nous letter
2008年11月19日 12:15

 小雨に煙る日曜日(16日)、上野の国立西洋美術館へ『ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情』を見に行った(12月7日まで)。
 ハンマースホイという耳慣れない名をもつこの画家は、1864年にデンマークで生をうけ、1916年に没するまで生前はヨーロッパで高い評価を得ていたといわれる。日本ではほとんど知られていないが、「北欧のフェルメール」とも喩えられ、欧米を中心に再び脚光を浴びているらしい。

081119.jpg じつは私自身、「フェルメール展」に行ったおりに途中でみかけたそのポスターを見るまで、まったくといってよいほど、ハンマースホイの名も絵も知らなかった。しかし、その巨大なポスター(看板)に印刷された絵は、一目見ただけで人を惹きつける不思議な魅力があり、その静謐な絵の“たたずまい”とでもいうべき雰囲気は、未知であると同時にどこかなつかしい印象を周囲の環境に放っている。

 だからむろん「北欧のフェルメール」などという評価があることなどまったく知らなかったし、「フェルメール展」のさいにポスターを目にしたのもただの偶然。その落ち着いた構図と色彩から受ける「静かな詩情」のインパクトが忘れられず、再度この上野の森に足が向いたというわけである。

 たしかに、おもに室内を舞台とし、しかもガラス窓から入る光を取り入れた写実的な、いうなれば「写真のような」描写は、フェルメールを思わせるところがないではない。画題の多くは「女」を描いていることにも共通点がある。
 しかし、決定的に違うのは、その定まらない視線である。定まらないどころか、ハンマースホイの画中の人物(多くは妻のイーダ)の大部分は背をむけており、視線はおろかその顔の表情さえわからない。なかには、顏をこちらに向けているものもあるが、そのほとんどは無表情のままで、まなざしはこちら(画家)の視線とまじわることがない。画家がその場にいないか、いたとしてもまるで空気のような存在でしかないかのようだ。「写真のような」と書いたが、これはほとんど写真“そのもの”である。あるいは写真“以上”の写真である。
 また「女」といっても、たいていは黒い地味な服を着ていて、ベルギー生まれのシュルレアリスト、ルネ・マグリットの山高帽の紳士のように非人称化されている(筆致自体、マグリットを連想させるところがある)。そして全身から、どこか愛しくも儚い風情が漂ってくる。

 ハンマースホイの伝記的な事実はよく知らないが、当時は写真も映画も創世記を迎えていた時代であり、彼が暮らしていたコペンハーゲンという都市の環境も新しいメディアの洗礼を大いに受けていたにちがいない(ハンマースホイと写真や映画との影響関係を調べるとおもしろいと思うが、いまはその任にない)。彼がどの程度“方法として”写真を意識していたかは審らかではないが、少なくとも“意識として”作家人格や個人の心情をできるだけ無にし、無機的なレンズのようなモノに自分を透明化しようとしていたのではなかろうか。画面を満たす静謐感と適度な緊張感は、そのことに由来しているような気がする。

2008年10月27日 15:08

 事務所への出がけに、上野で途中下車して『フェルメール展 光の天才画家とデルフトの巨匠たち』を覗いてきた(東京都美術館、12月14日まで)。

フェルメール展 平日(木曜)の午前なのに、かなりの混雑で、作品を見る前からいささかうんざり気分が先に立ったが、駆け足ぎみに見てまわった。「どうせ混むんだから、そんな混雑のなかでフェルメールを見たってあまり意味ないんじゃない…?」という知り合いの美術史の先生の助言があったにもかかわらず、欧米の美術館を訪ね歩いて観賞する時間もお金もない当方からすれば、こういうチャンスは滅多にないのだから仕方ない。

 フェルメールは7作品が出展されていた。作品名をあげると「マルタとマリアの家のキリスト」「ディアナとニンフたち」「小路」「ワイングラスを持つ娘」「リュートを調弦する女」「ヴァージナルの前に座る若い女」、そして「手紙を書く婦人と召使い」。
 私にとって実物を見るのはすべてはじめてだったが、事前に何も調べずに行ったため、出会えるものと勝手に思い込んでいた「真珠の耳飾りの少女」を見ることができなかったのは残念(スカーレット・ヨハンソンが主演であの少女のモデル役を魅力たっぷりに演じていた映画『真珠の耳飾りの少女』をかつて面白く見ていただけに、当てが外れてちょっと落胆)。

 しかし、だからでもあろうか、逆に興味を惹かれたのは「ワイングラスを持つ娘」という絵。「真珠の耳飾りの少女」の少女に比べると、この「娘」はなんだかちょっと“いやな”顏をしている。ともにこちらを向いて絵を見る者を見つめ返しているが、「少女」のほうはずっと視線を交わしていたい気持ちになるのに(印刷物などで見るかぎり)、「娘」のほうは反対に目をそらしたくなる、というか目をふせたくなる。「娘」のほうがわずかに品を欠いた、どこかしら隠微な感じがするからであろうか。笑みをたたえた口元は、こちらの羞恥心を見越した意地の悪さのようなものまで漂わせているように見える。衣服の色、青(ターバン=少女)と赤(娘)の違いも影響しているかもしれない。
 (会場入口付近を撮った上の写真のポスター、向かって左が「ワイングラスを持つ娘」。右は「小路」)

