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    <title>町まちの文字を訪ねて</title>
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    <updated>2008-04-29T03:03:29Z</updated>
    
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    <title>レトロフューチャーの文字2</title>
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    <published>2007-10-12T09:49:28Z</published>
    <updated>2008-04-29T03:03:29Z</updated>

    <summary> ★1 「蘭奢待」：神田神保町にて　前回の「蘭奢待（らんじゃたい）」★1には後日...</summary>
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        <category term="No.03：レトロフューチャーの文字" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<br />
<div style="float: right; margin: 8px 0px 5px 10px; padding: 4px; width:210px; background-color:#333333;"><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="神田神保町" src="http://www.cafe-nous.com/font/2008/04/24/fo04_01.jpg" width="210" height="135" class="mt-image-none" style="" /></span><br /><span class="cap2">★1 「蘭奢待」：神田神保町にて</span></div><p>　前回の「蘭奢待（らんじゃたい）」<span style="vertical-align: super; font-size: 11px;">★1</span>には後日談があります。あの記事を読まれた東京の I さんという方から、下のようなメールを頂戴致しました。それは「何で焼き鳥屋の屋号が蘭奢待なのだ。」の私の違和感を拭い去ってくれるものでした。</p><br /><br />

<p class="quo">　神保町の裏通りで「蘭奢待」をご覧になられたのですね。あの店は私のごく親しい酒仲間が作ったもので、われわれに近い限られた銘酒を提供することをコンセプトに７〜８年前開きました。愛知「九平次」「義侠」、岐阜「醴泉」、高知「酔鯨」、静岡「開運」など東京では珍しい品揃えをしておりました。近年、経営者が変わり焼き鳥屋になってしまい・・・。<br />
　さて、件の「蘭奢待」はご推察の通り正倉院の御物から名づけました。東大寺をうまく隠すウイットがいいですね。</p>

<p>　メールはまだ続くのですが、そうか、看板はそのままで焼き鳥屋に代替わりしていたのです。そのメールではさらに、岐阜の「醴泉」に件の「蘭奢待」という名の銘酒があること、そのラベルの文字もなかなかいいのですが、同じ岐阜に住む舘さんという方の揮毫（きごう）だそうで、神保町の「蘭奢待」もその舘さんの染筆（せんぴつ）によるものだ、ということを教えてくれました。</p>
<p>　 I さんも指摘されているように、東大寺という文字が隠されているこの「蘭奢待」は、沈香のなかの最高級品である「伽羅」の古木だそうです。伽羅＝最高級、という比喩は、モノの本によると、江戸時代の俗謡に</p>
<div style=" color: #8b4513; font-size: 15px; padding: 15px 0px 20px 20px;">伽羅の香りと　この君さまは・・・</div>
<p>　と謡われて、自分のいい人を最高の香木「伽羅」と並べてみせたり、街行く美男、つまり今云う“イケメン”を「伽羅様」などと呼んだりしたのだそうです。</p>
<p>　ところで「蘭奢待」の、言葉の意味はよく知りませんが、同じ音の蘭麝という熟語があって、字義からいえば蘭は植物の、麝は動物性の、いずれも最高の香料で、それを二つ並べて、香り高い高貴なもの、というような意味があるそうです。これはまったくの当て推量ですが、それから推して、「香り高く贅沢（奢）な待（もてなし）」といった感じでしょうか。そうだとすれば確かにそのように凝った銘酒、思い入れを込めた呑み屋の屋号なら似合いそうです。しかしそれにしても名付ける側の思い入れの重さがひしひしと伝わるような物語ではありませんか。</p>

<div style="float: left; margin: 8px 15px 5px 0px; padding: 4px; width:280px; background-color:#333333;"><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="和伊の介" src="http://www.cafe-nous.com/font/2008/04/24/fo04_02.jpg" width="280" height="210" class="mt-image-none" style="" /></span><br /><span class="cap2">★2 「和伊の介」</span></div><p>　名付けに込めた思い、ということで、最近飯田橋付近で見かけた「和伊の介」<span style="vertical-align: super; font-size: 11px;">★2</span>というレストランの傑作な看板は、まずこの字様の異様さに目を奪われます。と、同時に「和伊の介」という奇異な屋号。えっ「わいのすけ」？　一体何のこと。誰かの名前にしてはいささか変な名前ですが、変といっても「きんすけ」といった呑み屋、シンスケという寿司屋もあることだし、「ますのすけ」という魚もいます。先に“名付けの重さ” と書きましたが、「わいのすけ」という名前をこの店に与えた経営者の気持ちの在り処は？　或はもっと若者風に“わいわいと皆で楽しむ「わいのすけ」”、今という時代ならそんな名前もアリかもしれません。しかし、ふと看板の文字をよくみると、「和伊の介」の文字の上に「炉端いたりあん」とおどけた文字で書かれているではありませんか。そうか「和風伊太利亜料理」のことだったのか。蘭奢待に東大寺の文字が隠されているように、こちらは、日本と伊太利亜を、ぎゅっと縮めてこの店の料理のウリを、店名として編み出した、ということのようです。</p>

<p>　ところで本題の文字のことですが、この筆運びの異様さ、書道では線の表情を云うのに「肥痩」という言葉がありますが、しかしこれは到底そんな尋常なものではありません。細い画はなにげにひょろひょろと遠慮がちに伸びています。太い画はもくもくっと何かが這っているようで、全体としてどこかおどけた表情をたたえています。果たして一本の太い筆でこの極端な肥痩を書き分けたというのでしょうか。「の」の字に注目してみると、一本のかなり太い筆を操って、まず真ん中の太い線を書き下ろしていって、次第に力を抜きながら、気持ちを穂先に集中させて、上に向かう円の外周の部分に入って行って、すでに書いた右側の「伊」を微妙に避けながら細く途切れそうな線になって上行しています。そして再び太さを増しながら円の頂点に達し、やがて下降に転じ、そこからは一気に膨らんで、まるで下降結腸みたいにむくむくとして動いて静かに止めています。そう見てくると、俄に起筆の穂先の神妙な打ち込みが際立ちます。見事です。和ののぎへん、伊のにんべんや隣の尹のはらいなどの起筆の筆のばらけが、なんとなく七、五、三に見えるのも殊勝です。この文字は、もしかしたら、イラストやタイポグラフィーを書くように作っているのかもしれない、とも思えてくるのです。</p>

