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    <title>戦災記　《義父による「東京大空襲」の私的記録》 - letters</title>
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    <published>2012-04-23T07:36:00Z</published>
    <updated>2012-05-02T01:26:29Z</updated>

    <summary>　2月25日に牛込柳町の自宅で死去した義父（橋口幸男）の遺品のなかに、『思（い）...</summary>
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        <name>izumi_ishii</name>
        
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        <category term="そのほか" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.cafe-nous.com/letters/">
        <![CDATA[<p><img alt="120424-1.jpg" src="http://www.cafe-nous.com/letters/images/120424-1.jpg" width="250" height="333" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" />　2月25日に牛込柳町の自宅で死去した義父（橋口幸男）の遺品のなかに、『思（い）出のアルバム集』という文集があった。文集は若い頃の思い出を綴った作文4編で構成されているのだが、ここにそのうちの1編「戦災記」を紹介したい。<br />
　それは長い時の経過を標すように、うっすらと火で焙ったように茶色く変色し、丁寧に扱わなければ簡単に破れ散ってしまいそうな200字詰めの原稿用紙に、黒の細いインクの字で几帳面に書かれている。文字でびっしりと埋まった4編合わせておよそ100枚くらいの原稿用紙の上部は紙の紐で綴じてある。おそらく自分の手で綴じたのだろうその丹念さに、これを記録し遺しておきたいという義父の意思を感じとることができる。<br />
　今回の本欄への掲載は、デジタル化して義父の思い出を留めたいという私の思いとともに、この個人による戦争の記録を少しでも広く長く伝えたいという、「（市井に生きる）一般人」としておそらく義父がささやかに抱いていただろう平和への意思と幸福への願いを汲んでのことである。<br />
　ブログとしては相当に長くなってしまうが、あえて分載せずに「戦災記」の全文をここに掲載する。この記録は昭和20年の「東京大空襲」のさいの東京の早稲田近辺のことが書かれている。この年の3月10日、4月13日、4月15日、5月25日、かつてない規模の被害を東京にもたらした爆撃がアメリカ軍によって行われた。「東京大空襲」とは通常、なかでも最も大きな被害があったとされる3月10日を指すことが多いが、この「戦災記」は5月25日のやはり大きな空襲により、義父が父母を亡くしたときの体験が記されている。</p>

<p>　この「戦災記」を一文字ずつキーボードで打ち込みデジタル化するにあたり、基本はできるだけ原稿（原文）に忠実であることを心掛けた。しかし、以下の点に修整を加えたことを断わりとして記しておく。<br />
1）手書きの原文は改行がなく、原稿用紙の升目にびっしりと書かれているが、読みやすさを考慮して、私の判断で全編に適宜改行を施した。<br />
2）原文は句読点、とくに読点がほとんどないが、これもところどころ補った。<br />
3）文字の表記もできるだけ原文に忠実であることを心掛けたが、明らかな誤りは正すと同時に、若干現代的表記に換えた文字もある。</p>

