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    <title>カンガエドコロ</title>
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    <title>アリ研第10回御殿場合宿の報告</title>
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    <published>2010-03-11T10:37:11Z</published>
    <updated>2010-05-03T08:13:39Z</updated>

    <summary>3月5、6，7日、アリストテレスと現代研究会（通称アリ研）の合宿が御殿場で行われ...</summary>
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        <category term="アリ研合宿" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.cafe-nous.com/kan/">
        <![CDATA[<p>3月5、6，7日、アリストテレスと現代研究会（通称アリ研）の合宿が御殿場で行われた。第10回目にあたり、参加者もちょうど10名。この哲学の勉強会合宿は半年に1回開かれる。スタートから数えると、アリ研に早くも5年が経過したことになる。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="100311-2.jpg" src="http://www.cafe-nous.com/letters/images/100311-2.jpg" width="340" height="255" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span>勉強会はアリストテレスの主著のひとつ『政治学』を参加者が輪読し、段落ごとに座長の荒木勝先生がコメンタリーを加えながら読解していく講義スタイルで行われるが、そこに参加者が質問や感想をはさみ、ときにボケとツッコミの間合いで、アリストテレスの思考を「現代」と照らし合わせていく。今回の講義も、いつもながらに刺激的でスリリングであった。<br />
アリストテレスという名前は知られてはいても、日本ではほとんどきちんと読まれてこなかったこの2300年も前の哲学者の、広範かつディープな思想のスゴサにその都度驚き、その射程が更新され、先へ先へ、奥へ奥へと伸びていく。そしてまた、出身地や世代や職場の異なる私たち参加者それぞれの、現代社会にたいする見方が広がり、一旦カオス化しながらそこにシグナルを探り当てるかのように、一見掛け離れた事象がつながり、深まっていく（ような気がする）。</p>

<p>今回の合宿では『政治学』の4巻の終わりまで読解が進んだ。<br />
次回からは7巻に移り、『政治学』を最後の8巻に向けて読み継ぎながら、いよいよアリストテレス哲学の根幹に位置するとされる『形而上学』を徐々に繙いていくことになる。<br />
次の5年、10年でどこまですすむことができるか。このせっかちな市場主義の世の中で、目立たぬながらもじつに遠大で途方もなく大それた企図である。<br />
ちなみに荒木勝の翻訳・注釈による『政治学』全巻が、この夏ころ発刊される予定。<br />
荒木教授によれば死ぬまでに（？）『形而上学』を完成させたいとのことである。</p>

<p>アリストテレスのテキストとは別に、「現代を読む」うえでの今回の課題図書は内田樹の『<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4106103362?ie=UTF8&tag=cafeface-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4106103362">日本辺境論</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=cafeface-22&l=as2&o=9&a=4106103362" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />』であった。私は前から内田氏の本やブログのファンであり、物事の考え方や関心の向き方、嗜好に似ている部分があることをよく感じる。年齢も近いし、「フランス文学」出身だし、映画や音楽など同じ文化体験をしていたようだし（80年代の同じ時期、ともに世田谷区の尾山台に住んでいたことがあるのを最近知った）。昨年秋、たまたま担当した彼の講演をまとめる仕事でその姿を見かけ、一言だけ挨拶をかわしたことがあるが、これもたまたま本屋で見かけ読みはじめたばかりの最新刊『<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4062159546?ie=UTF8&tag=cafeface-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4062159546">現代霊性論</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=cafeface-22&l=as2&o=9&a=4062159546" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />』（釈徹宗との対談）を合宿に持参した。荒木先生は鈴木大拙全集の『<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4003332318?ie=UTF8&tag=cafeface-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4003332318">日本的霊性</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=cafeface-22&l=as2&o=9&a=4003332318" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />』が収録されている巻を持ってきていて、そこになにかがシンクロしたような、「霊性」が機能したような気がしたが、そんな気がしただけであろうか。まあ、この場合、「気」がはたらいた気がすればそれでよいわけなのだが。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="100311.jpg" src="http://www.cafe-nous.com/letters/images/100311.jpg" width="340" height="255" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></span>参加者のひとりに美術史の先生がいて、勉強会の一コマに、ジャポニスム----フランス印象派やフォービスムにおける日本美術の影響をめぐる講義があり、恒例となりつつあるこのN教授の美術史講義も、合宿の大きな愉しみのひとつになってきている。<br />
今回のこのテーマは、プログラムに予定されていた<a href="http://www.polamuseum.or.jp/">ポーラ美術館</a>の作品観賞に合わせたもので、講義のあと2台のクルマに分乗して箱根まで出かけた。<br />
途中、あいにくの雨と霧で富士を拝むことはできなかったが、美術館周辺の葉のない樹木が水墨画のように幽遠に霞み、どこかスピリチュアルといってもよい風合を漂わせていた。<br />
宿の研修所へは、近くの温泉の白濁した湯にみなでつかり身体を浄め（？）暖めてから戻った。この温泉巡りも、アリ研合宿では恒例のこととなっている。</p>

<p>なお、この合宿の最中、宿で参加者と懇談しているときに私のケイタイが鳴った。<br />
私の耳に聴こえてきたのは、写真家で友人の小林洋治さんが亡くなったことを報せる、奥さまからの声だった。偶然にも、私と小林さんが携わったある仕事の話題が出ていたときのことである。<br />
そのこともここに記し、記憶にとどめておきたい。<br />
私は7日の夕方東京に帰り、翌8日の告別式に参列することができた。</p>

<p>私はこのところ、たまたま目の具合が悪く、合宿の間中ずっと半眼状態の涙目であった。<br />
講義の合間には愉快な雑談が飛び交い、アリストテレスの「笑い」や落語、吉本漫才の話題も出て、そのときはじっさい涙が出るほど大いに笑いもした（そういえば、小林さんは落語が好きだった）。<br />
そして、雨の美術館。<br />
目の痛みと笑い、そして悲しみ......。<br />
雨と涙がとめどなく流れた。</p>

<p>＜石井＞</p>]]>
        
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    <title>アリ研第9回合宿報告　（付：松山取材報告）</title>
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    <published>2009-09-01T10:44:19Z</published>
    <updated>2010-05-03T08:14:29Z</updated>

    <summary>長野県・諏訪でアリストテレスと現代研究会（アリ研）の第9回合宿が行われました。諏...</summary>
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        <category term="アリ研合宿" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.cafe-nous.com/kan/">
        <![CDATA[<p>長野県・諏訪でアリストテレスと現代研究会（アリ研）の第9回合宿が行われました。諏訪は2度目の合宿地となります。<br />
あいにく私は仕事で愛媛県・松山への出張と重なり合宿への参加はできませんでしたが、『<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/redirect.html?ie=UTF8&location=http%3A%2F%2Fwww.amazon.co.jp%2Fs%3F_%5Fmk%5Fja%5FJP%3D%2583J%2583%255E%2583J%2583i%26url%3Dsearch-alias%253Dstripbooks%26field-keywords%3D%2590%25AD%258E%25A1%258Aw%2581%2540%2583A%2583%258A%2583X%2583g%2583e%2583%258C%2583X%26x%3D0%26y%3D0&tag=cafeface-22&linkCode=ur2&camp=247&creative=1211">政治学</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=cafeface-22&l=ur2&o=9" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />』の読解やギリシャ美術史の講義、創意あるエクスカーションなど、ひらめきと高揚感に満たされた勉強会になった模様です。例によって、今回幹事を務められたN.I.さん（naohnaohさん）の「週末日記」から引用させていただき、報告の報告といたします。</p>

<p>＊</p>

<p>２８日(金)は、朝から第９回「アリストテレスと現代」研究会の諏訪合宿の準備をしました。午後２時半に全国各地から集まったメンバーが揃いました。二泊三日の合宿研修のカリキュラムは、「政治学」第４巻第１２章の輪読から始まりました。<br />
国家体制いかにあるべきか、というアリストテレス政治学の根幹部分のため、初っぱなから議論が白熱しました。第１２章だけで３時間近くかけて議論しましたが、選挙を控えた時期故に中味の濃い話ができました。</p>

<p>夕刻、皆で山から歩いて下りて、まるみつデパート５階の「和みの湯」で汗を流しました。<br />
その後、いつもお世話になっている割烹「一楽」で懇親会をしました。<br />
生麩のずんだ和え、焼き茄子の大和芋蒸し・うに添え、アサリの酒盗和え・山芋短冊、ズワイガニと菊の花の胡瓜巻きの酢物、滝川豆腐、マグロ赤身・ヒラメ・ヤリイカ・甘エビの刺し身、ホタテしんじょの冬瓜巻き・射抜きゴボウ・煮タコ・オクラの煮物。<br />
いずれも主の腕と熱意が伝わる料理でした。焼きおにぎりの茶漬けを食べてお開きとなりました。<br />
今の季節に毎日打ち上げられる諏訪湖のミニ花火を見て、ホテルに行くメンバーと別れました。<br />
 <br />
諏訪合宿二日目の２９日(土)は、朝８時過ぎからわが家にメンバーが集まり、前日に引き続き「政治学」第４巻第１３章の国家体制のあり方に係る部分の輪読から始めました。Ｏ大学Ａ座長による解釈を受けて、メンバーそれぞれの専門分野、経験からの意見が続出して、おおいに議論が盛り上がりました。<br />
一段落してから、メンバーのＴ大学Ｎさんによるギリシャ美術史の講演がありました。テーマは「アルカイックとクラシック」、ＢＣ５００年頃を境にギリシャ彫刻の表現がどう変わったのかを勉強しました。</p>