<div style="float: right; margin: 8px 0px 5px 10px; padding: 4px; width:210px; background-color:#333333;"><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="しゃら亭" src="http://www.cafe-nous.com/font/2008/04/24/fo04_03.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-none" style="" /></span><br /><span class="cap2">★3 「しゃら亭」</span></div><p>　次に「しゃら亭」<span style="vertical-align: super; font-size: 11px;">★3</span>という無国籍料理を標榜する店の看板です。「しゃら」という音からすぐに浮かぶのは娑羅ですが、そうとすれば両側の漢字からしても、全体に東洋的な匂いがしてきます。その漢字も面白いことに一画づつが切り離されていて、かしこまった漢字なりに思わせぶりな身振りたっぷりです。真ん中の赤い屋号の文字の身振りとは反対に、もっと筆太で剽軽な身振りです。</p><p>　それから亭の起筆のなべぶたや口は極端に右肩上がりに書き始めながら、下の丁で平衡をとり、その縦画は体をきゅっと反らせて身振りを誇張しています。もうひとつ面白いことに、うっかりすると全体で一つの文字の偏と旁であるかのように見えるのも、この文字の表情を作り出しています。そういう一種のデザイン感覚ともいえる配慮が、普通の筆文字とはひと味違った、そして明朝体やフォント文字ではもちろん味わえない、新鮮なメッセージを発しています。</p>

<div style="float: left; margin: 8px 15px 5px 0px; padding: 4px; width:210px; background-color:#333333;"><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="どんと" src="http://www.cafe-nous.com/font/2008/04/24/fo04_04.jpg" width="210" height="234" class="mt-image-none" style="" /></span><br /><span class="cap2">★4 「どんと」</span></div><p>　左は「どんと」<span style="vertical-align: super; font-size: 11px;">★4</span>という、魚に特化した、マグロその他の丼もの専門の店のマークに使われている「魚」の文字。篆書（てんしょ）をデザインソースにして、人目を引いています。篆書というのは線に肥痩を作らず、今で云えばデザイン的な感覚の文字ですが、それを普通の書道の文字のような筆遣いで、どこか人間的な表情を作り出しています。</p><p>　茅場町から永代橋へ向かう道筋をちょっと八丁堀の方へ折れたところにある店ですが、方々で見るのでチェーンストアなのかもしれません。</p>

<div style="float: right; margin: 8px 0px 5px 10px; padding: 4px; width:210px; background-color:#333333;"><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="食神" src="http://www.cafe-nous.com/font/2008/04/24/fo04_05.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-none" style="" /></span><br /><span class="cap2">★5 「食神」</span></div><br /><p>　最近、市谷駅付近の外濠通り沿いに開店したちゃんこ料理屋の看板「食神」<span style="vertical-align: super; font-size: 11px;">★5</span>は、いっそうデザイナーの関与を感じさせる文字です。前回揚げた江戸の滑稽本よろしく、まさに「無理なところへ」思いっきり「飛帛を付け・・・」て、その面白さを強調しています。いったん筆の線を要素的に分解して、改めてその魅力的な要素を集めて、一種の装飾文字として組み立て直している、といった感じで、まことに見事です。良の頭の点とは形を変えたしめすへんの赤い点もチャーミングです。</p>

<p>　次回は暮れのカレンダーシーズンに向けて、ある建築会社が毎年作っている、世界の文豪や大芸術家の筆跡を集めたカレンダーを取り上げます。</p>
]]>
        
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    <title>レトロフューチャーの文字1</title>
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    <published>2007-10-02T09:35:57Z</published>
    <updated>2008-04-24T09:47:48Z</updated>

    <summary> 「蘭奢待」：神田神保町にて 　「町まちの文字を訪ねて」の今回は、最新感覚であり...</summary>
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        <name>nous</name>
        
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        <category term="No.03：レトロフューチャーの文字" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[
<div style="float: left; margin: 15px 0px 5px 0px; padding: 4px; width:520px; background-color:#333333;"><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="蘭奢待" src="http://www.cafe-nous.com/font/2008/04/24/fo03_01.jpg" width="520" height="297" class="mt-image-none" style="" /></span><br><span class="cap2">「蘭奢待」：神田神保町にて</span></div>
<p>　「町まちの文字を訪ねて」の今回は、最新感覚でありながら、なおレトロな懐かしさをたたえた文字を、というよりは、レトロな文字こそ、この時代の最新感覚であり、従って人々の心を強くとらえることが出来るのだ、とでもいうような、いわば確信犯的レトロ文字を訪ねてみましょう。</p>