<p>　　＊</p>

<p>　[ 戦災記　二〇・五・二五〜二六 ]</p>

<p>　朝八時頃研究所へ行く。父も母も朝がゆっくりで良いと喜んでいた。別に仕事もなく、午後から慰安会があるので正午帰宅しようとしたら警戒警報が発令され、間もなく空襲警報が発令された。小型機が来襲、立川方面を銃爆撃しつつあった。空中戦を演じている。一時間ばかりで解除となる。直ちに友人と一緒に帰る。途中、新宿文化に寄って『サヨンの鐘』、及び武蔵野館へ寄って『残菊物語』等を見て帰る。<br />
　家についたのは夕方になってしまった。兄は夕方から僕の制服を着て切符買いに出て行った。父は夕方帰って来て前の畑から掘り出した物品（主にフトン類）をカブト屋あとの防空壕に移す。暗くなるまでかかってやっと移し終る。その後暫くして兄が帰って来たので早速夕飯にする。今日は兄の満二十七年の誕生日にあたる日なので、ささやかながらも楽しい夕食を餌（ママ）った。食後テーブルを囲んで皆で紅茶を飲む。兄が持って来た（多分四月頃来た時に持ってきたものだろう）砂糖を入れて飲んだので実に美味しかった。暫く雑談の後、父母のフトンを引いて（ママ）から二階へ上って月を眺めながらハモニカを吹く。いいなあー実に静かな晩だ。<br />
　階下から父が「達雄--」。二声目は大きく「達雄！！」。「えー？」「碁どん打たんかい」「うん今日は打ちたくないや」。あきらめたとみえてまた静まり返った。「......あーあ白菊あー白〜菊」どうも最後がうまく吹けない。何回も最終部をやりなおした。すると又階下から「達雄--達雄！！」「うん？」「碁どん打たんかい」「うん明日が早いから今日は寝かして呉れ」。如何にも残念そうに父はひっこんだ。明日早く兄は隊へ帰らねばならぬので、最後の夜と吹いたり歌ったりして一時をたのしくすごす。私のフトンは西向き南側、兄のフトンは西向きで北側。<br />
　突然「ブー...」無気味にあたりの静けさを破ってサイレンが鳴り響いた。各家の電灯は一斉に消され、全くの沈黙状態となった。然し月があまりさえているので燈火管制の効力も餘りききそうにもない。時に二十二時十分。直ちに階下に降りる。母は体の調子が悪いのでまだ床に入っていた。最近しきりに「達雄はどうしているかねー、もう一度逢って見たい」としきりに口ぐせの様に云っていた。それが叶って安心したせいか昨日あたりから急に体の調子が悪くなっていたのである。今まで張りつめた気持で喘ぎ喘ぎ辛抱して今日までやって来た母が兄に逢えた喜びと嬉しさに気持がゆるんで体の調子が悪くなったんだろう。全く母には頭が下った。よくぞ病身の身でありながら今日までやって呉れたと感謝し偉大な精神力に感服した。<br />
　今その母が床から起き上がれぬ程までに病勢悪化し、あわれな姿を見るにしのび難かった。すいません母よ！　私は直ちに荷物を防空壕まで運ぶ。兄は母に馬乗りになって按擦（ママ）をとってやっていた。実際良い子供をもったと両親は満足らしかった。それでいいのだ。私は嬉しかった。然しぐづぐづ（ママ）してはいられなかった。済まないとは思ったが母を抱き起こして着物を着せた。帯の中には貯金通帳その他現金をまきつけて肌身離さなかった。それでもよろよろよろめきながら防空壕へ一緒に行く。父は父で一人でそわそわしていた。普段の性質が良くあらわれていた。兄は武装を整え鉄兜をかぶりいさましくもたのもしい出立をして我が家の防衛につとめた。<br />
　其の時既に空襲警報発令され敵数機は頭上にあった。防空壕の中で三人しばらくだまっていた。抱き起す時に母が「死んでも良いからこのまま寝かしといて下さい」と精根尽きた母の声が耳にこびりついて取れなかった。兄は我が家を守るべく、私は父母を守るべく防空壕に入って敵の動静を見守った。<br />
　敵機の爆音漸くはげしくなる。時折防空壕より顔をだして空を仰ぐ。いるわいるわ、敵機味方機高射砲の響き騒然として来た。敵機の打ちだす機関砲実に奇観だった。依然敵機の後続目標は数を増しつつあるとの事、これはいかんと思った。父は母に按擦（ママ）取ってやっていた。そして時々「そがん外ばかり見とらんで中へ入らんかい、今日は何時もと違うから」。再三注意された。<br />
　突然「ヒューン」と弾か破片か分からぬものが頭上近くを通過した。思わず首をちぢめた。それから少しおじけがついて防空壕の中でおとなしくしていた。「お前少し肩をもんで上げなさい」と云うので代わってもんでやった。暫くして外（？）で歓声があがった。見れば綺麗に命中、火達磨となってなお飛び続けている。「お父さんお母さんちょっと見て御覧よ綺麗だから」少しはしゃいだ。「馬鹿に外が明るいね」と中から驚いた様な父母の声。父は防空壕から首を出した。「ほほう」。其のうち機首を換えて一直線にこちらへ迫って来る。今にも落ちそうな恰好で「危ない危ない」と人々の声・声。さっと防空壕の中に父はかくれる。私は平然？として断末魔を見極めんものと目を見張る（ママ）。然し、益々迫る。危ない頭上に落ちそうだと見る間に機首を下に向けたと思ったら真逆様、途中空中分解して真赤にあたりを染めて落ちていった。兄はこれを見に行く。<br />
　再び防空壕に入る。そしてしみじみ父母を眺める。実際毎日毎日空襲ではやり切れんだろう。特に弱い母をして父をみる度に何て不運な世にめぐり合わせたのか、母も心の中では泣いているだろう。本当だ、毎日毎日ぢゃなあ。何だか悲しくなった。<br />
　其の時だった。「シュルシュルパンパン」と大分近くに落ちた模様だった。間もなく警防団の人が「防火活動出来るものは皆出て活動せよ」との事。父母と共に防空壕を出る時、父の外套とラヂオと時計は必ず出して呉れとたのまれた。母は防空壕を出て、火の手の餘りに近いのに呆然として立ちすくんでしまった。そして云うには「どうすればいいの」と自分をつかまえてはなさぬ。此の様な場合は心を落着かす事がまず第一と思い、自分にはかまわないで「父と一緒に安全な所へ逃げなさい」と云い切った。母の目頭は赤くはれていた。厭世的涙か恐怖の涙か、あー。<br />
　かくして私は早速家へ行ったら奥から火の手が上っている。藤村家あたりに落ちたらしい。少し手が震える。早速庭先の防空壕に土をかぶせる。すると父が後ろから呼んだ。「早く外套を出してくれんかい」と叫ぶ。早速出してホーリ投げた。父が云うには「もうこうなったら逃げた方が安全だ。何しよるかい。早よう逃げんかい」。兄は云った。「其んな人ばかりだから火事を大きくするのだ」としかりつける様に云った。その時は既に上ってしまっていた。<br />
　 母は防空壕の前でどうしているだろうと暫し考えた。然しそれもつかの間、火は目前に迫っていた。兄と私はバケツを持って奥へかけつける。皆既に消火につとめていた。火の手は藤村家あたりを境にその以北は火の海だった。寮の人達も一心に活躍した。堅さんと「とうとう来たなあ、頑張って消そうぜ」と励まし合った。田中さんの塀をたおす。井戸から水をどんどんくんで一生懸命消火につとめた。風は益々強くなる。しかも敵機は容赦なく投弾する。かくして必死の健闘にも拘らず火勢衰えず遂にあきらめて寮の人達は人員点呼、直ちに退避に移ろうとしていた。<br />
　私と兄は家の中に入って家中水びたしにした。引いてあったフトンもびっしょり、机の上の本もびっしょり。かくして父の云われた通りラヂオと時計を取りはずし前の畠に埋める。自分は一旦寮の人達と一緒に通までゆく。既に馬場下では火の海と化し、坂上も火の海、四面火の海と化した。ちょっと動揺す。三・四杯水を頭からかぶった。何のことはない、実際こうなると何てことはない。父母の姿は見えなかった。かくして又、我が家にもどる。兄と二人で再び奥へ行って消火につとめた。<br />
　火勢は益々猛威を揮い、魔の手は次第に拡張していった。三十分ばかり消したろうか息は苦しくなるし、とうとうあきらめた。見れば平松家あたりまで迫っていた。やむなくフトンをひきづりだし水にひたしてかぶって逃げる。前のお寺の中を奥へ逃げる。反町さんの所まで行って下を見るとまだ田中さんの所はもえていなかった。<br />
　ややあって又もや投弾、シュルシュルパンパン。其の時お寺に火がつく。遙か家を見れば火は刻々我が家に迫り大煙の中にあり。そして心から家に別れを告げた。嗚呼十有余年間住みなれし我が家は今まさに魔の手にのまれようとしている。神よ神よと祈れど無なし（ママ）。一瞬にして火達磨となる。あたり漸く煙に霞み、熱気は無気味に顔をなでてゆく。我が家よサラバ、泣きたくも泣き切れぬ。本よサラバ机よサラバ、ミシン、カマ、フトン、碁盤もサラバ。ああ、皆焼けゆく、残念無念なり。<br />
　かくして同所に居ることあたわず、火の手は次第に拡張し、遂にその場を去って安全地帯へ待避す。煙もうもうと立ちこめややもすると人影を失う。声を限りに唯一のたのみとするより手はなかった。反町家裏道を通り抜けて寺塚家前に出る。おお居る居る。避難民二十名程いた。ノドがからからにかわいていたので反町家で貰った水は実にうまかった。然し何時までもこうしてはいられなくなった。火は迫ってくる。暫く蹲った（ママ）後ダラダラ坂を上って陸軍病院に向け火の中をくぐってゆく。やっと達した室内も煙で一杯、息が苦しい、おまけに真っ暗だ。声をたよりにやっと明るい所へ出る。一時そこで休んで更に安全な所へ逃げる。<br />
　やっと落着いた。あー急に疲れが出て来た。然し目はさえて眠れぬ。洋服もびっしょり濡れているので寒い。燃え盛る火の側へ行って乾かす。かくして壕の中でほんの一寸眠った。別に夢も見ず目が覚めた。夜は白みかけていた。<br />
　火勢は大分衰えたが、それでも物凄い音だった。そして危険な所をヨケヨケ、まだくすぶっている材木の上をトンビトンビして歩く。学院に出る。見れば焼夷弾がブスブスささっているではないか。中には不発弾もあった。幾十本という焼夷弾が地上につきささって行く手をはばんだ。それをよけよけ行くと乾パンが落ちていたので鉄兜の中に入れる。進むにつれてその数を増し、兄と二人で一生懸命取る（拾う）。富も貧もあったものではない。ダットサンのところで消えていた。見ればダットサンは乾パンが一杯つまっていた。そこからこぼれ落ちたのだという事が分った。入るものには全部一杯つめこんで引上げた。<br />
　もう大分あたりは明るかったが煙で太陽が真赤に見える。無気味な色をした太陽を始めて見る。胸をわくわくさせながら我が家の前に達した。灰燼と化した中からまだチョロチョロ赤い舌を出して燃えていた。通りを横切って坂をおり防空壕に達す。父母よ健在であれ、唯それのみを念願していた。誰もいない。さてはと思ったが、絶対にそんなことはないと否定はしたものの心は落着かなかった。ややあって飯田さんが来る。父母の行方を聞いてみたが審らかでなかった。<br />
　兄と私は悄然として暫く佇んでいた。防空壕のふたの上には土がかぶせてあった。暫くして兄が「俺は一寸さがして来る」と云って出かけた。<br />
　早稲田大学はまだメラメラと燃え続けている。避難民が続々引上げて来た。原町町会がまず旗を先頭に帰って来た。臭気が鼻をつく。喜久井町町会も来た。この時こそ我が胸を躍らせて一心にみつめた。長い長い行列がゆき過ぎた。成城中学へ向け皆出発している。ついに見つからない。♬もしや坊やの父さんが帰って来たのじゃあるまいか♬の歌を思い出した。どこにいるのだろう。次に鶴巻町町会が来た。その中にも見あたらなかった。その中、兄がしょんぼりと帰ってきた。「いないなあ」。如何にも落胆した様にその声は元気がなかった。<br />
　さっきから臭気が鼻をつくと思ったら、地上には黒こげの塊がある。良く見れば人間ではないか。あすこにもここにも、あっちにもこっちにも黒こげ死体がゴロゴロしていた。思わずハッとした。「今度は僕が探して来る」と云って出かけた。<br />
　馬場下にも半死の人がうなっている。そこここに死体が横たわっている。もしやこの中にいるのではないかと思ったがいなかった。高田馬場あたりまで探した。朝飯は食べていなかったが緊張していたせいか別に苦痛はなかった。唯父母の健在なることのみ祈りつつ探し廻った。然し我も又兄と同様悄然として帰らざるを得なかった。代わって兄は又何処かへ探しにいった。<br />
　呆然として腰を下ろして休んでいると、昨夜の疲れか少し眠くなってウトウトするとそのすきにフトンと鉄兜の中の乾パンごと持っていかれた。隣の人が起して持去った方を教えてくれたので急いで取りにゆく。坂道をまたのぼり切らない所にリアカーに乗せてまだ居たのでひっつかまえて談判して取りかえして来た。何てたちの悪いやつだろう、うっかり眠れもせぬ。<br />
　兄はやっぱりしょんぼり又帰ってきた。隊へは帰らねばならず、かと云って弟一人を残してゆくのも不憫だと思ったのだろう。防空壕の中に入り、もしもの場合に備えて色々思索し相談する。そして「先ず俺は隊へ帰らねばならぬから誰かと一緒に壕でしばらく起居せねばならぬから、誰か良い人と一緒に居て貰おう」と云うので、飯田さんにそのことを話したら一も二もなく承諾してくれた。飯田さんも涙をながしていた。やはり父母は死んだのか。<br />
　兄は「如何なる苦難をも乗りこえて俺が再び帰ってくるまでは我慢して頑張ってくれ」と悲壮な決意を示し、叔父に書置きしてゆく。ああ我が父母は何処におわすか！　途中まで兄を見送る。兄は一途に父母の健在なることを祈りつつ別れをおしみ、振返り振返りだんだん小さく遠くなってゆく。私は後を見送りながら小さく小さくなるまで瞬きもせず見守った。兄よ兄よまた會う日まで頑張って頑張って頑張り抜きます。万一の事があっても大丈夫、覚悟は出来ていますと硬くその後ろ姿に誓ったのである。やがて曲がり角を曲がったので見えなくなり、やむなく防空壕に引きかえしたのである。</p>

<p><br />
《後記》</p>

<p>　その後判明した事であるが、公協（ママ）横穴式防空壕から掘りだされた死体は実に貮百五拾五名の尊き犠牲を出したのである。そしてその死体は近所のお寺に収容された。そして一般の人といっても未だ帰って来ない遺族の人に公開された。<br />
　時に五月二十七日、S君と一緒に見に行ったというよりも死を確かめに行った。S君の兄堅君、妹敏子さんは無念にも発見された。窒息死である。今日は発見できなかった。<br />
　あくる二十八日夕刻、I君とS君と三人でまた出かけた。一人一人注意深く探して歩いた。するとどうだろう。まぎれもなき父の死体を発見したのである。と同時にI君もS君も忠告した。自分は心の動揺を制しつつ平然として答えた。「父はもっと丈が大きかったぞ」と云うと、別に意義もなく「そうだなあ」と云った。然しこれこそ我が父であった。目のくぼみ、鼻梁（？）、左肩の上がり具合、肌着の毛の襦袢等をもってしても明瞭に父だった。ああ、慈父は目前に黒焼死体となって無残な最期を遂げていた。直ちにその場を去って他へ移った。<br />
　ああ、父はこの目で確認した。然しやさしき母の死体を発見できなかったことはかえすがえすも残念だ。かくして父は五十七年二百九拾六日、母は四拾八年六拾五日をもってはかなく人生を終る。我々は何をなすべきか！！　時計は十二時二十一分四十秒を指して止まっていた。永遠に忘れるなこの悲劇を！！　二二・八・十三（再完）</p>

<p>　　＊</p>

<p><img alt="IMG_5484.jpg"src="http://www.cafe-nous.com/letters/images/IMG_5484.jpg" width="350" height="263" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /> 左は原稿用紙の裏に描かれていた近辺の地図。<br />
</p>]]>
        
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    <title>月夜 - nous_gallery</title>
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    <published>2012-04-02T06:53:22Z</published>
    <updated>2012-04-02T06:55:23Z</updated>

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        <![CDATA[<div class="pg"><a href="http://www.cafe-nous.com/nous_gallery/images/cafe_nous053.jpg" title="cafe NOUS Title image：月夜"><img alt="cafe NOUS Title image：月夜" src="http://www.cafe-nous.com/nous_gallery/images/cafe_nous053.jpg" width="520" height="133" class="mt-image-none" style="" /></a></div>]]>
        
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    <title>とげまる - nous_gallery</title>
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    <published>2012-03-01T08:51:46Z</published>
    <updated>2012-03-01T08:55:30Z</updated>

