荒木 勝 講演録「幸福の行方」(7)

2008年7月 2日 10:37

(6)からつづく

 ここで、アリ研のこれまでの講義に参加していない人のために少し補足しておきますと、アリストテレスは実践的力量をもう少し細かく分けておりまして、そこにはいわゆる戦略的な思考や実践も含まれてきます。これまで「戦略的思考を超えて」ということでお話をしてきましたが、「反戦略」でない以上、そこに戦略的な思考をいっさい認めないということではないのです。

 これはわかりやすい例を出しますと、公認会計士などをはじめとするような、経理的、会計的な功利性、合理性の世界です。つまり、目的・手段を功利的に選択していくという戦略的な思考がないと、家庭も企業も政治もうまくいかない。世俗的な成功もその可能性が保証されないということになります。目的・手段の効率的な選択には当然、数字をふまえたうえでの的確な判断力が必要なわけで、そこではIQ(知能)を重視した思考が評価されるのです。

 ただ、この戦略的思考だけを極限的に追求していくとどうなるかということを考えてみていただきたい。結局それは目的にたいして、より功利的な手段を選択することばかりに思考が集中することになる。手段の合理的選択が目的に先行してしまう。そして、自分だけの、あるいは自社だけの、自分の家族だけの、自分の階層だけの利益になればよい、そのために成功すればよいということに帰着していくことになるでしょう。

 そうなると当然、当人以外の人や集団から、その成功は共有しえないから許しがたいという評価を下されるはめに陥る。利益を自分の会社だけにはいってくるようにして、その周りの外注先や諸々の関係者などが死にたえることになったら、それはやはり何のための企業かという大義や理念が問われることになる。また家族においても、自分だけが計算づくで楽しくいい思いをしても、妻や子どもたちとその思いを共有できなければ、真の楽しさを味わうことはできない。どこか充足しきれない空しさが心の底に残るでしょう。身近ことで言いましたが、そういう意味で戦略的な思考は“それだけでは”一時の幸福感に空しさがつきまとい、周りにも虚無的な気持ちを引き起こすであろうことは、やはりしっかりと自覚しておく必要があります。世の中、戦略ばかりになったら、こんな息苦しいことはありません。

 では戦略的思考を超えるものはなにかという本題に戻りますが、それはアレテー、卓越的力量とか徳と呼んでいるものの発揮と強く関わってくる。端的にいって、アレテーとは自分と他者との善、この場合利益といってもいいと思いますが、そのバランスをとることです。パブリック・グッズという言葉がありますが、このグッズ(goods)が善=財の両方の意味をもっていることを想起するとわかりやすいかもしれません。また、バランスは比例的配分と言い換えてもいいかもしれないけど、要は正義というのは、自分と他者との善=利益のバランスをとるというかたちでしか発揮できないことなのです。

 自社と他社の繁栄のバランスを保つ。夫と妻の愛情のバランスを配慮する。さらにいえば日本と世界との経済のバランスをとるといったような、そういう思考と行動が正義ということです。このバランスは同一ということではないし、必ずしも「私有」を否定しているのでないことは、前にお話したとおりですが。

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Re: 異邦人

2008年7月 1日 14:07

蕎麦谷さんへの返歌

名古屋の下町のごみごみしたところで育った。親の職業で生活レベルが違い、社宅の友だちの家に行くとGEの冷蔵庫やテレビがあり目を見張った。
ちょっと何かいたずらをするとすぐ近所から親に苦情がきて、折檻された。
学校で女の子にちょっかいを出すと先生がわざわざ親に言いつけた。
小さな家の二階から鈴鹿の山に沈む夕日を見ながら、こんなところから早く出て行ってやると心に誓った。

いろいろあったが、東京の大学を選んだのは自分をデラシネにしたいと考えたから。
きっと異邦人として大都会は受け入れてくれると思ったから。
都会の吟遊詩人を気取って文学に傾倒した時代。
催涙弾で目を腫らしながらも、イデオロギーではなく、あの下町から、親から引継がれた身のうちのどろどろした何かに対して暴力的な反抗心をぶつけていた。
三島が自決した時、何かが自分の中で変化した。今もよくわからない何かが。

マスコミを目指していた自分が、なぜか故郷に近い会社に就職し、唯々諾々として仕事をすることになった。
地方での仕事にはすぐ飽きた。穏やかな山々も人情深い人々も内なる焦燥感を癒してはくれなかった。
海外勤務を希望したが叶えられず、東京に出た。
そして30年経った。

