋の照明を落として、みなほぼ同時にベッドにもぐりこんだ。白いシーツには、何枚ものマゼンタ色の花びらで美しく模様が描かれている。形を崩すのはちょっともったいないと思いながら、その鮮やかな花びらを磨きあげられた石の床に払い落として、私もベッドに横になった。</p>

<p>　両腕を頭の後ろに組み、高くて暗い星のない夜空のような天井を見上げる。</p>

<p>　★</p>

<p>　闇の中のベッドは、夜の大洋を漂う小船のようだ。前夜、家で同じように枕に頭を沈め、なかなか寝つけぬままにバリを想っていたことを思い出すと、なんだか、自宅の布団にくるまったままここ「ピタ・マハ」まで漂ってきたかのような錯覚に陥る。それとも、自分はまだ家の寝床の中にいて、眠れぬ夜を耐えながら夜が明けるのを待っているのだろうか。<br />
　夜は物の輪郭ばかりか、時間や距離の感覚もあいまいにする。</p>

<p>　旅先での第一夜はいつも、だいたいこんなものだ。すでに、夜中の２時か３時くらいになっていたと思う。はじめて旅に出た子どものような興奮で、なかなか意識が休んでくれない。<br />
　以前に来たときのバリの別の宿、ここ数年で十数回は通った沖縄の夜のことも思い出す。あるいはフランクフルトやパリ、ソウルやハワイでの最初の夜。それぞれの宿泊地の最初の夜、最初の寝床は、枕を媒介にしたネットワークでつながっているかのようだ。どこかはわからないが、今後行くことになるだろう、見知らぬ異国のベッドの枕とも。<br />
　複数の“私”が、それぞれの宿で眠ったまま、ひとつの同じ夢を見ているのかもしれない。そんな気までしてくる。</p>]]>
    </content>
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    <title>夢の中へ【バリコラージュ3】</title>
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    <id>tag:www.cafe-nous.com,2008://10.364</id>

    <published>2008-06-13T02:40:32Z</published>
    <updated>2008-06-13T03:05:09Z</updated>

    <summary>[ウブドの光る雨0-1] 　旅先へは夜に着くのが、私は好きだ。 　暗い海の上空を...</summary>
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        <name>izumi_ishii</name>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.cafe-nous.com/">
        <![CDATA[<p><em>[ウブドの光る雨0-1]</em></p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="bali00_1.jpg" src="http://www.cafe-nous.com/2008/06/13/bali00_1.jpg" width="220" height="165" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span>　旅先へは夜に着くのが、私は好きだ。</p>

<p>　暗い海の上空を飛ぶ飛行機の窓から、海よりももっと暗い島影に、黄色い星々のように煌めく明かりが見えてきたかと思う間もなく地上に降下していく感覚が好きだし、飛行機を降り、見知らぬ町、見知らぬ人々の前に一気にストレンジャーとしての身をさらすのではなく、その地に人知れず静かに潜入していく感じもいい。<br />
　なかでも格別なのは、バリだ。</p>

<p>　デンパサールのングラライ空港に降り立ち、空港に迎えに来ていたバリ人スタッフの運転するミニバンに乗りこんで、宿泊地ウブドへの道を走りながら、やっぱりバリには夜に着くのがいいなと思った。<br />
　到着時間の遅れもあって、飛行機が赤道を越えるあたりで約１時間の時差を調整した腕時計を見ると、もう夜半に近い。</p>

<p>　ひさしぶりのバリである。タイヤから伝わる振動で、たしかにこの地に自分がいることを感じながら、旅の高揚感と、また来たいという想いがかなったことの安堵感、そして幾分かの不安が入り交じった気持ちで、私は窓から外の暗闇に目を凝らしていた。</p>

<p>　ヘッドライトが照らし出す道路や周りの景色は、まるで映画館のスクリーンに投影される映像のようにフロントガラスを流れていく。道は夜の川のようでもある。暗い車内。かなり、飛ばしている。助手席からバリ人スタッフが流暢な日本語で話しかけてくる。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>　私たちのクルマのすぐ脇を２人乗り、なかには３人乗りの小型オートバイが乱暴な速度で追い抜いていく。バリでは見慣れた景色だ。しかし、おそらく家族なのだろう、ハンドルをにぎる男が懐に小さな子どもをかかえ、さらに後ろに赤ん坊を背負った女性を乗せて（４人乗り！）飛ばしているバイクを見ると、さすがにちょっとあきれてしまう。しかし、走っている自動車の数自体は少ない。<br />
　道は舗装され、街灯も前に来たときに比べ驚くくらい増えているが、それでもその背後の鬱蒼とした木々はあくまで黒く、闇が深い。海側から山の方へとつづく道は少しずつ登りになるが、窓を開けるとさまざまな花々や果実、それとなんだか得体のしれないものの混じった匂いがクルマの中まで漂ってくる。</p>

<p>　途中、バトブランの辺りでは、ハンドルをきるたびに、ヒンドゥーの神々や、バリの悪霊たちを象った石像が闇のなかから浮かびあがる。ここは、観光客向けにアレンジしたチャロナラン劇「バロン・ダンス」を毎日、しかも午前中に上演することで知られている村だが、すぐれた石の彫刻の村としても名高く、作りかけの像などが道端に無造作に投げ出してあるのだ。<br />
　深夜であるにもかかわらず、小さな明かりの灯ったワルンと呼ばれる道端の“食堂”に、何人かでたむろする人々もいる。</p>

<p>　忘れていた何かを思い出すときのような、不思議になつかしい感触が身体のどこかから湧いてくる。<br />
　心に深く仕舞い込まれた記憶がそうであるように、これまでのバリの旅はある特別な“夢”として意識の奥に生きていて、今回の旅行はその夢をもう一度訪ねる旅でもあるのかもしれない。そんな気がしてくる。</p>

<p>　旅することは夢を見ることと似ている。ときどきそう思うことがあるけど、とくにバリは、強くそのことを感じさせる地なのだろう。はじめてバリに来たときも、そんな気持ちになったことを覚えている。空港からウブドへと向かう夜の道は、まさに夢へとつづく通路なのだ。</p>

<p>　過去と現在、現実と夢は、夜の底でつながり混ざりあう。</p>

<p>　むかしのフェリーニの映画『悪魔の首飾り』をみたことのある人なら、夜の道を走るこの感覚は、ある程度はわかってもらえると思う(あるいは、比較的新しいところでいえば、デヴィッド・リンチの『ロスト・ハイウェイ』『マルホランド・ドライブ』)。このとき、私は学生時代に見たこの映画のことを思い出していた。エドガー・アラン・ポーの原作をもとにしたオムニバス作品の一編で、テレンス・スタンプが真っ赤なフェラーリを駆って、深夜のローマの街を走りまわり、先へ行けば行くほど道を失い、悪夢の世界へと迷い込んでしまう話。おまけにこの短編映画の終わりには、魔女チャロナラン（ランダ）が化身したかのような美しくも無気味な少女が闇の中から姿を現すのだ。</p>

<p>　寝静まったバリ、そしてそのバリの夢の中へと引き込まれていくような感覚を覚えたのは、しかし、私だけではない。ミニバンに乗っている旅行者は、私を含めて計５人。私以外はバリははじめての面々であるが、そのため苦手なリーダー兼ガイド役を引き受けざるをえなかった私としては、この夜の通路は、ぜひとも通過してほしいプロセスだったのだ。（つづく）</p>]]>
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