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    <title>「今風」文字の楽しみ ─ １─ ［春波］ - 町まちの文字を訪ねて</title>
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    <published>2012-03-01T08:40:32Z</published>
    <updated>2012-03-02T01:25:04Z</updated>

    <summary> 　書道、文字、というものが伝統的に背負って来た、アニミスチック的なセンス、から...</summary>
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        <![CDATA[<br />
<p>　書道、文字、というものが伝統的に背負って来た、アニミスチック的なセンス、から発する身体感覚はすでに、日々遠くなっていくみたいです。</p>

<p>　さすがに少し春めいた街、こんな楽しい看板を見つけました。</p>

<div style="float: left; margin: 0px 0px 5px 0px; padding: 4px; width:520px; background-color:#333333; color:#ffffff;"><img alt="神楽坂「春波」の看板" src="http://www.cafe-nous.com/font/images/fo_14_01.jpg" width="520" height="289" class="mt-image-none" style="" /><span class="cap2"> 神楽坂 お好み焼き鉄板焼「春波（はるなみ）」の看板</span></div>

<p>　この「波」という文字、まるで北斎の「神奈川沖浪裏」みたいな大波の絵が組み込まれて、うねっています。その勢いが、さんずいの一部と、旁りの下部にある又の払いへと掠れながら、一気にわたっていて、扁と旁りを強引に合体させて、どうだ！とばかり、大見得をきっています。</p>

<div style="float: right; margin: 8px 0px 5px 10px; padding: 4px; width:300px; background-color:#333333; color:#ffffff;"><img src="http://www.cafe-nous.com/font/images/fo_14_03.jpg" alt="「波」の文字" width="300" height="278" border="0" /></div><p>　文字の全体からみると、かなりの違和感がありますが、その違和感は、草書などで扁から旁りへ自然に繋げるのとは違って、旁りへとダイレクトに、ということは、波の絵が文字化という手続きを経ぬままに、「絵」のママで、まさにダイレクトに繋げていることから生まれています。そのために私たちが文字を書くに当たって伝統的に体感してきた時間の流れを、少なからずかく乱してやまぬ書き手の腕力のようなものを感じるからです。しかもこの腕力は、書道などが持つ、どこかアニミスチックな身体感覚と違って、様式化、図案化されたものです。実はそれが大きな魅力となって、全体的に人々に強く訴えかけているし、書道からも文字からも、絵からも、ちょっと "ずらした" ハイブリッドな、見事な文字となっているのではないでしょうか。</p>

<div style="float: left; margin: 8px 10px 5px 0px; padding: 4px; width:200px; background-color:#333333; color:#ffffff;"><img src="http://www.cafe-nous.com/font/images/fo_14_02.jpg" alt="提灯には縦書きで「春波」" width="200" height="320" border="0" /><span class="cap2"> 提灯には縦書きで書かれている</span></div><p>　おまけにこの看板、かなり分厚い皮付きのケヤキ一枚板で、その板目引きにした見事な木目の "波" が、この表現を支えているのも魅せどころーーそして瓦の "波" と・・・。更に「丸に左立浪」の紋章は、ここにざわめく波のすべてを背負って、その象徴性を際立たせています。</p>

<p>　「丸に左立浪」と書きましたが、波から丸へ筆勢が続いて、それが下に収まっているように見えるので、もしかすると、丸ではなく "巴" のつもりかもしれません。とすると「巴立浪」？　いずれにしてもこれらすべてがこの店の風格を演出する、まさにニューウェーブ感覚を売りにした心憎い表現となっています。</p>

<p>　たしかに昨今の「町まちの文字」は、大きく様変わりをしているようです。（東京／神楽坂にて）</p>]]>
        
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    <title>東北の「小さな旅」極私的報告（2） - letters</title>
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    <published>2012-02-23T09:14:18Z</published>
    <updated>2012-04-10T01:45:53Z</updated>

    <summary>　で、まずは友人のお店に寄って閉店後の店内を見せてもらった。ちょっと「通」好みで...</summary>
    <author>
        <name>izumi_ishii</name>
        
    </author>
    
        <category term="日記・コラム" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.cafe-nous.com/letters/">
        <![CDATA[<p><img alt="120223-1.jpg" src="http://www.cafe-nous.com/letters/images/120223-1.jpg" width="320" height="212" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" />　で、まずは友人のお店に寄って閉店後の店内を見せてもらった。ちょっと「通」好みで高級な部類の珈琲豆をその場で焙煎して売っているのだが、テーブル席も2、3あって、焙煎の終るまでそこでコーヒーを飲み「世間話」をしながら待つことができるらしい。顧客のほとんどは、そんなつきあいからできた常連客だという。<br />
　壁にはジャズのレコード・ジャケットが数枚飾られていて（たとえばビル・エヴァンスの名盤『ポートレイト・イン・ジャズ』。店の名前もこの名高い白人ジャズ・ピアニストからきているのだろう）少しジャズ喫茶風の雰囲気がある（じっさい、営業時はジャズを静かに流すらしい）。彼は今でも自分の趣味としてレコード観賞はつづけているようで、彼の家に行くとき「きみに見せたいものがあるんだよ」という。私は何の事か、まあ、最後に会ったのはいつだったか正確には覚えていないほど会うのは久しぶりだから（20年ぶりくらい？）、そりゃなんかあるだろう、貴重なコレクターズ・アイテムなレコードでも見せてくれるのかな、っていうくらいの「ふーん？」って感じだった。</p>

<p>　店からすぐ近くの彼の住まいは2、3日前東京でグーグル・マップのストリートビューを見ていたので、ちょっとデジャ・ビュな感じで「そうそう、ここ、ここ」と胸の内でつぶやいていたら、玄関の扉の前で突然、言っておきたいんだけど、とその友人Tくんから注意事項を言い渡された。この家には奥さんひとり（当たり前）と猫が3匹いる。この3匹の猫と私は初対面となるが、この家の猫は知らない人間が家に入ると隠れてしまってけっして姿を見せない。とくに、3匹のうちの1匹が極度の「人見知り」で、他の2匹にもその気分が伝染する恐れがある。猫と対面してほしいし、あなたが猫に敵愾心をもたれるのはオレの本意ではない。だから、まだ部屋に猫がいるうちにぜひきみに対面させたいので、玄関を入ってからしばらくは何気ない素振りで静かに動いて、口をきくなというのである。</p>

<p>　それで、まあ、私か猫かどっちに気をつかってくれているのかよくわかんないまま、「お邪魔します」と奥さんに挨拶も述べず、そっと音をたてずに靴を脱いで玄関をあがった。居間（と思われる）の扉のすき間から1匹のキジトラな猫の顔がのぞき、すぐに姿を隠してはしまったが、居間にいた他の2匹とも無事対面できたのでよかった、とほっとする間もなく、私が居間の床に荷物（リュックサック）を（そっと）置くやいなや、Tくんはまず見せたいものを見せるから、2階に行こうと私を誘った。</p>

<p>　そして、彼のあとについて階段をあがり、あがったすぐの部屋のドアを開いて、なかに入ったところに、私の父親がいた。私は思わず「あっ」と声をあげた。</p>

<p>　その部屋は天井が傾斜した屋根裏部屋っぽい感じの小さな部屋で、家具類はほとんどなく、オーディオ装置とレコードの収まったいくつかの木の棚、部屋の中央にゆったりとした椅子が一脚あるのみのリスニングルームだったのだが、この「棚」が親父だった。つまり、この小部屋にあった木の棚は私の父がつくったものだったのだ。</p>

<p>　友人がニコニコしながら、もう30年になるけど、寸分のくるいもない、このあとさらに30年たっても変わらないだろうと言うのを聞きながら、私はいささか眩暈に似た感覚におそわれていた。すっかり忘れていたが、そうだったのだ、このレコード棚（ボックスといったほうがよいか？）は間違いなく、当時京浜蒲田で「木工所」をやっていた私の父が、レコード・コレクターであった彼の注文に応じて特別に誂えた「手作り」品なのである。そう、たしかに、そんなことがあったのだ。記憶が急激に甦ってきた。</p>

<p>　私の父はいまから15年ほど前に亡くなったが、父が生きているあいだも、死んだあとも、そんなことがあったことを私は完璧に忘れていた。この木の棚ができたのは30年ほど前のことだから、親父が家具職人を引退する数年前のことになるだろう。このころは若い職人さんをつかう立場だったし、経営上の都合もあって、滅多にこういう私的な「小さな」注文には応じなかったと思うが、私の友人の頼みだから仕方ない特別だ、という感じだったのだろう。じっさい職人さんを煩らわせず、自分の「手」でつくったものだ。</p>

<p>　見た目はまったくどうということのない、正方形に仕切った「ただの」棚である。しかし、なんといったらよいか、この飾り気のない外観とガチッとした質感は、まぎれもなく親父の手になるもの、親父以外の誰がつくったものでもないことが一目で感受できる。ちょっと手でその肌理に触れてみると、なおさらである。自分の親のことなので大袈裟に言いたくはないのだが、「もの」の発するオーラってこういうものかと、正直、感心し感激してしまった。まさに、そこに親父がいるようではないか！<br />
　こんな東北のはじめての地で、まさか父と出会うことになるとは！</p>

<p>「あなたの親父さんにつくってもらって、もう30年。この間引っ越しもしたし、地震があったり、いろいろあったけど、毀れたりゆがんだりしているところが皆無。1ミリのくるいも生じていない。こっちのCDの棚は（と別の壁面にある棚を指して）、買ってまだちょっとだけど、もう板がそってる......。こういうのを一生ものっていうんだね。いまの時代じゃ、ほとんどありえない話だよね。重ねても使えるようにいくつかつくってもらって、そのうちのひとつは、他の部屋にあるんだけど......」と、友人は時の経過を感じさせないその堅牢さを絶賛してくれた。</p>