<p>午後からは恒例のエクスカーションで霧ヶ峰八島湿原に行き、秋の気配が漂う高原を散策しました。東俣林道を抜けて、御柱の木落とし坂を経て、六峰温泉の熱い湯に入りました。最初は熱さにしりごみしていた仲間も、湯のインパクト、入浴後の爽快感に満足した様子でした。<br />
諏訪の街に戻って６時から居酒屋「ばんや」で懇親会をしました。料理も可愛いお姉さんのサービスもよく、オヤジ一同皆気持ちよく酔っぱらいました。湖岸まで歩いて、花火を見てから解散しました。</p>

<p>３０日(日)は午前中に第１４章の輪読、解釈と全体総括を行いました。来年３月に予定されている次回合宿は、御殿場、浜松を候補地とすることになりました。<br />
メンバーを上諏訪駅に送ってから、もう１日諏訪に滞在するＡ大学Ｍさんと下諏訪みなみ温泉に行き、無人の掛け流し湯でゆったりくつろぎました。岡谷の「浜丑」で背開き、じか焼きの香ばしいうな重を食べ、買い物をして戻りました。<br />
夕方から、Ｍさんと高知「酔鯨」吟寿、地元「御湖鶴」純米吟醸、東京あきる野「しろやま桜」を飲みながら、選挙報道を見て過ごしました。<br />
 <br />
＊</p>]]>
        <![CDATA[<p>ちなみにこの8月28日、29日、私は松山において、アジアにおける「伝統文書（古文書）」の発掘・保存と異文化（多文化）の共存などをテーマとした座談会と親睦会にJOINT誌の編集者として参加しておりました。</p>

<p>たいへんに意義のある奥の深い議論が展開されましたが、なかでも発言者のひとりから、国家や民族を超えて「人類」としての視点から、固有であると同時にすべての人間が共有すべきものとして文化（文明といったほうがよいか？）をとらえていかねばならないという意見が表明され、感銘を受けました。</p>

<p>固有とか伝統という言葉は狭義のナショナリズムに回収されるおそれがあるが、いまはあまり厳密な言葉の定義に拘泥すべきではない。部分と全体、固有と普遍、一と多、大と小のバランスを今後どのようにとっていくかが、私たち現代に生きる人間の、困難ではあるが避けられない道である、と。<br />
アリストテレスの考えかたとも共通性する点を感じ共感しました。</p>

<p>また、以下は蛇足ですが、この論点に近い問題系はアリ研の今回の合宿でも酒を酌み交わしながら議論されたはずです。課題図書のひとつである『逝きし世の面影』（渡辺京二・著 平凡社ライブラリー）のことが、松山の地においても私の脳裏に浮かんでいました。この書は、きわめて優れたエートス論であり、また「外」からの視線をオリエンタリズムとして単純に排除することなく、いかに「内」との思索の往還のなかで己を相対化・普遍化するかという、近代をとらえ直すうえで、見事な知略につらぬかれた本だと思います。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="090901.jpg" src="http://www.cafe-nous.com/letters/images/090901.jpg" width="350" height="263" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></span>このような議論が歴史と文学の地である松山において行われたのも、なんだか粋でおもしろいと思います。諏訪においても恒例の温泉めぐりが行われたようですが、私もちゃんと道後温泉につかってきましたよ（^_^;）。</p>

<p>＜石井＞</p>]]>
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    <title>アリ研第8回合宿（三河）報告</title>
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    <published>2009-03-30T10:45:49Z</published>
    <updated>2010-05-03T08:14:54Z</updated>

    <summary>3月の27日から29日まで、愛知県豊田市で行われたある哲学の勉強会に参加してきま...</summary>
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        <category term="アリ研合宿" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.cafe-nous.com/kan/">
        <![CDATA[<p>3月の27日から29日まで、愛知県豊田市で行われたある哲学の勉強会に参加してきました。「アリストテレスと現代」研究会（通称「アリ研」）といえば本サイトの読者にはすでにおなじみのものかと思われますが（でもないか？）、例によってメンバーのひとりnaohnaohさんの「週末日記」から引用させていただき、簡単なひとつの報告（ログ）とさせてもらいます。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="090401-2.jpg" src="http://www.cafe-nous.com/letters/images/090401-2.jpg" width="320" height="240" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></span>この文には触れられていませんが、年2回の旅としてのこの合宿は、自分にとっても特別なトポスでありアジールだといっていたnaohnaohさんに、大いなる共感の思いとそんな得難い場に参加しうる縁を結んでいただいたことへの私的な感謝の気持ちを、改めて述べておきたいと思います。</p>

<p>＊</p>

<p>２７日(金)は休暇をとって三河で行われる「アリストテレスと現代」研究会の２泊３日の合宿に参加しました。年２回定期的に開催してこれで８回目になります。今回も全国から１０人のメンバーが三河旧下山村の民宿「腰掛山荘」に集まりました。</p>

<p>ガイダンスの後の第１講は、東海大学Ｎ教授によるアテナイのアクロポリス、パルテノン神殿への美の巡礼。<br />
城壁に囲まれたアテナイの門からアゴラ(市民広場)を通ってパルテノン神殿に至る祭礼の行列の目線でＰＰを使った説明を受けました。ポリスとアゴラ、神殿の関係、神殿の神々の関係、神殿のレリーフや構造から推察されるギリシャの生活様式、価値観などについてプレゼンをしていただきました。<br />
３年後に「アリストテレスと美の巡礼」ツァーを実現させたいと、一同盛り上がりました。</p>

<p>夕食はイノシン肉のすき焼きを中心に、アマゴの刺身、コイの甘露煮、とも和え、イノシンの串焼き、タケノコなど山の幸が並びました。<br />
 <br />
２８日(土)は午前中アリストテレス「政治学」第三巻を勉強しました。第五章から第十一章にかけてメンバーで輪読し、座長の岡山大学Ａ教授による解釈、意見交換を行いました。国家体制のあり方、統治の形態について、現在の世界の状況と照らし合わせながら議論を重ねました。</p>

<p>昼前から稲武方面にエクスカーションに出かけ、夏焼温泉の温泉旅館「岡田屋」で一風呂浴びてから昼食をとりました。弱アルカリ泉の加温循環湯でしたが、塩素臭が余りなくゆったりと入ることができました。アマゴの塩焼き、唐揚げ、イノシシ鍋など山の料理を食べました。<br />
飯田街道沿いの稲武の街を歩いてみました。瑞龍寺の樹齢４００年近い枝垂れ桜を見に行きましたが、時期が早く咲いていませんでした。街道を歩くと民家にさまざまなお雛様が飾られていました。塩や絹や木材などの交易で栄えた街並みは、往時のおもかげをわずかにとどめているものの人気のない街でした。せっかくお雛様が飾られているのに、われわれ以外に歩いている人はありませんでした。小さな和菓子屋でこの地方独特の「からすみ」というういろうのような蒸し菓子を買いました。亡くなった父の好物でした。<br />
帰りに足助を通って、徳川家康ゆかりの松平郷に行きました。松平東照宮にお詣りした後、徳川家康の産湯の井戸に立ち寄ってみました。苔むした石造りの井戸には葵のご紋が掲げられていました。<br />
徳川家菩提寺の高月院にお詣りし、全員本堂に上がり法然上人の「一枚起請文」、御歌「月影」、般若心経を唱えました。浄土宗の高校出身者４名を中心に唱和しました。</p>

<p>「政治学」の夕講を行った後、ヘボ(クロスズメバチ)の子煮付け、アマゴの塩焼きなど郷土色豊かな料理を楽しみながら、今後の会運営について意見交換しました。</p>

<p>２９日(日)は、１０時まで「政治学」のまとめの講義を受けてから解散しました。次回は９月に諏訪で開催することになりました。</p>

<p>＜石井＞</p>]]>
        
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    <title>『ベトナム戦記』（開高健／朝日文庫）を読んで</title>
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    <published>2008-10-14T02:10:00Z</published>
    <updated>2010-05-01T09:10:26Z</updated>

    <summary>久し振りに本の話しをします、、、 昨年初めてベトナムを訪れたのと、このところそこ...</summary>
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        <category term="庵頓亭読書日記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p>久し振りに本の話しをします、、、</p>