<div class="sub2">—　ええっ！ 焼き鳥屋がなぜ？ 蘭奢待　—</div>
<p>　まず実物を見て頂きましょう。先日も東京神田の神保町界隈の書店を素見していて、ふと「蘭奢待（らんじゃたい）」という看板、しかも焼き鳥屋のそれをみつけました。蘭奢待ってあの、世にも名高き名香の蘭奢待か？ そして何で焼き鳥屋の屋号が蘭奢待なのだ。という疑問が思わず私を引きつけます。この店は何でも秋田の比内鶏、例のきりたんぽには欠かすことの出来ない鶏肉を使っているというのだが、よほど香ばしいに違いありません。しかしそれはいいとしても、問題はこの看板の文字です。筆先が目一杯くねっています。文字にそういう身振りをさせることで、人目を引こうという魂胆なのでしょうが、お見事です。これはまさに空海の飛帛（ひはく）、雑体書。つまりかなりレトロなのですが、そのユーモラスで強烈な文字そのものの体臭、これが生半なことでは驚かない今時の若いサラリーマンや学生達の心を捉えるという読みなのでしょう。</p>

<p>　これはほんの一例に過ぎませんが、文字を書く側、その看板を掲げる店の態度の側に、この「レトロこそ！」という思い入れが見られる様に思うのです。これは看板だけでなく、食品その他のパッケージにもどんどん現れて、中には筆文字でさえあればパンチがでると思い込んだ見るに耐えないようなだらしない感じのものもあるのですが・・・。ここに至ってはもはや「レトロ」などという言葉そのものがすでに無いのかもしれません。</p>
<p>　ところで『蘭奢待』ですが、よく見てゆくとまず「奢」の日の字の筆の運びが、煙が渦巻くように、それに「待」の最後の筆の行く先が、まるで煙が宙に漂って、黄昏の街に流れ出してゆくみたいです。筆運びの順序に従って、そうした書き手の身体的な生々しい動きとともに、そう見えないでしょうか。およそ焼き鳥屋の屋号に『蘭奢待』という不似合いな言葉を掲げるオーナーの、つまりレトロフューチャーな心意気を人々に納得させる、説得力が無理なく伝わってきます。それに今の横書き風に、左から右へ書かれています。昔なら「待奢蘭」と書いたでしょう。下で紹介している長谷寺の扁額を見ても、「寺谷長」と書かれています。</p>
<p>　その上に最近の繁華街では、昨日新店が開店したかと思うと、何時の間にかまた新しい店に代替わりしている、といった昨今のはげしい飲食店事情があって、そういう繁華街にはどうしても有名なチェーン店がどしどしと進出してきて、街の表情を非個性的なものにしてしまう、という面もみられるわけで、そういう非個性的な中で、いわば一匹狼であるこうした店では、コンセプトも、従って看板も勢い工夫を凝らされたものが出てくるわけです。生半可のことでは人目に留まりません。</p>
<p>　もっともこの手の表現の誇張というのは、何も今に始まったことではなくて、江戸時代の滑稽本などにもこんな言い方をされています。</p>

<p class="quo">　「大道直（だいどうなおう）して髪結床（かみゆいどこ）必ず十字街（よつつじ）にあるが中（なか）にも、浮世風呂（うきよぶろ）に隣（とな）れる家（いえ）は、浮世床（うきよどこ）と名（な）を称（よび）て連牆（のきならび）の梳髪舖（かみゆいどこ）。間口（まくち）二間（けん）に建列（たてつらね）たる腰高（こしだか）の油障子（あぶらしゃうじ）。油で口（くち）に粘（のり）するも浮世（うきよ）と書（かき）きたる筆法（ひっぽう）は、無理（むり）な所に飛帛（ひはく）を付（つけ）て、蝕字（むしくひ）とやらん号（なづけ）たる提燈屋（てうちんや）の永字八法（えいじはつぽふ）・・・」（『柳髪新話浮世床』初編巻之上／式亭三馬／小学館日本古典文学全集）</p>
<p>　飛帛とは掠れ書き、そういう表現を専らとする書法のことで、つまり浮世床の看板は、掠れなくてもいいところに無理に飛帛を付て表現を誇張したやりかただと揶揄されています。これは前に申しました、私の『町まちの文字』という本の中に入れたものです。しかし「無理な所に飛帛を付て・・・」などというわりには、この時取材した文字たちは、いまにして思うに、どれも、古さとか、書道の持つ古典的な雰囲気をかりて、その店の由緒ある歴史とか品格を演出しようとする、至って素直なものでした。もちろん今でも屋号を筆書きにしている店の多くは、そうしたものが大半です。ですから基本的にはこの町まちの文字探索の旅自体がすでにレトロという感を免れないものですが、その時の私の心の中には、この激しく移り変わる文明社会にあって、人々の心の奥深くに潜んでいて、当の本人さえも忘れ去ってしまっているようなセンスの一つとして、古い感覚の文字を訪ねて、そこに込められた前近代の心性の身振り、とでもいうものを、すべて新しさこそが美徳という現代社会に差し出してみよう、といったような気分があったのです。</p>
<div style="float: right; margin: 8px 0px 5px 10px; padding: 4px; width:210px; background-color:#333333;"><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="南無妙法蓮華経" src="http://www.cafe-nous.com/font/2008/04/24/fo03_03.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-none" style="" /></span><br><span class="cap2">「南無妙法蓮華経」：栃木県宇都宮市にて。文字の身振りが他の種字よりは鋭く直線的に見えるが・・・。</span></div><p>　それでも今回ここで取り上げる文字のように、レトロこそ最新感覚、という視点は無かったし、またそういう看板や文字も、私には見えなかったのです。そのことに私は、４０年にわたるこの文字の旅の、歴史的な変化を読み取る思いです。</p>

<p>　しかしこういう書体というのは何も今に始まったことではなく、超現実を旨とする神社仏閣の扁額の類いにも無いわけではありません。その道で、何といっても有名なのは空海の雑体書ですが、そんな大変なものでなくても、それに類したものは、ちょっとその辺を歩けばすぐに出会います。いちばんポピュラーなものは、日蓮宗のお題目「南無妙法蓮華経」のあのひげ文字です。筆遣いは起筆から強さが走り、確りと止めていますが、そのスピード感だけでなく、一方で筆は思いっきりたゆたって、宙に漂い出しています。また「華」という字の中身はくるっと渦巻きを作ってさえいます。</p>