<p><img alt="120223-2.jpg" src="http://www.cafe-nous.com/letters/images/120223-2.jpg" width="320" height="212" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" />　私は友人の話を聞きながら昔の記憶が甦り、その糸をたどろうとしていたが、思い出の細部はジグソーパズルのピースのように失われたままで全体がなかなか絵になってくれないもどかしさもあった。そんなことより、ふいのその「ものの現前」にいささか面食らったまま、しばらく気の利いた言葉が口から出ず「これは、たしかに親父だ...」とつぶやくしかなかったのである。そして、そのときなぜか手にしていた新しいデジカメで、なんとか1回シャッターをきるのがやっとだった（いくつかある棚のうちの2つが並んだもの。昔、ともによく聴いたジミー・スミスの『ザ・キャット』のジャケットが目にとまる。照明の反射でよく見えないが、ここにも猫がもう一匹いたのだ！　彼は持っていたレコードの半分ほどを少し前に「処分」したというが、これは残ったもののごくごく一部）。Tくんは毎日、寝る前にこの部屋で1時間くらいはレコードやCDを聴いて過ごすという。</p>

<p>　外で食事をしたあと家に戻り、こんどはフツーに居間にはいって、いっしょにお店も手伝っているという奥さんの淹れてくれた馥郁たる香りのコーヒー（さすがプロ！）をいただきながら、昔の思い出や、3.11の震災のときのことと原発（事故）のこと、互いのからだのこと（母の死と震災後私を突然襲った高血圧症のこと）、音楽のことなどをとりとめもなく3人（と、人見知りしないほうの猫1匹）で話しているうちに、いつのまにか夜も深々と更けていくのでした。<br />
　外はおそらく氷点下、寒空にオリオンがキラキラと輝いていることでありましょう。<br />
　<br />
　翌日の塩竈探索へと、お話はもう少しつづく（多分）。</p>]]>
        
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    <title>2012.2.11 午後1時 宮城県・松島湾にて - nous_gallery</title>
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    <published>2012-02-20T02:47:46Z</published>
    <updated>2012-02-20T02:58:01Z</updated>

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    <author>
        <name>izumi_ishii</name>
        
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        <category term="風景・建築物" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p><img alt="120220.jpg" src="http://www.cafe-nous.com/nous_gallery/images/120220.jpg" width="520" height="344" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></p>]]>
        
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    <title>東北の「小さな旅」極私的報告（1） - letters</title>
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    <published>2012-02-15T09:09:23Z</published>
    <updated>2012-02-17T06:35:57Z</updated>

    <summary>　今度の小さな東北の旅でどんな「もの」と出会うことになるのだろう、と前回のブログ...</summary>
    <author>
        <name>izumi_ishii</name>
        
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        <category term="日記・コラム" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.cafe-nous.com/letters/">
        <![CDATA[<p>　今度の小さな東北の旅でどんな「もの」と出会うことになるのだろう、と前回のブログの末尾に書いた。そしたら、ほんとにまったく思いもよらない意外な「もの」と出会うことになった。正確に言うと「再会」することになったのである。極私的、個人的なことなので、おもしろいかどうか分からないし、ちょっと長くなるけど、ここに記しておこうと思う。</p>

<p>　それは亡き父とのひとつの出会い、より正確には形のない記憶との、そして父の遺した「もの」との出会いだったということができる。忘却の彼方から「それ」が不意に私の前に現れ出たのだ。<br />
　しかしそれには、私の今回の旅程と、ひとりの友人との「つきあい」について述べておかねばならない。</p>

<p><img alt="120215-1.jpg" src="http://www.cafe-nous.com/letters/images/120215-1.jpg" width="320" height="212" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" />　10日、旅の目的である福島での取材（インタビュー）の仕事を終えた後、福島駅で同行した2人のスタッフと別れ、私は仙台まで足をのばして昔の親しかった友人を訪ねた（写真は福島駅前で最初に撮ったもの。枝に鳥の巣が見える。しかしここでは「仕事」の話はしない。前回のブログで触れた「同時にデジカメを2台買った女子」が取材スタッフの一人だった、しかもちゃんと2台とも持ってきていた（エライ！）ことを述べるにとどめる）。<br />
　友人とは高校時代からのつきあいで、社会に出てからも仕事上の関係もあって一時期よく顔を合わせていたが、何を思ってかある日突然、彼は務めていた大企業の管理職をやめ、ひとりで特別なワックスをつかったクルマ磨きの技術と職を身につけた、と思っていたら、それも2、3年でやめて、これまた突然、当時暮らしていた横浜から仙台に居を移し、珈琲豆を自家焙煎して販売する店をはじめた。<br />
　それが9年ほど前のことである。</p>

<p>　私同様に東京出身のその友人は大学を出てから数年はジャズの専門誌（『スイング・ジャーナル』という老舗の権威ある雑誌だったが今はもうない）の編集を生業とし、そこをやめて他の職業についてからも「趣味」の一環で同誌にレコード評などを書いていた。私も「大学は出たけれど」（小津！）職のなかった若い頃（そもそも就活などという言葉さえなかった時代だし、ましてや仏文出の私は自分がどこかの会社に就職するなど考えてもいなかった。けど、生活のためお金は必要だったので）、彼の口利きでそのジャズ専門誌の編集を手伝っていたことがあるが（編集っていうかジャケ写の整理や原稿とりなどの「使いっぱしり」だけど、一年くらい）、要するに彼とは高校のころからモダン・ジャズを中心としたレコードをよくいっしょに聴いたり、コンサートに行ったりした音楽友達だったといっていい。</p>

<p>　思い返せば、彼の住む八丁堀と私のいた京浜蒲田の家を相互に行き来して、二人でいっしょにそれぞれのもっているＬPレコードをじつによく聴いたものだ。互いの「自分の部屋」に二人でこもり、照明をおとし部屋を暗くし（もちろん「音」に集中するため）、コーヒーを啜りながら。<br />
　当時リアルタイムで活躍していたミュージシャンでいうと、よく聴いた記憶があるのはマイルス・デイビス、ビル・エヴァンス、セロニアス・モンク、ウェス・モンゴメリー、ジミー・スミス、チック・コリア、ウェザー・リポート、ハービー・ハンコック、、、ジャズだけでなく、ストーンズやディランは別格として、ジミヘンやクリーム、ドアーズ、レッド・ツェッペリン、ジェファーソン・エアプレーン、ジャニス・ジョプリン、ブラッド・スウェット・アンド・ティアーズ、マザーズ・オブ・インベンション、ニール・ヤング、、、などのロック系もよく聴いた。レコードの貸し借りもよくやっていた。</p>

<p>　学生時代は貧乏だったから（暇だけは飽きるほどあったが）レコードを買うにも一月にLP盤一枚買うのがやっとで、二人だったら二枚の新しいレコードを聴けるっていう経済性の問題もあったが、この時期に、同じ音（音楽）を共に聴くことで感動が倍になるということを身をもって知ったと思う（っていうか、感動というものは音楽に限らず同じ物や事を誰かと共有することの体験として生じるということを）。一枚のレコードを何度も何度も「すり切れるほど」（この感覚はアナログな「レコード盤」を知らない人には分からないだろう）聴いた。<br />
　ときに意見が合わずに喧嘩して口をきかなくなることもあったが、一人で何か聴いているときでも、「あいつならどう聴くだろうか？　聴かせてみたい」と相手の耳になって聴く（想像する）ことで、対象を相対化してみるという批評意識（客観性）が培われた面もあるだろう。そうでなくとも、自分の好きな音楽は自分の好きな人にも聴いてほしいという思いは誰にでもあるはずだ。後年、その相手は同性から異性へと移っていくものだが。そしてさらに、音楽から異性自体へと。</p>

<p>　当時は直径30cmのレコードを収めるジャケットのデザインも実験精神に富んだ素晴らしいものが多く、レコード店に行って（たとえば銀座ヤマハのレコード・ショップ）入荷したばかりの輸入盤のジャケットのアートワークに惹かれて予定していたものとは別のレコードを買ってしまうなどということもあった。いわゆる「ジャケ買い」というやつだ。しかし、なんせお金がないから、どの一枚を選ぶかは、その場で身悶えするほど悩みに悩んだすえの決断である。でも、結果として「ジャッケットがいいのは中身もいい」場合が多かったのは救いであったし、なんだかそんな視覚と聴覚の相関性が不思議で面白いなぁと思ったものだった（悩んだ末に必死の思いで買ったものはよくなけりゃ困るわけで、無理やり「いいんだ！」と思い込もうとした面もあるだろうが、しかし、その頃いいと感じたものは今でもいいのだから、やはりほんとによかったんだと思う）。今から思うと、このときの「経験」が現在のグラフィカルなデザインの仕事をするようになった「きっかけ」として遠くから作用している気がする（このころにデザイン・センスの傾向はかなりな程度方向づけられたのだと思う）。</p>

<p><img alt="120215-2.jpg" src="http://www.cafe-nous.com/letters/images/120215-2.jpg" width="320" height="212" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" />　福島から仙台に着いたときはまだ少し時間があったので、前から見たいと思っていた「せんだいメディアテーク」まで駅から20分ほど歩いた。ここは図書館やギャラリーなどがある、メディア／情報をあつかう新しいタイプの公共施設ということであるが、私はどんな旅でも旅したときはその地でしか見れない特徴的な建築物を見る、そしてその地の湯（できれば温泉）に浸かるという願望を習慣化しているので、ささやかながらその一つはこれで満たすことができたわけだ（急ぎ足ゆえ街中でみかけた銭湯はあきらめたが）。<br />
<img alt="120215-3.jpg" src="http://www.cafe-nous.com/letters/images/120215-3.jpg" width="320" height="212" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" />　これは伊東豊雄の建築で、彼の建物を実見するのは震災の半年ほど前に行った諏訪湖博物館以来だが、メディアテークはガラス張りの箱のような外観と「チューブ」と呼ばれるトラス構造の「柱」がやはりインパクトがあり、その安定した機能的デザインに少しねじれの要素が不意にまぎれこんでいるようで、わずかながらランダムにゆらいで定型的未来都市の予定調和と拮抗しようとしているところが、この仙台という町にも似合っているように思えた(ちょうど11か月前の地震発生時の建物内の映像がYouTubeで流れよく見られたようだが、見た目の透明性に配慮した美しい外観だけでなく、そのしっかりと考えられた構造における耐震性を実証する結果になった。館内にはいまでも「3がつ11にちをわすれないためにセンター」というのが仮設されている。上の写真は「チューブ」内を上昇していくエレベータから「天井」を見上げたところ）。</p>