<p>昨年初めてベトナムを訪れたのと、このところそこからの研修生を続けて受け入れているので、標記の”古典的”著作を読んでみることにしました、、、<br />
＜その昔連載されていた週刊誌上では読んだ筈ですが、単行本では未読で　なんと40年以上経ってからの再読です。したがって全く内容は忘れていました。＞</p>

<p>〈1〉1964年末から1965年始めにかけての約100日間のベトナム戦争取材の為の滞在においてルポとして書かれたもので、著者はまだ34歳の若さです。</p>

<p>〈2〉本書で名前が出て来る日本人ジャーナリストは岡村昭彦、秋元啓一(カメラマン)、日野啓三の諸氏で著者も含めて、皆さんもうすでに全員が鬼籍に入られているようです。<br />
＜例の本多勝一氏は、その後当地でご活躍された?ようで、同じ朝日なのに全く触れられていません。＞</p>

<p>〈3〉やはり秋元氏の写真が、何物にも勝って雄弁に当時の彼の地の現実を今に伝えてくれますが、開高先生もやはり若々しい姿を惜し気もなく晒しています。</p>

<p>〈4〉全編の叙述は、小説家の戦争ルポとしては、真っ当で標準的なものですが、戦時下サイゴンの日常、ベトコンの銃殺刑、仏教のデモ、等に続いて　政府軍部隊の前線作戦への同行取材の部分が一つの山となっています。</p>

<p>〈5〉さすがに、開高先生の見る目は的確で　その後の動向をある程度見抜いて　かなりペシミスティックにズバリ書いています。<br />
＜しかし、ここでも善良なアメリカ兵が活躍すればするほどアメリカ自体が嫌われることが、何も学習されず　その後も遂に「9/11」やイラク派兵まで続いていることに、唯々　暗澹たる思いにさせられます。＞</p>

<p>〈6〉どうも開高先生はガーネット訳のチェーホフ短編集を持参していったようで、私としては「*?#@」と、思わず考え込んでしまいました。</p>

<p>ではこの辺で、、、</p>

<p>庵頓亭主人</p>]]>
        
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    <title>アリ研合宿ギャグ風報告、なのだ</title>
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    <published>2008-09-10T10:47:09Z</published>
    <updated>2010-05-01T10:48:19Z</updated>

    <summary>9月5〜7日、東京・青梅でのアリ研（「アリストテレスと現代」研究会）の合宿に参加...</summary>
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        <category term="アリ研合宿" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.cafe-nous.com/kan/">
        <![CDATA[<p>9月5〜7日、東京・青梅でのアリ研（「アリストテレスと現代」研究会）の合宿に参加してきました。</p>

<p>7回目の合宿で、全国から12名の参加者が集まりましたが、回ごとに少しずつ変化があり、それがまた楽しく、勉強になります。<br />
ついつい変わらぬものと変わるもの、なにが変わらずなにが変わるのかというようなことを考えますが、変わるからこそ変わらぬものもだんだん透けて見えてくるようにも感じます。<br />
出会いと別れ、そしてまた出会うということ。再び結びあうことのシアワセ。</p>

<p>ところで今回の合宿は、私流に一言でいえば、アリストテレスと赤塚不二夫とのスリリング（？）な出会いの場だったと総括されます（青梅には赤塚不二夫記念館があります）。<br />
青梅という地での、アリストテレスと天才バカボン（のパパ）との、シュールな出会い。<br />
それが美しかったかどうかは別にしろ、この両者の距離こそが思考の運動をもたらしもするかのような？<br />
アリストテレスは「これでいいのだ」と言ったかどうか？</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="080910-2.jpg" src="http://www.cafe-nous.com/letters/images/080910-2.jpg" width="320" height="240" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></span>今回は、あまり写真を撮りませんでしたが、取りあえず一枚だけオヒロメして、簡単なギャグ風報告に代えます（毎度のことながら『政治学』読解を中心とした講義は、広範かつ濃密、また斬新で、とても簡単に要約できません。というか要約をはみでる部分にこそこの合宿の真価も、参加することの特権的意義もあるわけで...）。<br />
被写体は参加メンバーのひとりで、バカ田大学の優等生でもありますが、プライバシーに配慮して顔は隠してあります。どこからか「赤い風船」がとんできた？</p>]]>
        
    </content>
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    <title>アリストテレスへの道（2）</title>
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    <published>2008-07-23T06:51:18Z</published>
    <updated>2010-05-01T09:10:25Z</updated>

    <summary>　さて、前回は、私がポーランドでアリストテレスに出会うさわりの部分で終わっていま...</summary>
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        <![CDATA[<p>　さて、前回は、私がポーランドでアリストテレスに出会うさわりの部分で終わっていました。<br />
　ポーランドの２年間の滞在期間は、私にとって大きな意味をもっていましたが、なかでも、初めて西洋人の生活にある程度接触できたことは最大の収穫であった、と思います。</p>

<p>　ある日、おそらく、８３年の春のある日のことだと思いますが、ワルシャワの日本人学校に通っていた娘が、下校時、妻と息子と一緒に、学校の近くにあった公園（ワルシャワをご存知の方はサスキ公園といういえばご存知でしょう）を散歩していた時、足を滑らして池に落ちるというハップニングがおきました。娘はそのとき、小学１年生、息子は５歳くらいでしたが、落ちたその池はすり鉢状で、娘はどんどん池の中心に引き込まれるように沈んでいったようです。妻はおろおろ、自分は泳げないので、誰か助けてと叫びましたが、その声とほとんど同時に、近くを歩いていた若いポーランドの女性が、自分の赤ちゃんを妻に手渡すと、目にも止まらぬ速さで池に突進し、服をきたまま頭から飛び込み、娘の近くに泳ぎ、彼女を抱えるようにして助けた、ようです。<br />
　そのポーランド女性は何事もなく去ろうとしたので、妻は名前と住所だけを教えてもらいました。</p>

<p>　後日、私は妻とともに、そのポーランド女性のお住まいを探しあて、尋ねていったのですが、当時のポーランドの普通の労働者の家庭が住んでいる、２DKの小さなアパートに彼女は、若い夫とともに住んでいました。部屋にはほとんど家具らしきものはなく、池に飛び込んで汚れた服を新調してほしいと言って幾ばくかかのお金を渡そうとしても、頑として受け取ろうとはしません。私たち夫婦はただただお礼の言葉を述べ、帰宅しましたが、帰路の間、私たちは感動の渦の中にいました。これは一体何だろう、と。</p>

<p>　さらにまた娘に関わる事件ですが、やはり春の一日、ポーランドの田舎の春の祭典で、もっとも有名なウオヴィッチュの祭りに出かけてときのことです。<br />
　ワルシャワ郊外の田舎の町ウオヴィッチュは、民俗衣装で着飾ったポーランドの美少女達が踊る春の祭典で有名で、、普段は数千の町の人口を何倍にも膨れ上がらせ、人々は身動きできない通りを押し合いへし合いで行列のほうへ進んでいきます。<br />
　私たちも４人でその人並みにうずもれていましたが、昼ごろ家内があわてて、娘がどこかにいってしまったというのです。この何万という人波の中にまぎれこんだ、というのです。どうしてもっとしっかり手をもっていなかったのか、という怒声を妻に浴びせながら、それからという数時間、町中を人ごみに押されながら探しまわり、また祭りの主催者、警察にも頼んで探してもらいましたが、夕方になっても不明なままでした。だんだん夕闇がせまり、あせりと疲れでなにか絶望的な感じに囚われていたそのとき、薄暗くなり、人並みが減った通りの中央からポーランドの老夫婦が一人の子どもを連れて、なにか叫びながら近寄ってきたのです。</p>

<p>　その子が私たちの娘でした。この老夫婦は、昼からずーっと娘の親を探して町中を歩きまわていた、というのです。<br />
　あとで、この老夫婦のご自宅まで伺いました。かれらはこの地元のお百姓の方でした。私たちは、お礼を述べましたがその家族からかえって大歓迎され、日本のことやポーランドでの生活やで話が盛り上がり、帰り際に、ポーランド風騎士の帽子や人形をお土産にいただきました。言葉も満足に通じないのに、どうしてこんなに楽しい、幸福感に満ちた時間がすごせたのだろう。</p>

<p>　私はいまでもこのエピソードを思い出すたびに自分が幸せな時間のなかに入っていくような気がします。</p>

<p>　ポーランドでの生活は、複雑な理論で武装された思想とは別の次元に生きている思想の存在を気づかせてくれましたが、それが何なのかまだよくわかっていなかった、と思います。あるとき、それは、トルストイの民話の世界に通じる何ものかではないか、またそれが、エートスにまで転化した思想ではないか、と思うようになりました。（つづく）</p>