<div style="float: left; margin: 8px 15px 5px 0px; padding: 4px; width:280px; background-color:#333333;"><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="長谷寺" src="http://www.cafe-nous.com/font/2008/04/24/fo03_04.jpg" width="280" height="210" class="mt-image-none" style="" /></span><br><span class="cap2">「長谷寺」：長野県長野市篠ノ井にて</span></div><p>　次の長谷寺（はせでら）はいかがでしょうか。これは長野県長野市篠ノ井地区で出会ったものですが、この寺は信州１８番札所です。大きな屋根をしっかりと支えている字様の身振りが、派手な緑色と枠の金彩と映えて見事です。谷という文字の頭が鳥が向き合った形をしています。これは八幡様の八の字などによく見られるものです。寺の字の下の「寸」の終筆が渦を巻いて、何事か不思議を呼び込むような勢いです。</p>
<div style="float: right; margin: 8px 0px 5px 10px; padding: 4px; width:210px; background-color:#333333;"><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="梵字" src="http://www.cafe-nous.com/font/2008/04/24/fo03_02.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-none" style="" /></span><br><span class="cap2">「梵字」：青森県深浦で出会った円覚寺に掲げられた真言の文字は、この寺の本尊である十一面観世音の種字。この文字自体がこの本尊仏の象徴になっていて、その身振りがこの宇宙に遍く染渡るようだ。</span></div><p>　しかし、これは筆勢とか、飛帛とかいった気合いで見せるのではなく、一種の図案的なものがあります。筆の勢いではなく、図案的な形で見せようという意図がみられます。つまり先の「南無妙法蓮華経」のあのひげ文字もそうですが、長谷寺という文字そのものが、単なる意味を伝えるものではない、聖なる象（かたち）として、人々の礼拝の対象となっています。その一つ一つが仏の象徴となっている梵字の種字も同じことで、この長谷寺は真言宗ということですから、寺域全体がすでに他の顕教とはひと味違う、神秘感が漂っているのです。山号は金峰山。わが愛する孫悟空でもひょっこり現れてきそうな、何となくそんな嬉しい予感さえします。しかし悟空が生まれたのは花果山の石から生まれたのですが、悟空は西遊記では「金公」と呼ばれて金と火の性質を備えた聖獣です。まあ、単なる連想にすぎないのですが・・・。（この項続く）</p>]]>
        
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    <title>表札鑑賞の楽しみ</title>
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    <published>2007-08-23T09:10:36Z</published>
    <updated>2008-04-24T09:19:08Z</updated>

    <summary>—　表札鑑賞の楽しみ　— 　町を散歩する楽しみの一つに、家々の表札に思わぬ美しい...</summary>
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        <![CDATA[<div class="sub2">—　表札鑑賞の楽しみ　—</div>
<div style="float: left; margin: 8px 15px 5px 0px; padding: 4px; width:210px; background-color:#333333;"><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="fo02_01.jpg" src="http://www.cafe-nous.com/font/2008/04/24/fo02_01.jpg" width="210" height="158" class="mt-image-none" style="" /></span><br><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="fo02_02.jpg" src="http://www.cafe-nous.com/font/2008/04/24/fo02_02.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-none" style="" /></span></div><p>　町を散歩する楽しみの一つに、家々の表札に思わぬ美しい文字に出会うという楽しみがあります。私の東京の住居は、新宿区のちょうど神楽坂の近くにあるものですから、この古くから栄えた花街は、何かの用のついでにとか、食事やお茶をしたり、あるいは散歩の足を伸ばすとか、かなり足しげくふらふらと歩きます。この辺にはまだ古い家もかなり残っているし、大通りは別としても、一歩裏道に入ると小粋な料亭や小料理屋、呑み屋が立ち並んでいます。そういう店では看板も大仰なものではなく、やはり小粋なしっとりとしたものが多く、そういう店店に交じって一角曲がると「新内横町」などと、飄然とした文字が息づいているのに出会います。新内節教室の、看板というにはあまりにもささやかな看板です。そこをもう一つ曲がると「鶴賀／高橋」と洒脱な文字の表札。鶴賀といえば新内の流派で、これはその太夫さんのお宅でしょうが特に｢賀」の下の貝の下のちょんちょんを極端に長くとって、何かがふっと抜けて通るような字様です。こういう表札に出会うと、全く嬉しくなってしまいます。</p>
<div style="float: right; margin: 8px 0px 5px 10px; padding: 4px; width:210px; background-color:#333333;"><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="fo02_03.jpg" src="http://www.cafe-nous.com/font/2008/04/24/fo02_03.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-none" style="" /></span></div><p>　江戸時代三味線の音を「淫声」と云った、と伝えるのは江戸学者の田中優子氏ですが（『<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4309473385?ie=UTF8&tag=cafeface-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4309473385">江戸の音</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=cafeface-22&l=as2&o=9&a=4309473385" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />』河出書房新社刊）、この新内節こそ正にその淫声の極み、と云えるのではないかと、これは私の独断ですが、そう思います。この神楽坂の細い、水を打った路地を、連れ弾きを伴った新内語りの二人連れが、三味線をつま弾きながら流して歩く、そんな姿を目にしなくなって、もうかなりの時代が過ぎました。しかし、こうしてその芸が脈々と今に受け継がれているのは感激です。次の「新内協会」というのはそうした伝統芸を支えている組織のことでしょう。拭き漆を掛けたようなそれこそ渋い色の塀を背景として、生き生きと息づいています。</p>