<p>　友人の店は仙台駅から地下鉄に乗って終点の泉中央というところまで行き、そこからさらにバスにのり10分ほど行ったところにあるのだが、住まいは別で、その店から目と鼻の先、歩いて2分ばかりの距離にある。辺りは瀟洒な作りの住宅が並ぶ（マンションなどの高い建物がほとんど見えない）、まるでスピルバーグが日本人だったら舞台にしそうな郊外のニュータウン（ベッドタウン）という感じの（つまり映画『未知との遭遇』や『E.T.』風の、UFOでも飛来してきそうな感じの）町である。<br />
　じっさい、泉中央駅に降りると、ちょうど夕方の帰宅時間ということもあってか、会社員や学生など大勢の人で混み合い、バス停の前は長蛇の列ができるほどだった。</p>

<p>　つづく（多分）。</p>]]>
        
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    <title>デジカメと「もの」 - letters</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.cafe-nous.com/letters/2012/02/post-86.html" />
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    <published>2012-02-07T08:49:02Z</published>
    <updated>2012-02-13T01:55:45Z</updated>

    <summary>　一月ほど前にカメラを買った。 　これまで使っていたカメラはもうさすがに耐用年数...</summary>
    <author>
        <name>izumi_ishii</name>
        
    </author>
    
        <category term="日記・コラム" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.cafe-nous.com/letters/">
        <![CDATA[<p>　一月ほど前にカメラを買った。</p>

<p>　これまで使っていたカメラはもうさすがに耐用年数に達している観があったし、些かかさ張るし、以前のアナログ・カメラのように手になじんだ愛着もさほど感じなかったこともあり（とてもよく働いてくれて大いに感謝はしているのだけど）、最近のデジカメの技術的進歩とデザインの先進性に、新製品を目にするたび「へえー！へえー！」とトリビア的に感心しながらしばらく前から「次の」カメラを物色していた。</p>

<p>　とくに一眼レフで、小型のタイプのもの（ミラーレス一眼など）に惹かれていた。ときどきアマゾンなどネットを見て機能性と値段などを比べたりもしていた。仕事でも使うけど、あまり高価なものは手が出ないし(ぼくはプロの写真家じゃないし）、趣味と実用を兼ねたもので、いいのないかな〜と。</p>

<p>　で結局は迷ったすえ、家電／カメラショップを何気にブラブラしていたときに、購入を想定していなかったあるカメラが目にとまり、衝動買いしてしまった。一眼レフではない。コンパクト・デジカメらしからぬシブい意匠と、ネットで見てただけでは伝わらないその材質感、そして一眼ではないけどファインダーが付いているところに、グッときてしまったのだ。要は「もの」としてのデザインが気に入ったわけ。<br />
　<br />
　どんなものでも「もの」との出会いとはそんなものなのかもしれない。しかも、これ、コンデジにしては安価な一眼レフくらい高価（ややこしい言い方！）だったけど、ショップの人が表示価格よりさらに少し「勉強」してくれもしたので......。</p>

<p><img alt="120207-1.jpg" src="http://www.cafe-nous.com/letters/images/120207-1.jpg" width="300" height="225" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" />　そんでもって、最初に撮ったのがこれ。何でもない写真だけど、まあ記念すべきファースト・ショットということで。<br />
　手前はぼくのいま愛用しているエレキギター（フェンダーのストラトキャスター）で、買ったあとに貼ったシール『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』から主人公の名をとって「ジャック」と名付けた。<br />
　その後ろにあるのが、去年の初冬、やはり衝動買いしてしまったオベイションのアコースティック・ギター（中古）。もちろん（？）、「豆の木」とぼくは呼んでいる。買ったばかりのカメラを箱から出して、バッテリーの充電が終ってすぐに焦点の合わせ方も意識せずにシャッターをきったものだから、こっちのエレアコの方にピントがずれている（ジャックと豆の木の豆の木のほうに焦点がきている。家の近くに「豆の木」という不思議な名の旨いラーメン屋さんがあるけど、それはまた別の話）。</p>

<p><img alt="120207-2.jpg" src="http://www.cafe-nous.com/letters/images/120207-2.jpg" width="300" height="225" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" />　その一週間後、はじめて仕事の「お伴」に持っていって、霞が関ビル35階でのある行事の取材が終わり、外に出て入口そばにあったモニュメントを撮ったものが右。おお、これってまるでスピッツの『とげまる』じゃんと思って、うれしくなってこのステンレス（だと思う）のエッシャー風オブジェの前まで行ってシャッターをおした。隅っこにぼく自身が映り込んでいる。<br />
　『とげまる』はご存知日本の人気バンド、スピッツの13枚目のオリジナル・アルバム名であり、アルバムのシンボル・デザインにこれふうのトゲトゲの意匠がつかわれている（スピッツ・ファンならすぐピンとくるだろう）！　<br />
　そういえば、3月の終わりに開くぼくらのコンサートでもスピッツを数曲演奏することになっている（アルバム『とげまる』からは「トラバント」。ぼくはジャックをかき鳴らす）。</p>

<p>　そのあと、銀座に出て知り合いの（一年の半分以上はバリ島で暮らしている）ある画家（坂田純さん）の個展を見に行った。こういうことでもない限り、あんなに好きでよく来ていた銀座にも滅多に来ることがなくなったけど、面白いのは、新しいカメラをもっていると、銀座の町が新鮮に見えてくる。じっさい、ここ数年でずいぶん銀座も変わったけど。</p>

<p>　しかし、新しくなったことと新鮮に見えることとは違う。カメラをもってシャッターチャンスをねらっていると、対象の新旧に拘らず、これまで目に入っていなかったものにも目がとまるようになる。風景の見え方が変わってくるから不思議だ。「眼の野生」がなせる技か。</p>

<p><img alt="120207-3.jpg" src="http://www.cafe-nous.com/letters/images/120207-3.jpg" width="300" height="225" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" />　個展をやっていた画廊はメチャクチャ古そうなアナログなビル（エレベーターは二重扉で、何と手動で蛇腹式に開閉する！）のなかにあり、作品と同時にこの建物を見るのがなんともたのしい（ここでは触れないが、個展のバリのバナナ紙をつかった「抽象画」も上空から撮影した古代都市のように見えてくる）。このビルに来るのは二度目だったが、ぼくはまだまだ他所から来た闖入者みたいな感じがして、遠慮がちに2,3回シャッターをきっただけで失礼したのだけど（これはその一枚）。許されるなら、この建物がなくなる前にまた来て探検したい（「ちゃんと」写真に撮りたい）ものだ。</p>

<p>　ところで、文脈から少しはずれるけど、ちょっと前にNHKの「日曜美術館」で木村伊兵衛がパリで撮ったストリート・スナップの写真作品を取り上げていた。なんというか、じつにしみじみといいんだな〜、これが。このよさは、昨今の女性写真ブームと関連しているような気がしなくもない。もちろんいい意味でだけど。</p>

<p>　ぼくの周りでも、女性だけではないが、じつは今ちょっとしたカメラ・ブームがおこっている。仕事の性格を考慮したとしても、専門でもないのに、写真やカメラの話題が最近とても多い（じっさい、最近デジカメを同時に2台買ったという女性もいる）。いっしょに仕事している人たちと、ひとつのコミュニケーション・ツール（二重の意味で）になっている観もある。</p>

<p>　デジカメのすぐれた点は、センスさえあれば誰でも手軽によいスナップが撮れることにあるだろう（写真、とくにスナップはプロとアマチュアの技術的敷居が限りなく低いと思う。シャッターをおせば写ってしまう、そんなある種の無名性が写真の特長でもある。ことにデジカメが主流になってから、それはますます加速している。しかし、やはり、要はセンスの問題）。<br />
　これまでの既得した「現実」にすがりつき維持しようとあがいている男たちに比べると、「もうひとつの現実」に対する好奇心を持ちつづけている女子たちはきわめて健全な気がする。ぼくも多少はそれが（女子たちに煽られたことが）カメラを買う動機のひとつとして作用した点がなくもない、かも。</p>

<p>　写真はいうまでもなく、撮るだけでなく見るものである。見る・見られることを前提としている。しかも、ほとんどの場合、複数の人が一枚の写真を見る。「もうひとつの現実」を共有したいという欲望が写真を撮る・見るという行為を駆動しているんじゃないかと考えたくもなる。共有することで「新しい現実」になると言った方がよいかもしれないが。</p>

<p>　いま読んでいる内田樹と中沢新一の対談集『<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/404110078X/ref=as_li_tf_tl?ie=UTF8&tag=cafeface-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=404110078X">日本の文脈</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=cafeface-22&l=as2&o=9&a=404110078X" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />』のなかに「男の（男で）おばさん」を顕揚する話がでてくるけど、そうだとすると、「カメラ女子」みたいな「女のおじさん」化（つまり本来「もの好き」はおじさんの性分だから）もよきことなのじゃないか、なんて、書いているうちに思えてもくる。「日本の現実」はおしゃべり好きな「男のおばさん」ともの好きな「女のおじさん」たちが組み換えてくれる。そんなことを期待したくもなるのも新しいデジカメの効用だとしたら、これはほんとにお買得な話ではないか。</p>

<p><img alt="120207-4.jpg" src="http://www.cafe-nous.com/letters/images/120207-4.jpg" width="300" height="225" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" />　　このカメラ、今週末、取材で行く福島と仙台にもっていく予定。遠いところじゃないけど、ぼくには久しぶり、このカメラにとっては初の「出張」である。小さな旅とはいえ、ともに震災後はじめての東北となる。<br />
　どんな「もの」と出会うことになるのだろう。</p>]]>
        
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    <title>cake（青山） - nous_gallery</title>
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    <published>2012-02-01T06:31:08Z</published>
    <updated>2012-02-20T02:58:52Z</updated>

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    <author>
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    </author>
    
