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ヴェネチアの舟歌
No.1 ヴェネチア! ヴェネチア! 私の「夢の島」
これまで行った場所で一番好きな処は何処かと、色々考えてはみるものの、やはりそれはヴェネチアに落ち着いてしまう。
実際に訪れたのはたった二度だけで、最初が1994年の確か11月の僅か3日間だけ。でこのときはベルギーに在住だったので、そこから慌ただしく空路で往復したっけ。
二度目は丁度その10年後にあたる2004年の12月初めで、この時は日本から発って先にローマで一週間、そのあとヴェネチアで一週間と、まあ割と余裕のある日程だった。
それでも私の心の奥底では、ヴェネチアの運河路地教会堂美術館広場バールカフェ、、、、、で過ごした総ての"時間"が、いまもゴンドラで聴く舟唄のように流れている、、、、
それは、ついに見果てぬ「夢の島」のようでもある、、、、、
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No.2 冬の夕暮れにサンマルコ広場へ、、、
ヴェネチアに入る交通手段/方法は、鉄道か陸路で橋を渡るのが一般的だと思います。
そして、私も最初訪れた時は空港からタクシーで橋を渡って入りました。〈そしてこの時は、予約してあった筈のサンタルチア駅の近くのホテルが駄目で、旅行案内所で急遽ホテルを探しなおすという苦い経験をしました、、、、〉
そんなことがあってか、二度目はサンマルコ寺院近くの海岸に面したホテルを予約し、空港からは水上バスに乗って海上から入りました。
冬の夕暮れ時、沈みゆく夕陽を浴びながら薄靄のかかったサンマルコ寺院あたりを目指して進む船に揺られて訪れた「夢の島」ヴェネチアの佇まいは、今も私の脳裏に焼き付いています、、、、〈何か、ヴィスコンティ映画『ヴェニスに死す』の主人公アッシェンバッハそのものみたいに、、、、、〉
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No.3 ヘミングウェイに乾杯!
Harry's Barは、作家ヘミングウェイが通ったとかで、ヴェニスでは有名なスポットのようで、私も御多分に漏れず二回目の一週間は毎日夕刻になると一杯ひっかけに出掛けました、、、、
サンマルコ広場を横切ってフェニーチェ劇場へ向かう初めての橋を渡って左に折れ、そのまま海のほうに少し歩いた左手にその入り口はあり、一番最初の時は少し気遅れがしましたが思い切ってドアを開けて入ってみた訳です、、、、
夜の食事を主にしたレストランになる一時間程前を目掛けて出掛けたので、丁度客がカフェからレストランに変わる境目で、何となくざわついた店内も予想以上に広くゆったりした印象でした、、、
それから、ほぼ同じ時刻に一週間通い詰めて、いつも同じカクテル(スゥィート・アニーと言う名前が気に入ったので)を注文をし続けた私は、しまいにはギャルソンの挨拶「ウナセラ」にも鸚鵡返しで上手く応えられるようになりました、、、、
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No.4 現代美術に疲れたら川風を浴びて、、、、
アッカデミア美術館を出て少し東の方向に向かって歩くと、グッゲンハイム美術館に辿りつきます。
ここはパラッツオ・ヴェニール・ダイ・レオーニという18Cの屋敷を買い取ったユダヤ系の富豪が開いた現代美術館で、ニューヨークにも有名な同名の現代美術館があります。
ヴェネチアとしては歴史の新しいむしろモダンな建物に、20Cの現代美術作品が要領よく展示されており十二分に楽しめますが、それ以上の目玉はカナルグランデ(大運河)に面したそのテラスです。
展示室から直接出られるこのテラスで、心地よい川風に吹かれながら大運河を行き交う様々な船を眺めていた時の解放感は、なかなかに得難い思い出として今も生き続けています、、、、
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No.5 サン・バルナバのコンサート
最初のヴェネチア訪問の際、夜のコンサートに出かけたのはサン・バルナバ教会です。〈私は海外の観光旅行先では、必ず夜のエンタテーナメントを当たります、、、、〉
その時の曲目はもうハッキリ覚えていませんが、どうもモーツアルトのヴァイオリンとヴィオラの交響協奏曲が入っていたようにも記憶しています、、、、
そして、コンサートの合間の休憩時間に息抜き/煙草の一服のために教会の外に出て見上げた11月半ばの夜空に、煌めく多くの星座が散りばめられていたようにも思います。
この教会の脇を流れるサン・バルナバ運河は、昼間は八百屋さんの船が舫われることと、確か映画『旅情』で女優キャサリン・ヘップバーンがダイビングしたことで有名です。
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No.6 黄金のサン・マルコ寺院
数あるヴェネチアの名所でもやはり一番そこにふさわしいのは、サン・マルコ寺院だと思います。
海上からサン・マルコ広場を望むと、この寺院は大半が総督宮殿に隠れてしまいますが、広場の真ん中から眺めるとその規模の大きさや建築様式の特異さが十二分に理解できます。
中へ入ると真っ先に眼を奪われるのが、その金色をベースとした溢れんばかりのモザイクの荘厳さと美しさです。
場所的にもその歴史的成り立ちからも、明らかに東方コンスタンチノープルの影響が大であるこの寺院は、そのバルコニーから二基の円柱を通して遥か海上を眺めるとき、ヴェネチアが真に海上都市であることを実感させてくれます、、、、、
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No.7 ゲットーの発祥の地を訪ねて
ゲットーといえば、中世以降欧州でユダヤ人が都市の中で集団的に隔離集住させられた一角を示すコトバで、その発祥の場所こそヴェネチアに存在します。〈須賀敦子『ヴェネチアの宿』にも、ここは極めて印象的に取り上げられています、、、、、〉
サンタ・ルチア駅前のスカルツィ橋からカナルグランデ左岸側を少し歩くとカンナレッジョ運河を渡る橋があり、そこをその運河に沿って左へ廻りまた少し先に進むとゲットーの入り口があります。
私は、二度目の訪問のそれぞれに此処を訪れましたが、4ー5階建ての建物に囲われたやや大き目な広場の、人気のないひっそりとした佇まいが一番印象に残っています、、、、
この地域は、構造的にも外部から隔離可能(通じる橋を閉鎖すれば)になっていますが、ヴェネチアの臍とも言うべきリアルト橋を中心として、海側の玄関口 サン・マルコ広場の丁度対角線の反対側に位置することが、その存在の特殊な歴史性/重要性を象徴していると、私は深く確信しています、、、、

2011.1.20

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