<div class="sub2">—　蒲鉾の板　—</div>
<p>　その渋い塀の色を背景にして、表札の素材もこの文字を、文字たらしめている要素の一つかと思われます。表札の大きさは大体縦20cm横9cmほどのものですが、素材は大体が木で、いちい、さわら、さくら、ひば（あすなろ）、えんじゅ、ひのきなどが主なものでしたが、その他に陶器や銅、中には名刺をそのまま玄関に画鋲で貼付けたモノもありました。しかしもう一つ、庶民の間では隠れた、しかしかなり一般的な素材がありました。それは蒲鉾の板です。</p>
<p>　その昔、といっても今から40〜50年ぐらい前の事ですが、同じ神楽坂に柳家金語楼というエノケン、古川緑波と並ぶ喜劇役者が住んでいましたが、テレビのまだ無い時代でしたから、その金語楼の漫談をよくラジオで聴いたものです。ヤマシタ・ケッタロー（山下敬太郎）と自分の本名を呼ばわるその体験から編み出した兵隊落語は、子供たちにもなかなかの人気がありました。それとは別に、今でも覚えている表札の場面があります。のっぽで近眼の男性が、友達の引っ越し先を訪ねるというのですが、一軒一軒の表札を、ぐっと顔を近づけて名前を読みながら探し廻るのです。やっと目指す友人の家を探し当てるのですが、近眼氏がぐっと目を近づけたとたんに、「む、なんだこりゃ、魚の匂がするな！」というギャグ。新所帯の蒲鉾の板を利用した真新しい表札だったので、まだ魚の匂いが残っていた、というわけです。何度聴いてもおかしくてみんな笑ったものです。</p>
<p>　そしてこれがおかしいのは、われわれの回りにそれはよくある事、もしかして今笑った自分の家もそうだったからです。始めて所帯を持ったときに、玄関に掲げる表札には誰でも、少なからぬ思い入れがあるものです。たとい蒲鉾の板であっても、かな釘流でも、その家の主が自分で認めたものなどに出会うと、こちらもともに生きているという共感が湧くものです。所番地が初めに書かれているのや、奥さんの名前が小さく寄り添うように書かれていたり、なかなかいいのです。</p>

<div class="sub2">—　方階級？　—</div>
<p>　わたしが生まれたのは、世に云う昭和の世界大恐慌の真っ只中で、その余波はしばらく続いて、大学を出たけれど、所帯を持っても家を一軒借りることが出来なくて、間借りとか寄食に甘んじる人々が随分居たのです。例えば二階を間借りに出すとか、玄関横の四畳半を、とか離れとかを、他人に貸すのです。当時、階級社会とか無産階級といった言葉の流行と同時に、それをもじって「方階級」などというスラングが流行ったのです。つまり手紙の宛名に常に、「誰々方」と書く、そういう身分という事ですが、その家の表札の下に名刺や厚紙に自分の名前を小さく書いて張り出すのです。「方階級」。ついでながらデモクラシーをもじったモトクラシーというのもありました。「灯台下暗し」という意味です。これらはれっきとした新語辞典に掲載されていたのです。</p>

<div class="sub2">—　神様の表札　—</div>
<div style="float: right; margin: 8px 0px 5px 10px; padding: 4px; width:320px; background-color:#333333;"><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="fo02_04.jpg" src="http://www.cafe-nous.com/font/2008/04/24/fo02_04.jpg" width="320" height="197" class="mt-image-none" style="" /></span></div><p>　長野市内にちょっと「変わった表札あり」との知らせを受けて、早速飛んでいきました。「神様の表札」だというのです。神様の表札といえば神社の扁額の類いかと思いきや、なんと普通のいわゆる表札。これは街によく方位方角を観たり、姓名判断、祈祷をするような人がいるものですが、この家もそういったいわゆる易断所、祈祷所というものでした。私が来意を告げていろいろとお尋ねしましたが、全部で8枚の札が並んでいる右端は住所、次が神様の本名、次の三枚目は家族、次からはその時時の自分の運命を自分で占って、つまり姓名判断によって改名していったものです。真木田晃義、晃という字は日＋光で何となく太陽神をイメージしているような感じですが、これはよほど気に入っているようで、次からは姓の方は色々に変えるのですが、この晃義だけはずっとこれで通しています。右から5枚目の文字は棚田と読めるのですが、不思議なことに木へんではなくのぎへんです。それも文字の画数を合わせるための方便によるのだそうです。姓名判断ではよくそういうことが行われていたようで、例えば、本来は点が無い文字でも、縁起の良い画数に合わせるためにわざわざ点を一つ付けておく、といったようにです。</p>
<p>　そして次のは、いかなるご託宣によるものか、突然画数を減らして本田に。そして一番左の二枚は、いよいよ神様らしくなってきて、なんと天國（てんくにではない）そしてさらに天神、と、つまり自分自身が天の神様になってしまったのです。この二枚の天の文字の第一画の横画の長さが違うことにも、おそらく運命的な拘りがあるのでしょう。</p>
<p>　私が訪ねたとき、神様は確か70代前半といった感じでしたから、この表札の左右では30年ほどの年月が経っているように思います。</p>