        <category term="cafe NOUS Title image" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<div class="pg"><a href="http://www.cafe-nous.com/nous_gallery/images/cafe_nous051.jpg" title="cafe NOUS Title image：cake"><img alt="cafe NOUS Title image：cake" src="http://www.cafe-nous.com/nous_gallery/images/cafe_nous051.jpg" width="520" height="133" class="mt-image-none" style="" /></a></div>]]>
        
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    <title>『タンタンの冒険』をめぐるスピルバーグの冒険 - letters</title>
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    <published>2012-01-13T09:57:36Z</published>
    <updated>2012-01-13T10:50:43Z</updated>

    <summary>この週末、正月の連休のうちに何か1本くらい映画を観たいと思い、スマホのアプリで情...</summary>
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        <name>izumi_ishii</name>
        
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        <category term="日記・コラム" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.cafe-nous.com/letters/">
        <![CDATA[<p><img alt="tintin_movie0113.jpg" src="http://www.cafe-nous.com/letters/images/tintin_movie0113.jpg" width="300" height="277" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" />この週末、正月の連休のうちに何か1本くらい映画を観たいと思い、スマホのアプリで情報を検索して、家から比較的近い越谷レイクタウン内にあるシネコンで上映中のスピルバーグの新作『タンタンの冒険／ユニコーン号の秘密』を、家人と二人で見に出かけることにした。スピルバーグの久しぶりの監督作品だし、年のはじめから二人で見るのにあまりシリアスで「重たい」ものも何だし、シネコンはスクリーンが小さいけど大劇場のある都心に出るのもおっくうだし......、ということで。</p>

<p>で、映画を観た感想として、とてもおもしろく、スピルバーグならではの息もつかせぬ活劇をたのしめたのだが、これまでどんな映像にもなかったような「奇妙な感触」があり、ちょっと不思議な後味というか、本でいえば読後感がのこった。そして、おもしろくはあったが、見終わったあとに、無臭の味気なさというか、さびしさ・むなしさみたいな印象が残ったのも事実である。</p>

<p>そのことを少し考えてみたい。</p>

<p>そもそもスピルバーグに関しては書きたいことはいっぱいあるし、でも逆にいまさら改めて何をかいわん？　と、そのあいだで思いも揺れる（？）が、ともかくはまず一言だけ簡単にいうとしたら、やはり彼は永遠の「映画青年」だな〜、ということになるだろうか。タランティーノにもこの称号を与えたいところだけど、スピルバーグが「青年」というなら、「タラちゃん」は映画「少年」というべきか（それだけ悪ガキで、アブナイといってよいかも）。この『タンタンの冒険』でも、スピルバーグの青年ぶりはいかんなく発揮されている。</p>

<p>しかし、その青年としての風貌が些かこれまでと違うのだ。</p>

<p>子どもの頃からの映画マニア（シネフィル）が大人になり、そのまま映画の作り手になって「自分で自分の見たい映画」を作りつづけているという意味では、スピルバーグとタランティ−ノは共通部分が多いし、それこそが私も二人の映画の好きなところで、新作が来るとなると、こちらも映画少年（あるいは青年）だったころを思い出し、いまだにわくわくしてしまう数少ない映画作家（監督、脚本家、制作者）である。新作の情報を知るたびに早く見たくて落ち着かない気分になるのは、アメリカの映画作家ではこの二人の他には、クリント・イーストウッドくらいなものだろう。その意味では、イーストウッドがいちばんの「大人」だが。</p>

<p>『タンタンの冒険』はご存知のように全編にCGが駆使されているらしいことがわかっていたので、下手すると「ダメ（駄作）」かなという不安もあったが（もともとCGを無自覚に多用する映画は好きでないし、私はスピルバーグの全部が好きというわけでもない）、ある意味でその心配は不用だった（「普通」ではありえないシーンでも、ちゃんと引力などの自然法則にしたがっているから、CGで作られているとしても実写同様の説得性があり、同じ嘘でも嘘を嘘として自覚してたのしめる）。CGだろうが実写だろうがスピルバーグは「つくりもの」がお得意だったわけで、むしろ新しいデジタル映像技術のおかげで、彼としてはスピード感全開ハラハラドキドキのストーリー展開を思うように「演出」できる道具を手にすることになったといえるだろう。</p>

<p>いうまでもなく、「奇妙な感触」はこの新しい技術に由来する（この手法は正確には「フルデジタル3Dパフォーマンス・キャプチャー」と呼ぶらしい）。この不思議な手触りのこれまでにない映像体験は、スピルバーグが新しい「道具」をつかって縦横に遊んだことでつくられたものである。新しい技術といっても、キャメロンのSF映画『アバター』のほうがその先駆となる作品であり、だから、たしかに『アバター』に近い風合はある。しかし、あのように架空の世界が舞台ではなく、地上の世界が舞台だし、片方が異星の種族（エイリアン）が主演であるのに比べて『タンタン』の主役は「普通の」人間である。</p>

<p>そのため、かえってその奇妙な感じは『タンタンの冒険』のほうに強まる。つまり、異星人はもともと「奇妙」なのはあたりまえだけど、人間が人間でありつつも人間でないような存在として動き回ることの変な感じ------。それは、描かれたCGアニメのキャラが生身の人間を「演じる」（模倣する）のではなく、いうなれば生身の人間がCGアニメの人間を演じる奇妙さなのである。人間が人形のように演じるいわゆる「人形ぶり」はこれまでにもあるとしても、ここまで全編に徹底して「人間がCGアニメの登場人物を演じる」映画ははじめてだろう。「彼ら」は映画にはじめて人間とCGアニメの造形物との中間として登場した、新種の生き物みたいなものである。</p>

<p>じつをいうと、この映画が終ったあと、一抹の「さびしさ」と「むなしさ」があったのだが、それはけっして嫌なものではなかった。このところゲームから少し離れているが、「むなしさ」のほうはRPGやアクション・ゲームに熱中して何時間もかけてクリアしたあとの開放感にともなう空虚感に似ているといったらよいだろうか。スピルバーグにはもともとゲーム性があって、『タンタンの冒険』に限らないわけだが、しかし、これまでの彼のゲーム感覚とはやっぱり何か違うのだ。うまく言えないが、アナログな遊戯性が、デジタル・ゲームに移行した感じ------。</p>

<p>では「さびしさ」のほうの原因は何だろう（と、しばし考える）......。<br />
端的に言ってしまえば、ハリソン・フォードがスピルバーグの映画で活躍する時代は終ったということになろうか。<br />
スピルバーグのここ何年かの作でいえば、あまり評判がよいとはいえないSFもの『マイノリティ・リポート』や『宇宙戦争』（ともに主演はトム・クルーズ）は私は結構好きで評価していたのだけど、インディアナ・ジョーンズの4作目『クリスタル・スカルの王国』は、ちょっとガッカリで、とくにハリソン・フォードがもうだめだと思った。歳なら歳で、魅力の出しようはあるはずなのに（たとえば、3作目『最後の聖戦』のインディアナの父役＝ショーン・コネリーのように）、なんというか、その「存在感」よりも無理に人間的にがんばって「演技」している感じがどうも気になってしまって、映画のなかに入っていけない。もともとハリソン・フォードが優れた役者だなどと思ってもいないが、『スター・ウォーズ』のハン・ソロやこのインディアナ・ジョーンズは彼でなければならない「はまり役」で、そのキャラクターを愛していただけに、やはり「永遠に」その役を演じつつけることは無理なのだと自ら告白してしまった観があった。『タンタン』は「人間」インディアナ・ジョーンズへの別れの歌だったといえるんじゃなかろうか。</p>

<p>スピルバーグの作品カテゴリーとしてはインディアナ・ジョーンズ・シリーズのような「冒険活劇」映画に連なるだろうこの『タンタンの冒険』は、もしかすると、その「さびしさ」を超えようとする試みであったのかもしれないとも思うのだ。<br />
映画というものがたえず新しい技術の導入とそれを使いこなす試みの歴史であるように、スピルバーグがその映画の技術革新に自らも名を連ねたいという意欲（夢）を、映画青年として実現したかったという面もあるのだろう。はっきり言って「人間」を描くことに関しては、タラちゃんやイーストウッドにはとても太刀打ちできないと思う（彼のもうひとつの路線である「人間感動ドラマ」は見ていて気恥ずかしくなるところがあって、あまり好きでない）。</p>

<p>たしかに、この技術をつかえばタンタンは永遠に青年のままで、いつまでも老いることもないだろう。何作だって続編がつくれるだろうし、スピルバーグがこの世を去った後も、誰かが彼にかわってタンタンをスクリーンに生かしつづけることができる（しかし、そこに、それはそれで孤独な哀しみがつきまとう。『A.I.』にも通じる哀しみである。スピルバーグも自覚しているだろうし、その「孤独」は彼のテーマでもあろう）。</p>

<p>社会から子どもと大人の中間的存在である「青年」が消滅した（内田樹氏の指摘。卓見である。くわしくは彼の本を読むべし）だけに、映画青年スピルバーグは、この世での「青年」に別れを告げ、もうひとつの世界＝映画のなかだけでも「青年」を「生き生きと描くこと」で青年性を永遠化したかったのかもしれない。それは、むかし青年だったことのある人にとっては青年が永遠に失われてしまったことの諦めの証しでもある。しかし、その諦めは、それほど嫌なものではない。この場合の諦めとは明らめ、明らかにすることでもあるだろう。</p>

<p>それは、現実がゲーム化してしまった現在の社会のなかで、自分と世界を生きのびさせる術を探るひとつの方法なのかもしれない。</p>]]>
        
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    <title>グーテンベルク炭書『文明の貝塚』の記録 - 亀甲館だより</title>
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    <published>2012-01-10T14:54:14Z</published>
    <updated>2012-01-13T01:53:15Z</updated>

    <summary> グーテンベルク炭書『文明の貝塚』 蓜島庸二展 息を吸い、息を吐く・・・。 摂り...</summary>
    <author>
        <name>nous_s</name>
        