紀尾井町、世田谷、葛西と社宅を移り、10年前から和光に住みはじめた。
地元の友人はほとんどいない。
地下(じげ)の人が少なく、地方出身の人たちが住む無秩序に開発された新興住宅地。
地元に愛着がわかないし、住み続ける気持ちもあまりない。ここで育った子どもたちにも思い入れはない。

デラシネは水耕栽培の植物のようだ。
自分の記憶を堆積した腐葉土がない。
記憶の残るあの名古屋の下町も、もう風化している。

根を張る地べたも、帰る場所も失った都市漂流民は、いったいどこを目指すのだろうか。

伊藤

2008年7月 1日 14:07 | コメント(0) | トラックバック(0) |

異邦人

2008年7月 1日 11:53

三村さんに触発されて。

全共闘時代に学生生活を送った団塊の世代は戦後の保守体制に革新=マルクス主義をぶつけることでなにかが始まるのではという思いがあった。
しかし結局は体制の中にからめとられていく。
その焦燥感、挫折感を癒すデラシネとかディアスポラという言葉が心地よかった。
根の張った既存の権力、価値観、エピステーメから自分を解き放していくにはまさに「漂流移民」であるしかない。
「大きな物語」が終わり、価値を相対化し続けて生きていくことが、唯一残された方法のように思えた。
宗教もイデオロギーもいらん。まして「正義の味方」は必要ない。…歴史的評価は変わる。
ただ、おじさんはその実、企業や社会組織の中に仮の「居場所」を確保しながら、TVをみるようにその中の異邦人をみて飼っている。
北米で出会ったグリーンカードホルダーの同世代の人々こそ、真のディアスポラのように
思っていたが、彼らとて望郷の念に駆られている。
「もうステーキはいやや。日本に帰ってお茶漬け食いたい」
「そんな脂ぎった顔してようゆうわ」
彼らもその中に異邦人を飼い慣らしていくしかないのだろう。
そうした人々と若者のおり場のなさとはどうちがうのだろうか。

思いつくまま。   

蕎麦谷

2008年7月 1日 11:53 | コメント(0) | トラックバック(0) |

若者の迷い、その根底に横たわるもの〜アキバ殺人

2008年7月 1日 11:40

 最近、就職指導をしていて感じることと、アリ研での話題を重ねて考えていて感じることを書いてみました。
 うまくまとまりませんでした(笑)

 現在の世界の人口はおよそ60億人であり、2006年の国境を越える人の移動は年間8億4000万人を数える。その80%が観光客であると言われているが、一方で外国への労働、留学や、はてはテロリストの移動まで、その目的は多岐にわたる。
 それでは、人はなぜ移動するのか?人間は動物であり、動物とは動く物であるから移動する。その移動の理由は「生存」のためである。動物は自らの生存のために獲物や食糧である資源を求めて移動する。さらに、人間の場合、その資源は物質的なものだけでなく、非物質的や文化的な資源も対象となろう。たとえば、荒木先生の中国への移動は、先生の好むと好まざるにかかわらず「学問」という文化・教育的観点での移動による「知的資源」を国家間で互いに求めあっている。

 世界レベルで本格的な移動が始まったのは、ヨーロッパではギリシャやローマの時代であろうか? アジアでは中国の領土拡大の歴史そのものであろう。さらに大航海時代を経て世界は近くなり、そして産業革命による鉄道、自動車、飛行機の出現(交通手段の発達)は、人の移動速度と量を圧倒的に増大させた。その背後には、奴隷や植民地という資源の確保も大きな移動の目的とされた。
 現代日本では、憲法22条において移動の自由は保障されている。つまり、肉体と精神は内外を問わず自由に移動することができる。そして、インターネットや携帯電話に代表される情報通信手段の飛躍的な普及が、情報移動の制約までもを完全に解き放った。わが国におけるその地理的象徴が秋葉原である。