<div class="sub2">—　フォント文字の表札　—</div>
<p>　ところがこのごろ、この表札の事情にかなりの変化が起こって、その楽しみも少なからず減少させるものがあります。というのは、このごろの住宅事情が非常に向上したためか、或は建築の素材が多様になったために、この表札がどの家のものも立派になった、なり過ぎた事です。例えば材質も大理石とか、何かその他の美しい縞目をもった石の板に、大方は陰刻で、非個性的な楷書、中にはコンピュータのフォントをそのまま使ったのではないかと思われるようなものも見られる始末です。これは例えば建て売り住宅や、建築会社のデザインモデルの中に、表札のサービスとして最初から組み込まれている、と聞いたことがありますが、ありそうなことです。立派になったのはいいのですが、そのようにどの表札も画一化されたものになっていることです。ちなみにデパートやネットの表札揮毫では実にさまざまのデザインの表札が並べられていて、しかしどれも同じような顔をして並んでいます。中には書道の個性的な文字の見本まで用意されているのですが、それがまた、同じものが何処にでも並んで売られている、といった始末です。その家に住む人の個性とか人となり、もしかして人生を感じさせるようなものがなくなりました。それでは楽しみはありません。</p>
<p>　そのお陰で表札が真っ黒に古びてしまって、肝心の文字が読めなくなって、郵便屋さんを手こずらせるようなことも、これならば無さそうです。同じようなことですが、やはり古びた表札で、表札本体は風雨にさらされてそげ落ちるように痩せてしまっているのに、文字が墨で確りと書かれているために、文字の形そのままに、そこだけが腐食せずに盛り上がっている、そういう表札を見るというのも、また感動的です。書道の事を一名「入木道」といいますが、なんでも板に書かれた空海の文字が、かなりの深さまで深々と染通っ出ていた、という故事からそう呼ばれることになったのですが、そのままの出来事です。そんな表札に出会うと、自然と闘う強い意志のようなものを感じて、多いに共感するのです。</p>
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    <title>夏暖簾と初鰹</title>
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    <published>2007-06-06T09:12:36Z</published>
    <updated>2008-04-16T09:35:52Z</updated>

    <summary> —　プロローグ　— 　私は画家ですが、写真家でもあります。といっても極めて特殊...</summary>
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        <![CDATA[<p></p>

<div class="sub2">—　プロローグ　—</div>
　私は画家ですが、写真家でもあります。といっても極めて特殊なもので、それは商店の看板とか暖簾、或は寺社の扁額とか石標といった、いわば書道という芸術からこぼれ落ちた書ー文字、とでもいえるものを、町からまちを訪ね歩いては撮って歩く、といった写真家です。画業とともにそんな仕事を、もうかれこれ４０年も続けてきました。そしてそれは、既に２０年前に「町まちの文字」と「祈りの文字」という二冊の写真集にさえなりました。しかし世の中にはそういった文字は無数にあり、また年々変化してゆく、芸術の書と違って、いわば消耗的な面もありますので、それで終わりというわけにはいかずに、その以後もずっと続いていて、画業と並んでもう一つのライフワークとなっています。

<p>　これから月一回ほどで、そんな“文字への旅”の中から面白いものをご紹介致しましょう。</p>

<div class="sub2">—　夏暖簾と初鰹　—</div>
<div style="float: left; margin: 8px 15px 5px 0px; padding: 4px; width:210px; background-color:#333333;"><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="fo01_01.jpg" src="http://www.cafe-nous.com/font/2008/04/16/fo01_01.jpg" width="210" height="158" class="mt-image-none" style="" /></span><br /><span class="cap2">★1 「三州屋」：三州屋は飯田橋の交差点に架かる横断陸橋の下の路地をちょっと入ったところの呑み屋で、元々は紺染めに白抜きです。</span></div>　５月〜６月は世に云う「更衣」の季節。行きつけの呑み屋もそろそろ夏暖簾に代わって、そんなこざっぱりとした感触を、手の甲で分けながら潜る味わいは何とも云えないものです。

<p>　草体で軽やかに書かれた「三州屋」<span style="vertical-align: super; font-size: 11px;">★1</span>の特に州の字。起筆をいちいちストンと落とさないで、全体のリズムの中で生み出すような線に、まことに好もしいものがあり、人目を引きつけます。三州屋とはもしかして主が三河出身なのかもしれませんが、おそらく同郷の客は故郷でしょう。</p>

<div style="float: right; margin: 8px 0px 5px 10px; padding: 4px; width:210px; background-color:#333333;"><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="fo01_02.jpg" src="http://www.cafe-nous.com/font/2008/04/16/fo01_02.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-none" style="" /></span><br /><span class="cap2">★2 「京八」：京八は永代橋東詰めから茅場町へちょっと寄った角にある小料理屋で、ふだんは柿暖簾で文字は白抜きですが、この夏暖簾の文字は白地に墨です。</span></div>　「京八」<span style="vertical-align: super; font-size: 11px;">★2</span>のほうはそれとは反対に起筆から終筆をしっかりと運び、全体にどっしりとしたものがあります。特に八という字の払いの起筆の形がごつっとして、そこからゆったりと払ってゆく筆遣いに好もしいものがあるうえに、八字の中心で暖簾が割れていて、風の動きで八の字が異常に割れたりデフォルメされて面白い効果を出していて、思わず見とれてしまいます。

<p>　暖簾や看板など、どの店でもこの“字様”というものには、何がなしその店の、ポリシーという程ではないにしても、商売をしてゆく上での主人の気っ風のようなものが、巧まずして現れているように思えるのですが、客はその文字に込められた気っ風に魅せられて暖簾を潜ります。</p>

<div style="float: left; margin: 8px 15px 5px 0px; padding: 4px; width:210px; background-color:#333333;"><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="fo01_03.jpg" src="http://www.cafe-nous.com/font/2008/04/16/fo01_03.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-none" style="" /></span><br /><span class="cap2">★3 「鰹塚」</span><br>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="fo01_04.jpg" src="http://www.cafe-nous.com/font/2008/04/16/fo01_04.jpg" width="210" height="158" class="mt-image-none" style="" /></span><br /><span class="cap2">★4 東京・築地の「鰹節問屋の暖簾」</span></div>　そして初鰹。東京は佃島の住吉神社の境内で「鰹塚」<span style="vertical-align: super; font-size: 11px;">★3</span>という巨大な石標に出会いました。２メートルは優に超そうという大きなもので、雄渾な文字が深々と刻まれて、見るものの胸を圧します。