    </author>
    
        <category term="No.18：グーテンベルク炭書『文明の貝塚』の記録 " scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.cafe-nous.com/haijima/">
        <![CDATA[<div style="width: 535px; margin: 30px 0px 0px 0px; background-image: url('http://www.cafe-nous.com/haijima/images/board02.jpg'); background-repeat: repeat-y;"><!-- 背景  -->
<div style="width: 535px; height:10px; background-image: url('http://www.cafe-nous.com/haijima/images/board01.jpg'); background-repeat: no-repeat;"></div><!-- トップ背景 -->
<div style="margin: 0px 0px 20px 0px; text-align: center;"><img alt="グーテンベルク炭書『文明の貝塚』
" src="http://www.cafe-nous.com/haijima/images/ki18_11.jpg" width="460" height="304" border="0" /></div>
<div style="margin: 10px 0px 20px 0px; text-align: center; color:#8b0000; font-size: 24px;">グーテンベルク炭書『文明の貝塚』</div>
<div style="margin: 15px 0px 20px 0px; text-align: center; color:#2f4f4f; font-size: 24px;">蓜島庸二展</div>
<p align="center">
息を吸い、息を吐く・・・。<br />
摂り入れた空気／食物は、一部を、エネルギーとして熱に変え、<br />
命を養い、そして、エネルギーにならなかったその他<br />
と、ともに、体外に、宇宙に放散されるーー廃棄。<br />
そして地球の何らかのリサイクル・システムに乗り、<br />
それもやがて　"死"という究極の・・・。<br />
それにしても石器時代の貝塚に始まり、人間は、<br />
なんと膨大な、しかも "厄介な" 廃棄物を、<br />
自分たちの環境に抱え込んでしまったのだろう。<br />
いまや一基の貝塚であるチキュウ（の、このブンメイ）は、もう満杯です。</p>
</div><!--  背景  -->
<div style="margin: 0px 0px 40px 0px; width: 535px; height:20px; background-image: url('http://www.cafe-nous.com/haijima/images/board03.jpg'); background-repeat: no-repeat;"></div><!-- ボトム背景 -->


<div class="sub2">【出品作品】</div>
<table width="520" border="0" cellspacing="2" cellpadding="0">
<tr>
<td align="left" valign="top" width="180px"><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;">
<div style="margin: 8px 15px 25px 0px; padding: 4px; width:180px;  background-color:#333333;" class="pg"><a href="http://www.cafe-nous.com/haijima/images/ki18_01b.jpg" title="遺伝子の舟塚"><img alt="遺伝子の舟塚" src="http://www.cafe-nous.com/haijima/images/ki18_01s.jpg" width="180" height="212" border="0" /></a><br /><img src="http://www.cafe-nous.com/font/images/333333.jpg" alt="line" width="180" height="4" border="0" /><br /><a href="http://www.cafe-nous.com/haijima/images/ki18_10b.jpg" title="知の貝塚"><img alt="知の貝塚" src="http://www.cafe-nous.com/haijima/images/ki18_10s.jpg" width="180" height="110" border="0" /></a><br /><img src="http://www.cafe-nous.com/font/images/333333.jpg" alt="line" width="180" height="4" border="0" /><br /><a href="http://www.cafe-nous.com/haijima/images/ki18_02b.jpg" title="文明の貝塚"><img alt="文明の貝塚" src="http://www.cafe-nous.com/haijima/images/ki18_02s.jpg" width="180" height="135" border="0" /></a><br /><img alt="zoom" src="http://www.cafe-nous.com/nous_mtos/common/images/zoom2.png" width="105" height="16" border="0" style="vertical-align: middle;" /><span class="cap2">　「遺伝子の舟塚」（上）、「知の貝塚」（中）、「文明の貝塚」（下）</span></div>
</td>
<td align="left" valign="top">
<div style="margin: 0px 0px 5px 0px; font-size: 16px; color:#333333;"><strong>１／グーテンベルク期 Roppongi 舟形遺構群（ギャラリーからテラスへ）</strong></div>
<div style="margin: 0px 0px 5px 0px; font-size: 12px; color:#8b0000;">&#8226;遺伝子の舟塚：蜜蠟、炭書、麻縄、岩絵の具ほか<br />
 &#8226;知の貝塚 ：蜜蠟、炭書、麻縄、岩絵の具ほか<br />
 &#8226;文明の貝塚／方形の舟である水棺FUKUSHIMA：蜜蠟、炭書、試験管、活字、精製水、ホウ酸ほか<br />
&#8226;グーテンベルク炭書群：炭書、麻縄、蜜蠟、試験管、活字、塩ほか</div>
<p>脳髄Aから脳髄Bへ、さらにC・D・E・・・へと、そしてまた、男aから女aへ、女aから全ての人間 ・・・へと、その爆発的な知の熱量を誇って来た、グーテンベルク文明の炉心としての「本」、とその流通を支えて来た、まさにインテリジェント・ヴィヒクル(舟というならvesselか)、にして「遺伝子の舟」の舟形遺構群。</p>
</td>
</tr>
</table>


<table width="520" border="0" cellspacing="2" cellpadding="0">
<tr>
<td align="left" valign="top" width="180px"><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;">
<div style="margin: 8px 15px 25px 0px; padding: 4px; width:180px;  background-color:#333333;" class="pg"><a href="http://www.cafe-nous.com/haijima/images/ki18_03b.jpg" title="本棚の上中央に置かれているのが、「一個の突起物である文明の貝塚」"><img alt="本棚の上中央に置かれているのが、「一個の突起物である文明の貝塚」" src="http://www.cafe-nous.com/haijima/images/ki18_03s.jpg" width="180" height="135" border="0" /></a><br /><img alt="zoom" src="http://www.cafe-nous.com/nous_mtos/common/images/zoom2.png" width="105" height="16" border="0" style="vertical-align: middle;" /><span class="cap2">　本棚の上中央に置かれているのが、「一個の突起物である文明の貝塚」</span></div>
</td>
<td align="left" valign="top">
<div style="margin: 0px 0px 5px 0px; font-size: 16px; color:#333333;"><strong>２／一個の突起物である文明の貝塚</strong></div>
<div style="margin: 0px 0px 5px 0px; font-size: 12px; color:#8b0000;"> &#8226;蜜蠟、試験管、活字、紙筒ほか</div>
<p>全ての自然（もちろん人間も）、全ての文明、がその根底に具える、廃棄という情報、と、一方、その廃墟からの生命的再生、を一つの表現としてクロスさせるための試み、即ち本を炭に焼く、蓜島庸二「グーテンベルク炭書／文明の貝塚」展は、まず文明の象徴として一個の突起型の貝塚を。</p>
</td>
</tr>
</table>

<table width="520" border="0" cellspacing="2" cellpadding="0">
<tr>
<td align="left" valign="top" width="180px"><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;">
<div style="margin: 8px 15px 25px 0px; padding: 4px; width:180px;  background-color:#333333;" class="pg"><a href="http://www.cafe-nous.com/haijima/images/ki18_04b.jpg" title="文明の貝塚であるグーテンベルク聖婚碑
"><img alt="文明の貝塚であるグーテンベルク聖婚碑
" src="http://www.cafe-nous.com/haijima/images/ki18_04s.jpg" width="180" height="131" border="0" /></a><br /><img alt="zoom" src="http://www.cafe-nous.com/nous_mtos/common/images/zoom2.png" width="105" height="16" border="0" style="vertical-align: middle;" /><span class="cap2">　左が［母型］、右が［父型］</span></div>
</td>
<td align="left" valign="top">
<div style="margin: 0px 0px 5px 0px; font-size: 16px; color:#333333;"><strong>３／文明の貝塚であるグーテンベルク聖婚碑
</strong></div>
<div style="margin: 0px 0px 5px 0px; font-size: 12px; color:#8b0000;">&#8226;父型：蜜蠟、活字、試験管、紙筒ほか<br />&#8226;母型：蜜蠟、活字、試験管、紙筒ほか</div>
<p>活版印刷によって成った本の、その成果を、羽ペンではなく、活字という「父型と母型の驚くべき結合と、それらの関係と調和によるもの・・・」（グーテンベルク『カトリコン』のコロフォンに）とし、さらに、硬い金属と軟らかい金属との、ほとんど錬金術的聖婚譚に秘める、この多産／量産的な溶融術、への限りないオマージュ。</p>
</td>
</tr>
</table>

<table width="520" border="0" cellspacing="2" cellpadding="0">
<tr>
<td align="left" valign="top" width="180px"><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;">
<div style="margin: 8px 15px 25px 0px; padding: 4px; width:180px;  background-color:#333333;" class="pg"><a href="http://www.cafe-nous.com/haijima/images/ki18_03b2.jpg" title="本棚の上に置かれている左が「遺伝子の舟塚」［父型］、右が「遺伝子の舟塚」［母型］"><img alt="本棚の上に置かれている左が「遺伝子の舟塚」［父型］、右が「遺伝子の舟塚」［母型］" src="http://www.cafe-nous.com/haijima/images/ki18_03s2.jpg" width="180" height="135" border="0" /></a><br /><img alt="zoom" src="http://www.cafe-nous.com/nous_mtos/common/images/zoom2.png" width="105" height="16" border="0" style="vertical-align: middle;" /><span class="cap2">　本棚の上に置かれている左が［父型］、右が［母型］</span></div>
</td>
<td align="left" valign="top">
<div style="margin: 0px 0px 5px 0px; font-size: 16px; color:#333333;"><strong>４／遺伝子の舟塚［父型］、５／遺伝子の舟塚［母型］</strong></div>
<div style="margin: 0px 0px 5px 0px; font-size: 12px; color:#8b0000;">&#8226;父型：石灰、蜜蠟、炭書、麻縄、岩絵の具ほか<br />&#8226;母型：石灰、蜜蠟、炭書、麻縄、岩絵の具ほか</div>
<p>段ボールの空き箱を使って、蜜蠟を流すための舟形の母型をつくり・・・一方、この度は例によって本を炭に焼いた『グーテンベルク炭書』のフラジャイルな頁のかけらを、さらに丹念に砕き書籍の炭粉を、ではなく極微の炭粉と化した電子書籍ならぬ原子書籍ーーそう、「三千世界極微粒原子書籍」、は、今や一種のモナドと化して、知の宇宙に偏在することになったグーテンベルク炭書、を付着させた紐状の複雑なnodeを、蜜蠟の母型に、沈める。</p>
</td>
</tr>
</table>