 かつて、人の移動についての取り決めについて法的にも定かでなかった時代に、日本人の多くが「移民政策」という名のもとで資源を求めてブラジルへ新天地を求めて移動した。現在、私の勤務する豊田市の人口は42万人で、そのうち2万人近くがブラジル人(長期滞在者や移民)であり、さらに中国からの留学生がコンビニや飲食店をはじめ街のあちらこちらで働いている風景が日常に溶けている。ある地域では住民の半数がブラジル人で占められ一つのコミュニティ(生活文化)を形成している。しかし、その一方でわが国に外国人受け入れに関する確たる方針や法律が無いことも事実である。戦前のアジア諸国へ対する奴隷(強制労働)、植民地政策と敗戦による現行憲法、民主国家への切り替えとの狭間でブラックホールとして曖昧にされてきた領域であろう。

 この国家としての曖昧さと国境を越えて情報が瞬時に行き来する世界に今の若者達は生きている。そして社会へ出るタイミングで、己が生存のための資源を求めて移動する権利を行使する自由を与えられる。伝統的な地域コミュニティを持つ青森から、全てが自由かつ無秩序に解き放たれた東京、そして生活の糧をえるために静岡へ彼は移動した。工場労働者としての現実社会と、ネット社会というバーチャル世界の双方で自己の存在を証明しながら暮らしてみた。
 そしてその併存社会のなかで、彼は日本人でありながら漂流移民と化したのではあるまいか。その顛末が、リアル/バーチャル双方の象徴世界として求められるはずであった「自らの居場所」秋葉原での自己崩落であった。そこに現代日本の若者の根底に横たわる深い心の迷いがある。
 そしてその迷いは心の闇(病巣)として増殖を続けているように思えてならない。

三村

2008年7月 1日 11:40 | コメント(0) | トラックバック(0) |

荒木 勝 講演録「幸福の行方」(6)

2008年6月30日 17:35

(5)からつづく

 以上のように、幸福とは徳を磨くことによってはじめて手にすることができるものだということ。だから欧米の知識層のなかでは、このアレテーをいかにして磨いていくかということが、いつも議論の底流を流れている。はじめに言ったように、アリストテレスをちゃんと読んでいるからですね(苦笑)。

 もちろん中国や日本においても、徳というのは人間性を形成するうえで昔から重要な言葉としてつかわれてきました。しかし、このアレテーは儒教的な意味でいわれる徳よりも、もっと広い概念としてあります。たとえば儒教的な徳は、親切心とか義の行い、惻隠の情とかを示す道義的な面を強くもっているものですが、ヨーロッパにおけるアレテーでなにがいちばん重要かというと、知性つまり知的な徳なのです。アレテーを磨くということは、知的な徳を磨くということ。たくさん勉強して知性を身につけることが人間を幸福にするんだという方向にヨーロッパの人々の思考は向かっていくわけです。

 幸福と幸運は異なると先ほど申し上げましたが、しかしもちろん、運も幸福の一要素であることを無視はできません。結局、どんなに奮闘努力した結果得た幸福でも、たいていは運がそこにはたらいている。アリストテレスは幸運といったものを度外視しているわけではない。
 たとえば幸運のなかには、夫婦関係やお金や仕事に関して運に恵まれるかどうかということが大きな要素としてある。
 アリストテレスはなかでもよき夫、よき妻に恵まれることが人生で最高の幸運だといっているのですが、お金だって一生懸命働いただけではなかなか儲からない。タイミングをうまくつかむとか、人との出会いとかのさまざまな偶然のはたらきがあってお金も儲かったり儲からなかったりする。仕事がうまくいくか、事業が成功するかといったことだって同様ですよね。
 子どもだって、優れた親から優れた子が生まれるとは限らない。その逆もあるわけです。それから男でも女でも美貌に恵まれることはかなり運ですし、会社の上司にとっては優秀な部下に恵まれるかどうかも運に左右される。友人や恋人もそうでしょう。

 アリストテレスにしても東洋思想にしても、やっぱりそれは人間の力を超えたなんらかの神的なもののはたらきによると考えているのであって、ある意味で幸運はその恵みであり贈与であるととらえておいた方がよい。

 私自身が専門にしている政治学にしても、あるいは経済学にしても完全には人の思うようには社会は動かないということを、いつも目の前につきつけられているんです。そのことは冷厳に見つめておく必要がある。経済学にしても、限られた部分的なことをピックアップして、その因果関係をアーキテクチャーとして数学的に分析はできても、全体的長期的な予測ということではほとんど説明できた験しがないわけです。政治に関しては、みなさんよくおわかりのように、「一寸先は闇」の世界です。そういう意味では、政治も経済も運というものに大いに左右されてくる。

2008年6月30日 17:35 | コメント(0) | トラックバック(0) |