<p>　しかし字様はその割にはどこか厳めしくないのは、解説によると、もともとこれが此の島の回船問屋衆の建立になる、という、つまり政治とか権力をダイレクトに表徴するものではないためかもしれません。</p>

<p>　そのせいか、例えば偏の「魚」ひとつにしてもその運筆が、どことなく軟らかく、下の烈火なども四っつではなく三っ点に省略<span style="vertical-align: super; font-size: 11px;">★4</span>するなど、それは間々あることですが、それが例の魚河岸のロゴ程ではないにしても、ふとそれを思わせる定型的なところがあったりするのです。</p>

<div style="float: right; margin: 8px 0px 5px 10px; padding: 4px; width:210px; background-color:#333333;"><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="fo01_05.jpg" src="http://www.cafe-nous.com/font/2008/04/16/fo01_05.jpg" width="210" height="267" class="mt-image-none" style="" /></span><br /><span class="cap2">★5 魚がしと書かれている「賽銭箱」：日本橋一石橋近くの神社の賽銭箱にこんな金ぴかのロゴが。</span></div>　ついでながら魚河岸のロゴ<span style="vertical-align: super; font-size: 11px;">★5</span>ですが、よく見ると筆の掠れの表現が７筋、５筋、３筋と、つまりすべて七、五、三と、縁起のいい奇数に書き分けられて、極端に様式化された身振りになっています。これは何も魚河岸のロゴばかりでなく、商家のロゴでも近代的なモダンなデパートの例えば「三越」とかの商標にさえにも見られることです。

<p>　先述の「京八」の文字もよく見ると、これも払いや撥ねの筆のバラケや掠れを全て奇数の３筋にしています。</p>

<p>　先の鰹碑のある住吉神社には他に写楽の碑や江戸川柳の水谷緑亭の碑があります。初鰹と云えば緑亭とは関係ありませんが、こんな句があります。</p>

<div style=" color: #8b4513; font-size: 15px; padding: 20px 0px 20px 20px;">二代目の　伊勢屋　近江屋　初鰹</div>

<p>　これは二代目ともなると創業者の苦労を忘れて、すでに初鰹に代表される贅沢を始めた、というものです。神奈川沖から八丁櫓で飛ばして運ばれてくる初鰹。そのうちの何本かは決まって殿様に、もう一本は有名な歌舞伎俳優が、次に料理で名高い八百善、そしてこうした大店が引き取るのだそうですから、高価なこと間違いありません。</p>

<div style=" color: #8b4513; font-size: 15px; padding: 20px 0px 20px 20px;">爪で火を　灯す後から　倅　消し</div>

<p>　などといったようなことが起こって、創業者が折角汗水流して残そうとして身上ですが、そばから道楽息子がそれを水の泡にして、創業者は苦労の上塗りを強いられることになります。それがついに</p>

<div style=" color: #8b4513; font-size: 15px; padding: 20px 0px 20px 20px;">売り家と　唐様で書く　三代目</div>

<p>　といった仕儀に成り果てて、ここで我が「文字探索」の領分に入ってくるのですが、三代目当主ともなると、たとえ没落しても自分の文化的ステータスとしての、せめてもの「唐様」という書法へのこだわりの有様をこの川柳は、まことにシニカルな笑いを以て描いています。ここで云う「唐様」というのは｢和様」に対するもので、この時期、明末清初、亡命ないしは旅行で長崎へ訪れる中国文人たちの書のスタイルが、その時代の日本の「唐様」という書の流行を創りだしたと云われています。<br />
　<br />
<div style=" color: #8b4513; font-size: 15px; padding: 20px 0px 20px 20px;">詩は詩仏　書は鵬斎で　狂歌俺　芸者小勝で　料理八百善</div></p>

<div style="float: right; margin: 8px 0px 5px 10px; padding: 4px; width:210px; background-color:#333333;"><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="fo01_06.jpg" src="http://www.cafe-nous.com/font/2008/04/16/fo01_06.jpg" width="210" height="320" class="mt-image-none" style="" /></span><br /><span class="cap2">★6 鵬斎の楷書「戊辰臘八大雪賣酒」部分：書道全集より</span><br><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="fo01_07.jpg" src="http://www.cafe-nous.com/font/2008/04/16/fo01_07.jpg" width="210" height="287" class="mt-image-none" style="" /></span><br /><span class="cap2">★7 鵬斎の草書（部分）：平凡社書道全集より</span></div>　これは狂歌師太田蜀山人の作です。確かに亀田鵬斎は時のスター書家ですが、その書法は今述べた明代の文人の影響を強く受けたような、文人趣味をにおわせる楷書<span style="vertical-align: super; font-size: 11px;">★6</span>もなかなかいいのですが、一方で晩年には、唐の懐素を学んだり、それをベースとして良寛の書に心酔したりして、楷書とは対照的に少なからずアブストラクト。躍るような草体<span style="vertical-align: super; font-size: 11px;">★7</span>を特徴とし、特に懐素も鵬斎も酔狂の書人といわれ、常に酔余のうちに書をモノした、と云われています。どちらも容易くは判読しがたいものですが、江戸人の気質を満足させるところがあったのでしょう。そういう時代の文化圏での三代目の「唐様」です。

<p>　ついでながら「詩仏」とは大窪詩仏、この人の書も詩人の文字らしく剛胆なものがありなかなかいいのです。「狂歌おれ」のおれとは俺、此の歌の作者太田蜀山人＝大田南畝。「小勝（こかつ）」とはあの「おせん泣かすな　馬肥やせ」とともに有名な「ダンナハイケナイ　ワタシハテキズ」の電文の主、日本橋芸者の小勝？ しかし活躍した年代がちょっとずれるように思えるので別の小勝かもしれません。</p>