<table width="520" border="0" cellspacing="2" cellpadding="0">
<tr>
<td align="left" valign="top" width="180px"><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;">
<div style="margin: 8px 15px 25px 0px; padding: 4px; width:180px;  background-color:#333333;" class="pg"><a href="http://www.cafe-nous.com/haijima/images/ki18_06b.jpg" title="写真正面の窓枠内の本を挟んでいる左が「石棺Chernobyl」、右が「水棺Fukushima」"><img alt="写真正面の窓枠内の本を挟んでいる左が「石棺Chernobyl」、右が「水棺Fukushima」" src="http://www.cafe-nous.com/haijima/images/ki18_06s.jpg" width="180" height="119" border="0" /></a><br /><img alt="zoom" src="http://www.cafe-nous.com/nous_mtos/common/images/zoom2.png" width="105" height="16" border="0" style="vertical-align: middle;" /><span class="cap2">　写真正面の窓枠内の本を挟んでいる左が「石棺Chernobyl」、右が「水棺Fukushima」</span></div>
</td>
<td align="left" valign="top">
<div style="margin: 0px 0px 5px 0px; font-size: 16px; color:#333333;"><strong>６／舟形のBOOK-END　石棺Chernobylと水棺Fukushima</strong></div>
<div style="margin: 0px 0px 5px 0px; font-size: 12px; color:#8b0000;">&#8226;石棺Chernobyl：石灰、蜜蠟、炭書、麻縄、岩絵の具ほか<br />&#8226;水棺Fukushima：アクリル、炭書、麻縄、岩絵の具、ホウ酸、精製水ほか</div>
<p>　</p>
</td>
</tr>
</table>

<table width="520" border="0" cellspacing="2" cellpadding="0">
<tr>
<td align="left" valign="top" width="180px"><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;">
<div style="margin: 8px 15px 25px 0px; padding: 4px; width:180px;  background-color:#333333;" class="pg"><a href="http://www.cafe-nous.com/haijima/images/ki18_07b.jpg" title="蜜蜂の巣枠に埋め込まれた遺伝子の舟である「ダブリンの朝（あした）」"><img alt="蜜蜂の巣枠に埋め込まれた遺伝子の舟である「ダブリンの朝（あした）」" src="http://www.cafe-nous.com/haijima/images/ki18_07s.jpg" width="180" height="135" border="0" /></a><br /><img src="http://www.cafe-nous.com/font/images/333333.jpg" alt="line" width="180" height="4" border="0" /><br /><a href="http://www.cafe-nous.com/haijima/images/ki18_08b.jpg" title="蜜蜂の巣枠に埋め込まれた遺伝子の舟である「ダブリンの午後」"><img alt="蜜蜂の巣枠に埋め込まれた遺伝子の舟である「ダブリンの午後」" src="http://www.cafe-nous.com/haijima/images/ki18_08s.jpg" width="180" height="133" border="0" /></a><br /><img alt="zoom" src="http://www.cafe-nous.com/nous_mtos/common/images/zoom2.png" width="105" height="16" border="0" style="vertical-align: middle;" /><span class="cap2">　「ダブリンの朝（あした）」（上）、「ダブリンの午後」（下）</span></div>
</td>
<td align="left" valign="top">
<div style="margin: 0px 0px 5px 0px; font-size: 16px; color:#333333;"><strong>７／蜜蜂の巣枠に埋め込まれた遺伝子の舟である「ダブリンの朝（あした）」、「ダブリンの午後」</strong></div>
<div style="margin: 0px 0px 5px 0px; font-size: 12px; color:#8b0000;">&#8226;ダブリンの朝：養蜂用巣枠、本「ユリシーズ／上」、麻縄、蜜蠟、杉板古材ほか<br />&#8226;ダブリンの午後：養蜂用巣枠、本「ユリシーズ／下」、麻縄、蜜蠟、杉板古材ほか</div>
<p>養蜂も蓜島の、現在は中断しているが、もう一つの夢見の仕事。その作業の中から使用済みの巣枠を作品に。パリ、ルクサンブール公園の養蜂学校で開かれる、蜜蜂をテーマにした美術展のために作り続けている蜜蜂シリーズの中から。</p>
</td>
</tr>
</table>

<table width="520" border="0" cellspacing="2" cellpadding="0">
<tr>
<td align="left" valign="top" width="180px"><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;">
<div style="margin: 8px 15px 25px 0px; padding: 4px; width:180px;  background-color:#333333;" class="pg"><a href="http://www.cafe-nous.com/haijima/images/ki18_09b.jpg" title="蜜蜂の巣枠に埋め込まれた遺伝子の舟である「ダブリンの朝（あした）」"><img alt="蜜蜂の巣枠に埋め込まれた遺伝子の舟である「ダブリンの朝（あした）」" src="http://www.cafe-nous.com/haijima/images/ki18_09s.jpg" width="180" height="295" border="0" /></a><br /><img alt="zoom" src="http://www.cafe-nous.com/nous_mtos/common/images/zoom2.png" width="105" height="16" border="0" style="vertical-align: middle;" /><span class="cap2">　「夢見の刻」</span></div>
</td>
<td align="left" valign="top">
<div style="margin: 0px 0px 5px 0px; font-size: 16px; color:#333333;"><strong>8／intelligent vessel である 遺伝子の舟である本である「夢見の刻」、「遡上」</strong></div>
<div style="margin: 0px 0px 5px 0px; font-size: 12px; color:#8b0000;">&#8226;夢見の刻：バナナ紙、麻縄、蜜蠟、水干（絵の具）ほか<br />&#8226;遡上：バナナ紙、麻縄、蜜蠟、水干（絵の具）ほか</div>
<p>　</p>
</td>
</tr>
</table>
<div class="quo2">※本記事は、2011年12月5日〜12月23日に港区六本木ストライプハウスギャラリーにて開かれた「グーテンベルク炭書『文明の貝塚』展」の記録です。</div>]]>
        
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    <title>Mt.Fuji - nous_gallery</title>
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    <published>2012-01-10T02:51:32Z</published>
    <updated>2012-02-21T02:05:53Z</updated>

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        <name>nous_s</name>
        
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        <![CDATA[<div class="pg"><a href="http://www.cafe-nous.com/nous_gallery/images/cafe_nous050.jpg" title="cafe NOUS Title image：富士山"><img alt="cafe NOUS Title image：富士山" src="http://www.cafe-nous.com/nous_gallery/images/cafe_nous050.jpg" width="520" height="133" class="mt-image-none" style="" /></a></div>]]>
        
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    <title>Happy Christmas！ - letters</title>
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    <published>2011-12-21T07:58:21Z</published>
    <updated>2012-01-06T08:01:18Z</updated>

    <summary>きょう、仕事で編集会議があったので、新宿の副都心に行ってきました。 高層ビルの3...</summary>
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        <name>izumi_ishii</name>
        
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        <![CDATA[<p>きょう、仕事で編集会議があったので、新宿の副都心に行ってきました。</p>

<p>高層ビルの37階にある会議室の窓からふと地上を見ると、他のビルの出入り口あたりの空間に巨大なイチゴケーキの立体模型のようなものが見えます。でも、なんか、ちょっと変。ピサの斜塔のように斜めに傾いでいるし、人がその上を歩いていたりするのです。</p>

<p>会議が終って、昼食を会議の出席メンバーといっしょにとった後、そのなかの好奇心駆動型女子2名とその変なブッタイのあるところに行って「現場検証」してみることにしました。</p>

<p>その証拠がこの2枚の写真。正反対のアングルから撮ったものです。</p>

<p><img alt="111221-1.jpg" src="http://www.cafe-nous.com/letters/images/111221-1.jpg" width="240" height="322" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 15px 20px 10px;" /><img alt="111221-2.jpg" src="http://www.cafe-nous.com/letters/images/111221-2.jpg" width="240" height="322" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 25px;" /></p>

<p>そう！　それは一種の「だまし絵」だったのです。</p>

<p>立体のオブジェではなくて、まったくの平面に描かれたイラストレーション。絵の輪郭にそって切り取られた少し柔らかめの「板（シート）」が石畳の上にベタっと置いてあるだけ。それが、見る角度によって、ググーッと立体状に起ち上がってくるのです。おーっ、パチパチパチ（拍手）。</p>

<p>私はこの手のだまし絵（アナモルフォーズ）とか認知科学的視覚の遊びが昔から大好きなので、うれしくなって、近くに寄ったり離れてみたり、見る位置をいろいろ変えてみたりで、みょーれいの女性2人といっしょにはしゃぎまわてしまったのでありました。<br />
近くを歩いている人たちは、この「作品」のトリックに気がついているのかどうか。不審げにわれわれ3人を横目で見ながら、足早に通り過ぎていくのでありました。</p>

<p>まさにHappy Christmas を先取りしたかの愉快なひと時。</p>

<p>みなさまも、どうぞ、ハッピーなクリスマスをお迎えください！</p>]]>
        
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    <title>池田忠利作品４（部分） - nous_gallery</title>
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    <published>2011-12-09T02:39:06Z</published>
    <updated>2011-12-09T02:41:15Z</updated>

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        <name>nous_s</name>
        
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        <![CDATA[<div class="pg"><a href="http://www.cafe-nous.com/nous_gallery/images/cafe_nous047.jpg" title="cafe NOUS Title image：池田忠利作品４（部分）"><img alt="cafe NOUS Title image：池田忠利作品４（部分）" src="http://www.cafe-nous.com/nous_gallery/images/cafe_nous047.jpg" width="520" height="131" class="mt-image-none" style="" /></a></div>
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    <title>窓／ぬいぐるみ - nous_gallery</title>
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    <published>2011-12-09T02:37:47Z</published>
    <updated>2012-02-20T03:01:08Z</updated>

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        <![CDATA[<div class="pg"><a href="http://www.cafe-nous.com/nous_gallery/images/cafe_nous045.jpg" title="cafe NOUS Title image：ぬいぐるみ"><img alt="ぬいぐるみ" src="http://www.cafe-nous.com/nous_gallery/images/cafe_nous045.jpg" width="520" height="131" class="mt-image-none" style="" /></a></div>
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