<p>荒木</p>]]>
        
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    <title>アリストテレスへの道（1）</title>
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    <published>2008-07-18T07:24:25Z</published>
    <updated>2010-05-01T09:10:25Z</updated>

    <summary>　アリ研のメンバーから、アリストテレスとの出会いについて話してほしいと言われまし...</summary>
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        <![CDATA[<p>　アリ研のメンバーから、アリストテレスとの出会いについて話してほしいと言われました。機会がありましたら、ゆっくりお話したいと思っていますが、今、思いつくままに述べてみます。</p>

<p>　１９８２年から８４年まで、私はポーランドに留学していました。<br />
　８２年という年はポーランドは戒厳令の中、連帯が非合法化され、ヤルゼルスキー将軍が独裁権力を握っている、と報道されていた年でした。</p>

<p>　２年間のポーランド滞在の日々は、私にとって、驚きの連続でした。<br />
　その中でも一番の衝撃は、マルクス、レーニンの思想的権威がポーランドではほとんど感じられなかったことでした。公式にはもちろんマルクス主義、レーニン主義の宣伝、党員の公式の場での発言はありましたが、どれもこれも生気がなく陳腐なもの、本屋には、マルクス、レーニンの全集が山と積まれていましたが、学生がそれを良く読んでいるようには思われませんでした。<br />
　マルクス主義は思想としては死んでいるように思いました。<br />
　それに比べて、カトリック関係の書物にはおおくの学生が魅かれていて、ポーランドのワルシャワ郊外にあるカトリック大学には、毎日むせ返るような学生・教員の熱気あふれる討論の場がありました。</p>

<p>　私は、思想とはなにか、生きた、生活に根ざし思想とはなにかを改めて考え直して見よう、と思いました。日々の生活に生き、子どもたちを教育する場に生き、日々の内省の基準となり、明日を生きる生の励ましになる思想とはなにか、について考えました。マルクスはそのような問題の考察に役に立つのか。<br />
　ポーランドで多くの友人を持つことができましたが、そうした交流がまた私を考えさせました。（つづく）</p>

<p>荒木</p>]]>
        
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    <title>荒木 勝 講演録 「幸福の行方」（9）最終回</title>
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    <published>2008-07-10T01:35:26Z</published>
    <updated>2010-05-01T09:18:10Z</updated>

    <summary> 　どうやら、やっとひとつの結論にたどりつきましたが、これで終わらないのが人生と...</summary>
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        <![CDATA[<p></p>

<p>　どうやら、やっとひとつの結論にたどりつきましたが、これで終わらないのが人生というもの（笑）。<br />
　では、どうやったらその「魂のある種の活動」を行うことができるのか。忘我入神というけれど、「狂」に陥らないための、"正しい"忘我入神の方法をどのようにして見出し、身につけるのかといった未解決の問題が残ります。それはヨーロッパや東洋の長い知的伝統のなかでも議論されつづけている、「狂信」と正しく信じる「正信」という、ふたつの「信」がぶつかるむずかしい問題です。<br />
　さらに、そこにまたアレテーの問題も循環してくる。</p>

<p>　また身近な例をあげてみましょう。たとえば、日本の偉人のひとりに西郷隆盛という人間がいた。西郷という人はたいへんに宗教的な魅力をそなえた人だったらしく、一日西郷に触れると一日おぼれる。二日目はさらにおぼれ心酔し、三日、四日になると心中してもいいと思えるくらい西郷の周りにはオーラが漂っていたといわれています。つまりある面で人を狂わせる不思議なパワーを西郷という人物はもっていたのでしょう。</p>

<p>　そこで、じゃあ西郷は神なのかという問題がでてきます。西郷と神を分けるものはなんなのか。だれでも西郷は人間であって神ではないというと思いますが、それでは人間と神はなにがちがうのか。<br />
　もちろん、私は西郷さんであれどんな偉い人であれ、人間と神はきちんと分けて考えなければならないと思っています。そこにはエンシュージャスムスの観点と、アレテーすなわち知慮の徳の観点の両方の結び付きから幸福の問題を考えていく必要がある、と。</p>

<p>　う〜ん、なかなか終わりませんが、あとはとりあえず各自の人生における「実践」の問題であるということにしておきましょう。じっさい、哲学に自分で考えることなしの「答え」を期待されても困りますし、解にいたるための正しいと思える「考え方」を示すのが哲学の役割です。そして"ともに"考えるということがとても大事なことでしょう。私だって、こうやってお話しながら、みなさんといっしょに考えているのです。考えるということは、しかも言葉で考えるということは、忘我入神じゃないけど（苦笑）、ともに、結び合いのなかで考えるということにほかならないのではないでしょうか。そして、答えがあるとしたら、それは各自の生き方のなかで探っていくしかない。<br />
　「そして、人生はつづく」というわけです。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>　といってもそれでは素っ気ないので、最後に、「実践」ということで捕捉的なことを述べます。</p>

<p>　これまで洋の東西を問わず、数々の「幸福論」が出版されていますが、有名なものではカール・ヒルティの『幸福論』があります。あれなんかを見ても、究極的な幸福とは神を見ることだという結論になりますよね。仏教にも「見神」ならぬ「観仏」という言葉がある。</p>

<p>　しかし、そういう教えだけでは、私たちの人生における、日常のひじょうに細々とした「選択」になかなか結びついてこない。先にもいいましたように、私たちの生活は、日々「あれかこれか」といった細かな選択の積み重ねによって営まれている。だから、思考と行動をよいかたちで結び付ける技量、アレテーという徳を身につけることが、幸福にとって欠かせぬものとして問われてくるのです。しかも、くりかえしますが、目先の戦略的思考だけではダメ。戦略的思考を超えた知慮と、それにつながるアレテーがないところに真の幸福もない。</p>

<p>　話は戻りますが、みなさんは『天国と地獄』を見たことありますか。あるいは本は？　私はアリ研メンバーのSさんから原作本の『キングの身代金』を借りて、それも読みましたけど、あれは『王の贈り物』と題名を訳したほうがいいんじゃないかな〜。著者のエド・マクベインがどういう思いで書いたのかくわしいことはわかりませんが、原題にあるransomという単語には身代金とか賠償のほかに、辞書で確かめたのですが、贖罪とか神からの贈り物という意味もふくまれているんです。</p>

<p>　それからキングというのにも私はひっかかっていまして、king of kings、要するに神を「王」と呼ぶ知的な伝統がヨーロッパにはある。つまりマクベインの真意は別にしても、人間が本当の幸福をつかむには、神もしくは神的なものからの贈与が不可欠なのではないか。そういう問いかけをこの作品から読み解くことができると思うんです。<br />
　黒澤明やTVドラマの製作者たちがどれだけ意識しているかはこれまたわかりませんが、"現実の"会社経営者である社長として、企業を、社員をあずかり、そして子どもをさずかって育てている親として、極限的な状況に追い込まれ選択を迫られたときにしめすひとつの判断が、登場人物たちそれぞれに幸福をもたらすかどうかの分かれ目になる。</p>

<p>　マクベインの原作では札束の代わりに新聞紙をバッグにつめるのだけど、ＴＶや映画ではちゃんと本物のお札をいれて犯人の要求を受け入れようとする。社長にとっては経済的な破滅につながる。しかし、その破滅をひとつの運命として覚悟したとき、社長に「夫婦の愛」が再来する。これはTV版の方で強調して描かれるのですが、黒澤映画では犯罪者側の呵責や恐怖がクローズアップされる。<br />
　それぞれ強調するポイントが少しずつちがうのですが、共通していえるのは幸福とそのための選択、そしてその「報酬」といったことが主要なテーマになっていて、じつにいろいろなことを考えさせられました。多かれ少なかれ、誰もが日々、当人にとってはそれこそ天国か地獄かといった選択を実践的に迫られているわけですからね。</p>

<p>　そこには大きな迷いと悩みがともないます。「人生いかに生きるべきか」という哲学的問いだって否応なしに生じるでしょう。幸福、そして幸福の追求という問題を、正義と知慮と愛が連環したものとして、また神的なものとの関係、あるいは自然からの贈与の問題として考えていかなければならない。その過程抜きに幸福はないし、戦略的思考を超えたプロセスのなかにこそ、幸福がその真の姿を垣間見せてくれるともいえるのです。</p>

<p>　ということで、これで「正義論」「知慮論」、今回の「幸福論」と3回にわたった私のお話の、ひとまずの結びといたします。（おわり）</p>]]>
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    <title>荒木 勝 講演録「幸福の行方」（8）</title>
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    <published>2008-07-08T01:41:04Z</published>
    <updated>2010-05-01T09:18:44Z</updated>

    <summary> 　今回私は、幸福というのは無上の喜びをともなう精神の状態であるということを強調...</summary>
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        <![CDATA[<p></p>