<p>　「八百善」は江戸は浅草三谷にあった、当時の文化人のサロンであった高級料亭です。此の手のサロンは時に、例えば今で云う「アリ研」のような会とか、書画の展示会なども行っていたようですから、ときには鵬斎の書の展覧会も当然開かれたでしょうし、或は川柳の云う三代目の書の先生などもここで発表会をしたかもしれません。そのおりには、店の商売をよそに出入りしてはいささかのパトロネージもしていた、というのもあながち空想とばかリは云えないようです。</p>

<p>　私たちがまだ子供だった昭和の初め頃、不動産屋などという便利なものが無かった時代には、どこの街にもこの文字、つまり『売り家』とか『貸家』と書いた半紙大の貼り札をよく見かけたものです。これは決まって斜めに貼ってあるのが習いで、だからこの唐様、ミミズののたくったような字では、いくら唐様を気取っても誰も読めないかもしれない、と、筆を持ちながらも当の三代目の心をふとそんな心配が過ったかもしれません。でも斜めに貼りさえすればいいわけだから、と、思い直して一気に書き上げたことでしょう。今で云えばビルの前に「テナント募集」などとワープロの文字で貼られるところです。</p>

<div style="float: left; margin: 8px 15px 5px 0px; padding: 4px; width:210px; background-color:#333333;"><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="fo01_08.jpg" src="http://www.cafe-nous.com/font/2008/04/16/fo01_08.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-none" style="" /></span><br /><span class="cap2">★8 「住吉神社」</span></div>　住吉神社にはもう一つの見るべき文字があります。それは鳥居に掲げられた珍しい陶板の扁額に染め付けで書かれているの文字です<span style="vertical-align: super; font-size: 11px;">★8</span>。住吉神社というと、私などにはどうしても夏の神社という感じがあります。多分祭りが八月にあって、それが水を掛け合いながらの勇壮な神輿渡御があるからなのかもしれません。その夏の社にはぴったりの清々しい扁額です。

<p>　此の文字の書家は脇にあるように、一品幟仁親王。これは明治の皇族、一品つまり皇族の第一位で即ち一の宮、有栖川宮幟仁（たかひと）親王のことで、書道の方では代々伝わる有栖川流という書法を大成させたことでその名前があります。此の他に広島の厳島神社の大鳥居の扁額の染筆もしています。此の流派の書法は、先年亡くなられた高松宮妃喜久子殿下に伝わっているということを最近知りました。私はよく殿下のサインに接する機会がありましたが「き<span style="vertical-align: super; font-size: 11px;">※</span>久子」と書かれる字様が、殿下の出自が徳川の御姫様ということもあって、てっきり御家流と思い込んでいたのですが、それは全体にぼってりとした行書のそういう字様なのです（<span style="vertical-align: super; font-size: 11px;">※</span>「き」の字は、漢数字の「七」を「品」の字のように3つ組み合わせた「喜」の草書体）。</p>

<p>　さて此の扁額の文字ですが、今も云ったように、社号の文字が陶板に呉須の青い釉薬で書かれています。親王の生年が1812年、没年が1886年、明治17年ということですから此の扁額は、その４年前の74歳の、最晩年の染筆ということになります。</p>

<p>　起筆終筆が極端に誇張された感があります。陶板には私も幾つか書いた経験がありますが、慣れないととても書き難いものです。普通の書道の筆ではなく、釉薬専用のダミフデという少し太めの軟らかい、穂先の長めの筆で書くわけですが、そうだとすればなおさらです。いずれにしてもたっぷりと釉薬を含むことの出来るような筆を、呉須の容器にどっぷりと浸して、なるべくたくさん含ませて書くわけです。それは一画ごとにくたんくたんとして、なかなか上手く線が引けません。その上に書く傍から素焼きか更に本焼きをした陶板が、釉薬の水気をすうっと吸い取ってしまって、次の画へと繋げる運筆のリズムを取り難いものです。</p>

<div style="float: right; margin: 8px 0px 5px 10px; padding: 4px; width:210px; background-color:#333333;"><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="fo01_09.jpg" src="http://www.cafe-nous.com/font/2008/04/16/fo01_09.jpg" width="210" height="280" class="mt-image-none" style="" /></span><br /><span class="cap2">★9 「住吉神社」：文字部分拡大</span></div>　中心の「住吉神社」<span style="vertical-align: super; font-size: 11px;">★9</span>という社号の文字などは、かなりたっぷりと釉薬を含ませて、それぞれの画の起筆、終筆をしっかりと押さえて、鳥居という高所にあって、神威を伝える文字に相応しく、かなり誇張して書かれています。

<p>　全体として、始めの「住」がいちばん大きく大小、大小とリズムを取りながらしっくりと納めているのですが、画と画を繋ぐ筆の運びが「住」の旁りや「神社」の示へんに、筆者の呼吸づかいが聞こえてくるようで、此の文字を生きたものにしています。</p>

<p>　それから両脇に書かれた年号と署名では、釉薬を少し薄めて書いているために、青の色がかなり明るく出ており、運筆の様もかなりリズミカルに滑らかです。そして、神社の扁額ということと、陶板という特殊な支持体に書くために起こった、力の誇張ということが、この流派の書法のいわば「骨」を、より明らかに見せているように思うのです。</p>

<p>　額縁に当たる部分の雲紋はもちろん専門の絵付け師のものでしょう。それにもう一つ、此の扁額全体を覆っている、保護のための美しい金網も見モノの一つです。それもよく見ると、中央の陶板の部分の金網は七宝紋に、回りの額縁の部分は麻の葉紋にと編み分けられていて、なかなか芸が細かく、凝った造りを見せています。</p>]]>
        
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