 館内の人混みから抜け出して早く外に出たい気持ちが先走り、黒い人影の頭越しに視線をさっさと画布に走らせて出口近くまで来て、なんだか気になる感じがのこっていたので、もう一度動線を逆戻りしてこの絵の前に立ってみた。
 娘に寄り添うように上目づかいでワインをすすめている男、これがなんとも怪しいのだ。下心みえみえといった様子で、娘もそれを察知しており、「あらま、どうしましょう」とこちら見る側に問いかけているように見える。それは、私たち見る側の“女への視線”にまぎれこむ下心さえ察知し、了解済みのオトナとしての微妙な笑顔でこたえているかのようだ。視線をそらしたくなるのは、こちらの見ることに潜む欲望を見透かされている感じがするからではないか。
 そう考えると、この男(紳士)は私たち見る男の鏡像にも思えてくる。

2008年10月21日 14:51

「亀甲館だより」などカフェ・ヌースでもおなじみの現代美術家・蓜島庸二さんの個展が開かれます。タイトルは[Fragile]。「炭書」というコンセプトがさらに先鋭化され、文明の“危うさ”が日常空間に忍び込む…!? 従来の作品や展示という概念を覆す、この高貴でスキャンダラスな「事件」の現場に立ち会えることの“幸運”を分かち合いたいと思います。
 下記は蓜島さんからご案内いただいた個展の概要です。英文と略歴を含めた詳細は「亀甲館だより」をご覧ください。

 ☆

蓜島庸二個展 Yoji Haijima Exhibition
グーテンベルク炭書 Gutenberg Charcoal Books
[Fragile]ーーフラジャイルな炭書/フラジャイルな日常ーーー
2008年11月10日(月)~22日(土) 12時~6時p.m.(最終日4時p.m.)
会場:ギャラリー 水・土・木
オープニングパーティ:11月10日(月)4時p.m.より
ギャラリートーク:11月16日(日)2時p.m.より

081021.jpg 本を炭に焼くというこのスキャンダラスなプロジェクトは、名付けて『グーテンベルク炭書』。今回はその4回目の発表になるが、それにしてもこの炭書は、もともとが一枚の紙だから、そのまま炭に焼いてもなかなか木炭そのもののような堅固な形を得るのが困難で、しかし試行錯誤の末、今ではかなり安定した形を得られるようになった。

 とはいえ、それはブロンズ彫刻のような強さが得られるというわけではなく“本の姿焼き” といった程度のものだから、ちょっとした衝撃にもぽろぽろと崩れていく。そのフラジャイルなさまは、今や私には、このグーテンベルク文明そのものの姿に思えて・・・、

 そういう思いの中で開かれる今回の個展。

 この水・土・木(みず・と・き)ギャラリーは、東京西北部に古くから開けた有数な住宅街のまんなかにあって、そのせいか世に言う美術空間のホワイトキューブとはほど遠く、白い格子の出窓なぞしつらえてあって、どこか小市民的日常感覚の漂う空間だ。そういう中にこのスキャンダラスな、いかにもフラジャイルな炭書を持ち込むことを想像したとき、

  いま、わたしたちの日常が、さまざまな日常が壊れようとしている? といった不安が・・・。

(炭書の炭焼きはすべて、青森県深浦町、炭工房「勘」の技術に成るものです)

 ☆

蓜島庸二略歴
1931年:東京に生まれる。1950年始め頃より作家活動を開始。美術文化協会、新象作家協会、読売アンデパンダン展などを経て現在はフリーランスに。以後、幾つかの個展、幾つかのグループ展、コンクール、美術展などで発表。
2005年:国際芸術センター青森における、春のアーチストインレジデンスに参加。書籍を炭に焼くプロジェクトを「グーテンベルグ炭書」と名付けて開始、現在に至る。

〈本展以外の今後の予定〉2009年2月:日本橋砂翁に於ける蓜島庸二/和田祐子二人展を、同じく2009年5月:愛知県常滑市INAXライブミュージアムに於いて個展グーテンベルグ炭書「海を孕む」を、2009年5月:六本木ストライプハウスG.での個展を予定している。

2008年7月11日 10:35

080711.jpg 先日、「アール・ブリュット/交差する魂」展を見てきました。
 いま、この展覧会および個々の“作品”について論じる時間も力も私にはありません。しかし、「見た」ということだけはだれかにいっておきたい。うまくいえませんが、そんな気持ちにさせるなにかが、「アール・ブリュット」にはある気がします。芸術とは、そして表現とはなにか、また、それを展示し、私たちが見る、関係するとはどういうことか、多様でありながら根源的な問い/応えをひとつの物証としてつきつけられた展覧会だった、とのみ“とりあえず”記しておきます。
 仏語のアール・ブリュットとは「生(き)の芸術」とも訳され、英語ではアウトサイダー・アートと呼ばれますが、かといって私たちは簡単にアウトサイドに出ることなどできはしない。アウトサイドとインサイドがつながった、広大であいまいな境界線上に裸(生)で宙づりにされたまま、ある種の「震え」に身をゆだねつづけていくしかありません。(汐留ミュージアムで、7月20日まで)

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Profile

石井 泉/いしい いずみ
東京出身。明治学院大学文学部フランス文学科卒。長きにわたり、出版社、編集プロダクションに在籍、主に科学・芸術関係の雑誌、書籍編集およびデザイン、公共施設の展示プランニング等を手がける。2006年に独立し、「エディション・ヌース」として事務所を開設。科学・芸術・哲学の領域を、横断的な視点で編集・表現していく感性と技を模索しつづけている。最近は依頼に応じてエッセイの執筆なども行う。