<p>　今回私は、幸福というのは無上の喜びをともなう精神の状態であるということを強調していますが、愛のアレテー＝徳というものこそ幸福の最高の条件であるということを強くいっておきたいのです。つまり喜びは愛を語るさいに欠かせぬものだとか、あるいは愛を補完するものだとかいわれますが、アリストテレスによれば愛という徳こそが、人間の力によって獲得できる幸福のなかで最高のものだといえるのです。愛も知性の一種だとすると、それが人間の知の卓越的な力によって獲得が可能な幸福なのです。</p>

<p>　いわゆる運命、運の偶然のはたらきや転変に耐える知慮の力といってもいい。すなわち、①合理的理性を含んだ知性と理性の結合である知慮、そして②その知慮と結合した宜の徳、愛と正義のアレテーの発揮のなかに幸福があるということ。このことを肝に命じておいてください。</p>

<p>　ここまでのところは、多くの研究者のうちでもだいたい一致したアリストテレス理解だと思います。ただ、この2つのことだけで幸福になるための条件がすべて満たされることになるのでしょうか。私がみなさんに私の理解としてぜひとも述べておきたいのは、幸福にとって3番目の問題です。それは最前からでてきている「神与」ということに関連する事柄です。</p>

<p>●</p>

<p>　知慮によって獲得される幸福、そして愛の力によって行き渡る幸福。しかしそれだけではなくて、幸福にはもうひとつ別の視点から見ることのできる幸福がある。神的なものに出会うことによってもたらされる幸福がそれです。<br />
　先の引用文をもう一度見てみましょう。</p>

<p>　「もし神々の人間への贈り物と考えられるべき何ものかがある、とするならば、幸福（エウダイモーニア）こそ神与のもの（テオスドートン）とするのが至当であり、それは最善のものであるだけに、人間の持つあらゆるもののうち、そのもっともふさわしいものであろう。</p>

<p>　......</p>

<p>　しかし、たとえ幸福が神与のものでなく卓越性（アレテー＝徳）とかなんらかの学習（マセーシス）や訓練（アスケーシス）によって生じるものであるにしても、それはやはりもっとも神的なものに属すると見られる。まことに、卓越性の報償であり目的であるところのものは、なによりも善きもの、したがってまたなんらか神的なもの、至福（マカリオン）のものであると思われる。</p>

<p>　......</p>

<p>　すなわち幸福とは卓越性に即した、魂のある種の活動（エネルゲイア）である」</p>

<p>　この「神的なものに属する幸福」というものをどう考えればよいか、正直いって私にも長い間よくわからなかった。ところがあるとき、『政治学』の最後の第8巻でアリストテレスがひじょうに重要なことをいっていることに気づいたのです。そこにエンシュージャスムス（enthusiasmus）という言葉（ギリシャ語）が出てくる。英語でエンスージアスム（enthusiasm）。日本でも一種の俗語として「エンスー」なんて言い方で使うこともある。</p>]]>
        <![CDATA[<p>　8巻の内容にはここでは立ち入りませんが、要するにこのエンシュージャスムスという言葉がそこに出てきて、はっと思ったのです。<br />
　これは日本語では「熱狂」と訳される。「狂」という文字が含まれているから、そのイメージに引っぱられてなかなか本当の意味が伝わりにくいのですが、この言葉は「狂」ではなくじつは「神」を指しているんです。エンは英語でいうイン（in）、シュージャスムスはもともとアエンテオスからきた言葉で、テオスというのは神ですから、エンシュージャスムスは「神の中にいる」状態を示しているわけです。</p>

<p>　つまり、運によってある状況があたえられ、そのなかで一生懸命努力して正義や知慮や愛を追求したとしましょう。そのときに人間に訪れる状態がエンシュージャスムスだとアリストテレスは述べている。いうなれば忘我入神。「神的なものに属する幸福」とは、そんな状態にあるときの幸福のことなのではないでしょうか。幸福の最中にいるとき、人間は我を忘れている。我を忘れる、自己を超える、神の中に入る、それらは少なくとも、幸福な状態としては同じ状態であると思います。</p>

<p>　アメリカのいわゆるエリート教育制度のなかに、世界のリーダーを育てるための中高一貫のボーディング・スクールというのがあります。この学校の入学試験は、もちろん書類審査もあるけど、興味深いことに面接試験をしっかりとやるんです。その面接で、あなたが熱狂できるものはなんですかときかれる。あなたはなににエンスーできますか、ということを質問されるんですね。<br />
　要するに、利害や打算を度外視して、自分がなにかに熱狂できる能力があるかどうかをきいてくるわけです。語学にしても数学や科学にしても、あるいはスポーツにしてもなんでもいい。そのことを通じて純粋に知る喜びとか、あるいは他人に奉仕する喜びとかを得ることができますかと問いかけてくるのです。<br />
　<br />
　エンシュージャスムスを熱狂といってしまうと、じゃっかん意味がずれてしまいますが、まあ、人間生活のある局面で、利害関係や打算的思惑をスルーして自分が没頭できる対象をもっているのかどうかということです。その質問の発案者がどこまで考えていたかわかりませんが、そのような対象があり、「戦略」を超えておのれの能力・技量を発揮できる人こそが幸福を獲得できるのではないかという発想がここにはあります。</p>

<p>　これはひとつの例にすぎませんが、ヨーロッパ世界の言語の系譜を考えたときに、エンシュージャスムスという言葉から「幸福」にアプローチする方法があることに、アリストテレスを読んでいて私は気づいたわけです。日本語でいうと「忘我入神」という言葉が幸福のあり方（ヘクシス）を解き明かす、ひとつのキーワードではないかということです。</p>

<p>　しかし、そのことに気づくと同時に、そこからまた大きな問題が私たちの前に立ちあらわれてくる。忘我入神というと、ある意味で「外」がなくなるわけだから、ひとつの状態に囚われていることになる。無我夢中になるということは、熱狂の「狂」の面も無視できなくなるわけです。</p>

<p>　狂というのはマニア、マニアックという意味のマニアです。<br />
　たとえば端的に身近な例でいえば、オウム真理教にはいった青年たちは、忘我入神（入信）の生活をおくる。自分たちは救われると思い、「狂」的に教祖を信じて自分たちだけの"閉じた"世界に生きるわけで、精神状態としてはマニアとエンシュージャスムスがひじょうに接近した状態にあるわけです。最高の幸福と最低の不幸が、表裏一体になった問題としてそこに浮上してくる。<br />
　はじめに、幸福というのは宗教、あるいは信仰と大いに関わってくるといったのは、そういう幸福のあり方をちゃんと視界にいれておかねばならないと思うからです。この幸福と不幸の境界線に、宗教あるいは宗教性の問題が一気に吹き出してくる。</p>

<p>　じつはいま私たちが論じている宗教という言葉は、オウム真理教の名をあげはしましたが、仏教とかキリスト教などの特定の宗派や教団を指す意味でつかっているのではありません。もっと一般的な次元での宗教、英語のレリジョン（religion）として理解してください。<br />
　religionのreとは「再び」「アゲイン」という意味なのはおわかりと思いますが、ligionはラテン語の「リゴー」からきた言葉で、結び合わせるという意味です。だれがreligionを「宗教」としたのか知りませんが、むしろ先にお話した「仕合わす（しあわせ）」という言葉にreligionは近い感じもします。</p>

<p>　それはさておき、語義として、分かたれていたものを再び結び合わすものがreligion（宗教）です。わかりやすい例をあげれば、人は死ぬと死者になり、生者から分離される。しかし亡くなった人を愛していた者は、再び相まみえることを願います。死者と生者が結び合うことを望む気持ちが、宗教心の根幹にはあるのではないでしょうか。それはまさに幸福の問題でもあります。</p>

<p>　いや、それこそが、幸福とはなにかの最大のポイントだと思います。生者と死者だけではない、人と人、人と自然、そして人と神的なものが結ばれ合うことこそが、幸福にほかならないのです。エンシュージャスム、忘我入神、我を忘れるという「魂のある種の活動」は、分離された自分が再びなにかと結び合う、もしくは結び付ける活動であるといっていいのではないでしょうか。それが幸福というものなのです。（次回最終回につづく）</p>]]>
    </content>
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    <title>荒木 勝 講演録「幸福の行方」（7）</title>
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    <published>2008-07-02T01:37:41Z</published>
    <updated>2010-05-01T09:19:09Z</updated>

    <summary> 　ここで、アリ研のこれまでの講義に参加していない人のために少し補足しておきます...</summary>
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        <![CDATA[<p></p>

<p>　ここで、アリ研のこれまでの講義に参加していない人のために少し補足しておきますと、アリストテレスは実践的力量をもう少し細かく分けておりまして、そこにはいわゆる戦略的な思考や実践も含まれてきます。これまで「戦略的思考を超えて」ということでお話をしてきましたが、「反戦略」でない以上、そこに戦略的な思考をいっさい認めないということではないのです。</p>

<p>　これはわかりやすい例を出しますと、公認会計士などをはじめとするような、経理的、会計的な功利性、合理性の世界です。つまり、目的・手段を功利的に選択していくという戦略的な思考がないと、家庭も企業も政治もうまくいかない。世俗的な成功もその可能性が保証されないということになります。目的・手段の効率的な選択には当然、数字をふまえたうえでの的確な判断力が必要なわけで、そこではIQ（知能）を重視した思考が評価されるのです。</p>

<p>　ただ、この戦略的思考だけを極限的に追求していくとどうなるかということを考えてみていただきたい。結局それは目的にたいして、より功利的な手段を選択することばかりに思考が集中することになる。手段の合理的選択が目的に先行してしまう。そして、自分だけの、あるいは自社だけの、自分の家族だけの、自分の階層だけの利益になればよい、そのために成功すればよいということに帰着していくことになるでしょう。</p>

<p>　そうなると当然、当人以外の人や集団から、その成功は共有しえないから許しがたいという評価を下されるはめに陥る。利益を自分の会社だけにはいってくるようにして、その周りの外注先や諸々の関係者などが死にたえることになったら、それはやはり何のための企業かという大義や理念が問われることになる。また家族においても、自分だけが計算づくで楽しくいい思いをしても、妻や子どもたちとその思いを共有できなければ、真の楽しさを味わうことはできない。どこか充足しきれない空しさが心の底に残るでしょう。身近ことで言いましたが、そういう意味で戦略的な思考は"それだけでは"一時の幸福感に空しさがつきまとい、周りにも虚無的な気持ちを引き起こすであろうことは、やはりしっかりと自覚しておく必要があります。世の中、戦略ばかりになったら、こんな息苦しいことはありません。</p>

<p>　では戦略的思考を超えるものはなにかという本題に戻りますが、それはアレテー、卓越的力量とか徳と呼んでいるものの発揮と強く関わってくる。端的にいって、アレテーとは自分と他者との善、この場合利益といってもいいと思いますが、そのバランスをとることです。パブリック・グッズという言葉がありますが、このグッズ（goods）が善＝財の両方の意味をもっていることを想起するとわかりやすいかもしれません。また、バランスは比例的配分と言い換えてもいいかもしれないけど、要は正義というのは、自分と他者との善＝利益のバランスをとるというかたちでしか発揮できないことなのです。</p>

<p>　自社と他社の繁栄のバランスを保つ。夫と妻の愛情のバランスを配慮する。さらにいえば日本と世界との経済のバランスをとるといったような、そういう思考と行動が正義ということです。このバランスは同一ということではないし、必ずしも「私有」を否定しているのでないことは、前にお話したとおりですが。</p>]]>
        <![CDATA[<p>　そこで、正義には知慮の徳が求められる。現実に則して言えば、正義は当面する自分と他者との利益のバランス。それはあくまで「当面する」バランスであって、人間社会は時の経過にともなって大きく動き、変化しているわけです。ですから過去を調べ反省し、未来を透かし見て現在の正義の行使をしていかなければならない。<br />
　「全体」をぼんやりとでもいいから掴みとる予見能力。予知能力といってもいい、けっして数字からだけではわからないような直観的な能力が求められてくる。過去の人類が蓄積してきた経験と智恵の遺産を現在の目でとらえ直し、未来に役立てるというかたちで発揮される善＝バランスが知慮の徳であるといっていい。</p>

<p>　たとえば、ある人の顏を見ることによって、その人が経験してきた過去のさまざまな事柄、苦労や歓びなどを推察する能力。よく顏の表情やシワを読み取るというようなことがいわれますが、そういう過去への賢察力、あるいは過去に基づいた未来への洞察力が知慮のなかに含まれている。</p>

<p>　また、たとえば身体に障害をもつ人々への配慮といったこと。つまり自分と他者との利益のバランスをとることにおいて、うまく公平に力を発揮しえなかったり、発言の場が少ない人たちとの関係をどのように築くかといった問題。正義というのは多くの場合、相手と自分が互いに競争あるいは闘争することを通じて実現されていく。議論したり論争したりしながら、正義というものが築かれていく。<br />
　ところが問題なのは、発言する力のない人や、その場をあたえられることのない人、あるいは発言することが本来的にできない自然（環境）やそこに生きるものたちが、結果を省みない粗暴な力の行使によって被害をこうむることがないようにバランスをとろうとする知恵、それが知慮の徳でもあるのです。</p>

<p>　ですから知慮というのは、そういう正義のあり方を常に問いかける知性の能力です。それを人間はちゃんと習得していく必要がある。そのことによって、幸福は自分の力によって追求できるものとなりうる。</p>

<p>　ただし、アリストテレスの場合、それだけで徳の習得は終わらない。私たちが正義を追求するときに、またそのための知慮を発揮するときに、さらにうんと深いところで、信義、信頼、希望、愛といった幸福にとって根源的な能力が要求されると彼はいっている。<br />
　たとえば正義のバランスをとろうとしたときに、自分を信頼もしない、それどころか敵対意識をむき出しにするような人に対しては、利益のバランスだってとる気にはならないわけですよ。あるいは男女の関係だって、男か女のどちらか一方のみの愛情や行動が突出していて偏っていたら、そこにバランスのとれた正義というものはない。</p>

<p>　ということは、正義とか知慮といったものが発揮されるための前提として、お互いに愛し愛されるという関係がないと、そもそもからして正義や知慮を追求しようという意欲さえ湧いてこない。そういう意味で、人間の徳すなわちアレテーを発揮させる究極的な力は、やはり愛の力だとアリストテレスは訴えているのです。<br />
　しかもその愛には、大雑把にいうと、愛の二重性、さらに横の愛と縦の愛がある。つまり自分自身を愛する愛と他者を愛する愛。そして平等な関係の愛と親子や師弟関係などの"上下"の愛。愛というもののなかにも多様な愛のかたちがあるのだけど、重要なのは、愛するという徳にはひじょうに特徴的なことがら、すなわち喜びを引き出す力があるとアリストテレスはいっているわけですよ。（つづく）</p>]]>
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    <title>Re: 異邦人</title>
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    <published>2008-07-01T05:07:00Z</published>
    <updated>2010-05-01T11:12:07Z</updated>

    <summary>蕎麦谷さんへの返歌   名古屋の下町のごみごみしたところで育った。親の職業で生活...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.cafe-nous.com/kan/">
        <![CDATA[<p>蕎麦谷さんへの返歌<br />
 <br />
名古屋の下町のごみごみしたところで育った。親の職業で生活レベルが違い、社宅の友だちの家に行くとGEの冷蔵庫やテレビがあり目を見張った。<br />
ちょっと何かいたずらをするとすぐ近所から親に苦情がきて、折檻された。<br />
学校で女の子にちょっかいを出すと先生がわざわざ親に言いつけた。<br />
小さな家の二階から鈴鹿の山に沈む夕日を見ながら、こんなところから早く出て行ってやると心に誓った。<br />
 <br />
いろいろあったが、東京の大学を選んだのは自分をデラシネにしたいと考えたから。<br />
きっと異邦人として大都会は受け入れてくれると思ったから。<br />
都会の吟遊詩人を気取って文学に傾倒した時代。<br />
催涙弾で目を腫らしながらも、イデオロギーではなく、あの下町から、親から引継がれた身のうちのどろどろした何かに対して暴力的な反抗心をぶつけていた。<br />
三島が自決した時、何かが自分の中で変化した。今もよくわからない何かが。<br />
 <br />
マスコミを目指していた自分が、なぜか故郷に近い会社に就職し、唯々諾々として仕事をすることになった。<br />
地方での仕事にはすぐ飽きた。穏やかな山々も人情深い人々も内なる焦燥感を癒してはくれなかった。<br />
海外勤務を希望したが叶えられず、東京に出た。<br />
そして30年経った。<br />
 <br />
紀尾井町、世田谷、葛西と社宅を移り、１０年前から和光に住みはじめた。<br />
地元の友人はほとんどいない。<br />
地下（じげ）の人が少なく、地方出身の人たちが住む無秩序に開発された新興住宅地。<br />
地元に愛着がわかないし、住み続ける気持ちもあまりない。ここで育った子どもたちにも思い入れはない。<br />
 <br />
デラシネは水耕栽培の植物のようだ。<br />
自分の記憶を堆積した腐葉土がない。<br />
記憶の残るあの名古屋の下町も、もう風化している。<br />
 <br />
根を張る地べたも、帰る場所も失った都市漂流民は、いったいどこを目指すのだろうか。<br />
 <br />
伊藤</p>]]>
        
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    <title>異邦人</title>
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    <published>2008-07-01T02:53:09Z</published>
    <updated>2010-05-01T09:19:52Z</updated>

    <summary>三村さんに触発されて。   全共闘時代に学生生活を送った団塊の世代は戦後の保守体...</summary>
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        <![CDATA[<p>三村さんに触発されて。<br />
 <br />
全共闘時代に学生生活を送った団塊の世代は戦後の保守体制に革新＝マルクス主義をぶつけることでなにかが始まるのではという思いがあった。<br />
しかし結局は体制の中にからめとられていく。<br />
その焦燥感、挫折感を癒すデラシネとかディアスポラという言葉が心地よかった。<br />
根の張った既存の権力、価値観、エピステーメから自分を解き放していくにはまさに「漂流移民」であるしかない。<br />
「大きな物語」が終わり、価値を相対化し続けて生きていくことが、唯一残された方法のように思えた。<br />
宗教もイデオロギーもいらん。まして「正義の味方」は必要ない。...歴史的評価は変わる。<br />
ただ、おじさんはその実、企業や社会組織の中に仮の「居場所」を確保しながら、TVをみるようにその中の異邦人をみて飼っている。<br />
北米で出会ったグリーンカードホルダーの同世代の人々こそ、真のディアスポラのように<br />
思っていたが、彼らとて望郷の念に駆られている。<br />
「もうステーキはいやや。日本に帰ってお茶漬け食いたい」<br />
「そんな脂ぎった顔してようゆうわ」<br />
彼らもその中に異邦人を飼い慣らしていくしかないのだろう。<br />
そうした人々と若者のおり場のなさとはどうちがうのだろうか。<br />
 <br />
思いつくまま。　　　<br />
 <br />
蕎麦谷</p>]]>
        
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    <title>若者の迷い、その根底に横たわるもの〜アキバ殺人</title>
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    <published>2008-07-01T02:40:19Z</published>
    <updated>2010-05-01T09:10:25Z</updated>

    <summary>　最近、就職指導をしていて感じることと、アリ研での話題を重ねて考えていて感じるこ...</summary>
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        <![CDATA[<p>　最近、就職指導をしていて感じることと、アリ研での話題を重ねて考えていて感じることを書いてみました。<br />
　うまくまとまりませんでした（笑）</p>

<p>　現在の世界の人口はおよそ60億人であり、2006年の国境を越える人の移動は年間8億4000万人を数える。その80％が観光客であると言われているが、一方で外国への労働、留学や、はてはテロリストの移動まで、その目的は多岐にわたる。<br />
　それでは、人はなぜ移動するのか？人間は動物であり、動物とは動く物であるから移動する。その移動の理由は「生存」のためである。動物は自らの生存のために獲物や食糧である資源を求めて移動する。さらに、人間の場合、その資源は物質的なものだけでなく、非物質的や文化的な資源も対象となろう。たとえば、荒木先生の中国への移動は、先生の好むと好まざるにかかわらず「学問」という文化・教育的観点での移動による「知的資源」を国家間で互いに求めあっている。</p>

<p>　世界レベルで本格的な移動が始まったのは、ヨーロッパではギリシャやローマの時代であろうか？　アジアでは中国の領土拡大の歴史そのものであろう。さらに大航海時代を経て世界は近くなり、そして産業革命による鉄道、自動車、飛行機の出現（交通手段の発達）は、人の移動速度と量を圧倒的に増大させた。その背後には、奴隷や植民地という資源の確保も大きな移動の目的とされた。<br />
　現代日本では、憲法22条において移動の自由は保障されている。つまり、肉体と精神は内外を問わず自由に移動することができる。そして、インターネットや携帯電話に代表される情報通信手段の飛躍的な普及が、情報移動の制約までもを完全に解き放った。わが国におけるその地理的象徴が秋葉原である。</p>

<p>　かつて、人の移動についての取り決めについて法的にも定かでなかった時代に、日本人の多くが「移民政策」という名のもとで資源を求めてブラジルへ新天地を求めて移動した。現在、私の勤務する豊田市の人口は４２万人で、そのうち２万人近くがブラジル人（長期滞在者や移民）であり、さらに中国からの留学生がコンビニや飲食店をはじめ街のあちらこちらで働いている風景が日常に溶けている。ある地域では住民の半数がブラジル人で占められ一つのコミュニティ（生活文化）を形成している。しかし、その一方でわが国に外国人受け入れに関する確たる方針や法律が無いことも事実である。戦前のアジア諸国へ対する奴隷（強制労働）、植民地政策と敗戦による現行憲法、民主国家への切り替えとの狭間でブラックホールとして曖昧にされてきた領域であろう。</p>

<p>　この国家としての曖昧さと国境を越えて情報が瞬時に行き来する世界に今の若者達は生きている。そして社会へ出るタイミングで、己が生存のための資源を求めて移動する権利を行使する自由を与えられる。伝統的な地域コミュニティを持つ青森から、全てが自由かつ無秩序に解き放たれた東京、そして生活の糧をえるために静岡へ彼は移動した。工場労働者としての現実社会と、ネット社会というバーチャル世界の双方で自己の存在を証明しながら暮らしてみた。<br />
　そしてその併存社会のなかで、彼は日本人でありながら漂流移民と化したのではあるまいか。その顛末が、リアル／バーチャル双方の象徴世界として求められるはずであった「自らの居場所」秋葉原での自己崩落であった。そこに現代日本の若者の根底に横たわる深い心の迷いがある。<br />
　そしてその迷いは心の闇（病巣）として増殖を続けているように思えてならない。</p>

<p>三村</p>]]>
        
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    <title>荒木 勝 講演録「幸福の行方」（6）</title>
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    <published>2008-06-30T08:35:02Z</published>
    <updated>2010-05-01T09:20:31Z</updated>

    <summary> 　以上のように、幸福とは徳を磨くことによってはじめて手にすることができるものだ...</summary>
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        <![CDATA[<p><br />
　以上のように、幸福とは徳を磨くことによってはじめて手にすることができるものだということ。だから欧米の知識層のなかでは、このアレテーをいかにして磨いていくかということが、いつも議論の底流を流れている。はじめに言ったように、アリストテレスをちゃんと読んでいるからですね（苦笑）。</p>

<p>　もちろん中国や日本においても、徳というのは人間性を形成するうえで昔から重要な言葉としてつかわれてきました。しかし、このアレテーは儒教的な意味でいわれる徳よりも、もっと広い概念としてあります。たとえば儒教的な徳は、親切心とか義の行い、惻隠の情とかを示す道義的な面を強くもっているものですが、ヨーロッパにおけるアレテーでなにがいちばん重要かというと、知性つまり知的な徳なのです。アレテーを磨くということは、知的な徳を磨くということ。たくさん勉強して知性を身につけることが人間を幸福にするんだという方向にヨーロッパの人々の思考は向かっていくわけです。</p>

<p>●</p>

<p>　幸福と幸運は異なると先ほど申し上げましたが、しかしもちろん、運も幸福の一要素であることを無視はできません。結局、どんなに奮闘努力した結果得た幸福でも、たいていは運がそこにはたらいている。アリストテレスは幸運といったものを度外視しているわけではない。<br />
　たとえば幸運のなかには、夫婦関係やお金や仕事に関して運に恵まれるかどうかということが大きな要素としてある。<br />
　アリストテレスはなかでもよき夫、よき妻に恵まれることが人生で最高の幸運だといっているのですが、お金だって一生懸命働いただけではなかなか儲からない。タイミングをうまくつかむとか、人との出会いとかのさまざまな偶然のはたらきがあってお金も儲かったり儲からなかったりする。仕事がうまくいくか、事業が成功するかといったことだって同様ですよね。<br />
　子どもだって、優れた親から優れた子が生まれるとは限らない。その逆もあるわけです。それから男でも女でも美貌に恵まれることはかなり運ですし、会社の上司にとっては優秀な部下に恵まれるかどうかも運に左右される。友人や恋人もそうでしょう。</p>

<p>　アリストテレスにしても東洋思想にしても、やっぱりそれは人間の力を超えたなんらかの神的なもののはたらきによると考えているのであって、ある意味で幸運はその恵みであり贈与であるととらえておいた方がよい。</p>

<p>　私自身が専門にしている政治学にしても、あるいは経済学にしても完全には人の思うようには社会は動かないということを、いつも目の前につきつけられているんです。そのことは冷厳に見つめておく必要がある。経済学にしても、限られた部分的なことをピックアップして、その因果関係をアーキテクチャーとして数学的に分析はできても、全体的長期的な予測ということではほとんど説明できた験しがないわけです。政治に関しては、みなさんよくおわかりのように、「一寸先は闇」の世界です。そういう意味では、政治も経済も運というものに大いに左右されてくる。</p>]]>
        <![CDATA[<p>　しかし、ここが肝心ですが、先ほどからお話しているように、幸福は幸運だけでは得ることができないというのも事実でしょう。運に恵まれるだけでは、人間はけっして満ち足りることはない。運には幸運もあれば、当然不運もある。そんな運に翻弄されながらも、自分の力で幸福を獲得したいという欲求が万人のなかに必ずみられる。<br />
　ですから逆にいえば、どんな逆境にあってもその逆境に折り合いをつけ、そこに幸せを見いだしていくように私たち人間の誰もが努力することも事実なのです。そういう意味で、幸福は幸運に還元できないというふうにアリストテレスはいっているのです。</p>

<p>　そうすると、では幸福とは、詰まるところいったいなにかということになりますが、彼は幸福とは、われわれのなかのもっともよい事柄を追求することにあるとしているのです。聞き慣れない言い方で最高善といいましたけど、もっとも善いものを私たちが追求しようとするときに幸福は訪れるだろう、多くの人々もそういうふうに考えるだろうといっているんですね。運も努力のうちだ、という言葉を思い出してもらってもいいでしょう。</p>

<p>　だから問題は、では最高に善きものとはなにかということになる。もっとも善いもの、卓越的なものとはなにかということが、『倫理学』の最重要テーマになってくるのです。<br />
　これまでにも少しお話しましたが、アリストテレスはそれをふたつに分けて、知性的な力量と実践的な力量というふうにいっている。それらを獲得し発揮したときに、ほんとうの歓びすなわち幸福が訪れるだろうと彼は考えている。</p>

<p>　ひとつは知的な力量による、知ることの歓び。なんの役に立つのかという以前の、純粋に知ることの歓び。科学などの発明・発見などでも、真に優れた研究者はそういう純粋な動機から大きな成果をあげる場合が多い。宗教的な面で、悟りを得ることとか神を見る体験とかも、そういう知性による幸せにほかならないでしょう。<br />
　それからたとえば美術や音楽。美的なものを見たり聴いたりしたときの歓び。それも美にたいする卓越した知性のはたらきとして幸福の範疇に入ってくるだろう。</p>

<p>　実践的な力量は自分と自分の隣人、隣近所というだけでなく、たとえば夫や妻、子どもなどを含めた家庭でもそうですが、自分と"他者"によい事柄をもたらすための力量。これもまた幸福とは切れない関係がある。大勢の人たちに喜びをもたらすという場合、企業でいえば経営者の実践的力量が問われることになるのです。</p>

<p>　さらに自分の国や世界全体に、幸せをもたらすといったかたちで実践的力量を発揮しなければならないのが政治家です。いうまでもなく、知的、実践的力量は互いに関連しあっているものなのですが、わかりやすくいうとこういうことになるでしょう。要は、卓越的力量（アレテー）とは知的、実践的力量を指しており、これらを発揮したときに得られる喜び（歓び）が幸福であるという考え方は、多くの人が納得し共有できる考え方だろうということです。（つづく）</p>]]>
    </content>
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    <title>Re:現代社会のバベル状況</title>
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    <published>2008-06-26T07:23:14Z</published>
    <updated>2010-05-01T09:10:25Z</updated>

    <summary>下は「アリ研」のメーリングリストに投函されたものですが、まさに“今”の問題を指摘...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.cafe-nous.com/kan/">
        <![CDATA[<p><em>下は「アリ研」のメーリングリストに投函されたものですが、まさに“今”の問題を指摘した、すぐれて公共的な内容をもつものだと思いますので、ここに紹介させていただきます。前後の文脈がわかりづらい点は、他の目的で書かれたメール文である性格上お許しください。（石井）</em></p>

<p>荒木先生、石井さま、みなさま<br />
秋山です</p>

<p>荒木先生<br />
私のつたない意見に、的確な方向性を与えていただき、ありがとうございました。<br />
いろいろ考えねばならないことが、一つのメールに集約されており感激しました。</p>

<p>石井さま<br />
イリャニトゥ監督の『バベル』。まだ見ておりませんが、ぜひどこかでみたいと思います。（時間もお金もないくせに、どうも映画館でないと映画には集中できないんですよ。家では最近TVもあまりよくないですね。集中しすぎなのかなあ）</p>

<p>荒木先生のご呈示された「アキバ事件の主人公の絶望」を社会学的にどうみるか、ということはM氏だけでなく、今の社会学者に共通するテーマだと思います。<br />
政治・経済の問題として考えるポイントは、まさに荒木先生のご指摘されたとおりだと思います。このアプローチの記事は、この数日新聞各紙が取り上げています（乱暴に要約すれば、安定した雇用、安心できる生活環境がないから社会的に孤立してしまい、ちょっとしたきっかけで犯罪行動を起こす。社会システムとして若年層支援をしなくてはならない、という主張です）論旨は僕もまったく正しいと思います。</p>

<p>ただ、今回の事件に限らず、若者・子どもの事件、それもキーワード化されたものを以て現代社会の問題点を明らかにすることの限界もあるように思います。<br />
つまり、事件は、突出した「結果」が先に出てしまうので、その「原因」（犯罪の動機）を示さなければ、その事件が繰り返されるという不安が社会の側に強く働くと思います。そうすると、原因を何とかして説明しなくてはならないという要求が生まれてきます。<br />
そこに「アキバ」とか「ハケン」というキーワードが結びつくと、何かおどろおどろしいもの、自分たちとは異質なものという意識も入り込んでくるように感じます。キーワードがその人の固有性を消してしまい、どんどん一人歩きを始めると、事件の本質には届かないように考えています。</p>

<p>また、もう一つの懸念は、若者・子どもの犯罪の動機をどこから求めて来るか、ということについて、状況から犯罪の動機が明確でない（あるいは一般常識から犯罪の動機が推測しにくい）事件の場合、犯人（容疑者）の精神鑑定が積極的に導入されていることです。<br />
精神医学が、じつは治安維持の不可分な関係で発達してきたのは、『時代がつくる「狂気」 精神医療と社会』(芹沢一也著　朝日選書 825) に詳しくあります。</p>]]>
        <![CDATA[<p>僕が問題視しているのは、犯罪の原因として発達障害（自閉症やアスペルガー症候群を含む）が背景にあると指摘されることが多くなっているのですが、その判断基準に精神鑑定が用いられているということです。犯罪を未然に防ぐ手段のひとつとして発達してきた精神鑑定は、その時点での精神状況を推測することは可能ですが、生育の過程でどのような問題があったかなどについては、ほとんどくみ取ることができません。ましてや発達障害の「診断」とはまったく別のものなのに、社会的には「精神鑑定で問題が発見されたのだから、診断されたも同じだろう」という意識が一般的だと見られています。<br />
これまで先日死刑が執行された宮崎勤の東京埼玉連続幼女誘拐殺害事件、神戸の連続児童殺傷事件、大阪の宅間守の児童殺傷事件、長崎の小６女子同級生殺害事件などで、「犯人はアスペルガーだった」というような報道が出たりします。</p>

<p>もちろん、自閉症やアスペルガー症候群のコミュニケーションにおける問題は、まったく犯罪と無関係とは言い切れません。物事に対する興味が限定していたり、人とのコミュニケーションが苦手なために孤立感を高めたりひきこもりになることもあり、こうした傾向がベースとなって、何かのきっかけで歯車が狂いだしたときに、元に戻りにくいということはあると思います。</p>

<p>では、なぜ心理的なバランスを崩したときに、戻りやすい人とそうでない人の差があるのか？　というと、それは性格・素質ももちろんあるのでしょうけど、おそらく「愛された経験の有無を、自分の中でどのように対象化するのか（それは、どのような愛の言葉を紡ぐのか、ということになるかと思います。アキバ事件の主人公からバベルの愛の言葉の枯渇というものに結びつけた石井さんの視点はさすが！　と思います）にかかっていると思います。これまでの報道にあったように、両親というより父親に「大学に行けないものは・・・」と見捨てられ、以降被害者意識を持ち続けて生きてきたけど、これから自分の人生が好転するとも思えず、自暴自棄な気持ちから犯罪に突き進んだということは、大きな動機の一つだと思います（この過程で、多くの言葉を携帯ネットの掲示板に残したことの意味も大きいと思います）。</p>

<p>また、彼の言葉が、人とつながりたいという気持ちを強く感じさせつつも、それとまったく逆の言葉を使って自分を表現しようとすることも気になります。気持ちと言葉が裏腹なのは、言葉という器に自分の気持ちをうまくはめ込むことが苦手な彼の個性なのかもしれませんが、ここにも彼だけの問題ではなく、今の若者に共通するコミュニケーション性向の問題があります。</p>

<p>いろいろ言い出すときりがないので、この辺で止めますが、この問題はおそらく結論が出るものではないようにも感じます。<br />
荒木先生がM氏と話されたときに感じた、「現代社会の問題は社会科学的なアプローチだけでは理解できない。新たな視点が必要ではないかという彼の気分」ということは非常に示唆的でした。<br />
僕は大きな方からいえば、政治・経済の問題でもあるし、個人からの視点に立てば心理学、発達心理学からのアプローチも必要で、その成果を共通の土俵で昇華させていくことが不可欠かな、と思います。その土俵になるのが哲学や宗教、あるいは文学や芸術ではないか、と考えています。</p>

<p>秋山</p>]]>
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