Re:現代社会のバベル状況

2008年6月26日 16:23

下は「アリ研」のメーリングリストに投函されたものですが、まさに“今”の問題を指摘した、すぐれて公共的な内容をもつものだと思いますので、ここに紹介させていただきます。前後の文脈がわかりづらい点は、他の目的で書かれたメール文である性格上お許しください。(石井)

荒木先生、石井さま、みなさま
秋山です

荒木先生
私のつたない意見に、的確な方向性を与えていただき、ありがとうございました。
いろいろ考えねばならないことが、一つのメールに集約されており感激しました。

石井さま
イリャニトゥ監督の『バベル』。まだ見ておりませんが、ぜひどこかでみたいと思います。(時間もお金もないくせに、どうも映画館でないと映画には集中できないんですよ。家では最近TVもあまりよくないですね。集中しすぎなのかなあ)

荒木先生のご呈示された「アキバ事件の主人公の絶望」を社会学的にどうみるか、ということはM氏だけでなく、今の社会学者に共通するテーマだと思います。
政治・経済の問題として考えるポイントは、まさに荒木先生のご指摘されたとおりだと思います。このアプローチの記事は、この数日新聞各紙が取り上げています(乱暴に要約すれば、安定した雇用、安心できる生活環境がないから社会的に孤立してしまい、ちょっとしたきっかけで犯罪行動を起こす。社会システムとして若年層支援をしなくてはならない、という主張です)論旨は僕もまったく正しいと思います。

ただ、今回の事件に限らず、若者・子どもの事件、それもキーワード化されたものを以て現代社会の問題点を明らかにすることの限界もあるように思います。
つまり、事件は、突出した「結果」が先に出てしまうので、その「原因」(犯罪の動機)を示さなければ、その事件が繰り返されるという不安が社会の側に強く働くと思います。そうすると、原因を何とかして説明しなくてはならないという要求が生まれてきます。
そこに「アキバ」とか「ハケン」というキーワードが結びつくと、何かおどろおどろしいもの、自分たちとは異質なものという意識も入り込んでくるように感じます。キーワードがその人の固有性を消してしまい、どんどん一人歩きを始めると、事件の本質には届かないように考えています。

また、もう一つの懸念は、若者・子どもの犯罪の動機をどこから求めて来るか、ということについて、状況から犯罪の動機が明確でない(あるいは一般常識から犯罪の動機が推測しにくい)事件の場合、犯人(容疑者)の精神鑑定が積極的に導入されていることです。
精神医学が、じつは治安維持の不可分な関係で発達してきたのは、『時代がつくる「狂気」 精神医療と社会』(芹沢一也著 朝日選書 825) に詳しくあります。

2008年6月26日 16:23 | コメント(0) | トラックバック(0) |

近況報告(三村)

2008年6月23日 13:26

アリ研の皆様

豊田市の大学へ勤務して2年目を迎えました。
昨年度、大学の地域への貢献を目的に小職が中心となり、行政が行うタウンミーティングや企業が行う従業員向けの調査ではなく、大学が第三者機関として「豊田市民の声」を広聴するために「豊田市まちづくり懸賞エッセイ2007」を企画しました。

現在、どこの自治体でも産官学NPOの「協働」によるまちづくりが盛んにおこなわれていますが、この企画では大学とNPOが連携して主催し、行政、企業、マスコミが支援するというスタイルを重視しました。因みにこのNPOは、トヨタ自動車OBが中心になって活動されています。昨年実施で約400通の応募がありました。また、メンバーのSさんのご協力により、Sさんの会社の方も2名受賞されました。とてもすばらしい作品です。下記のホームページから見れますので、覗いていただきたいと存じます。

ここで寄せられた「生の声」を分析して、行政や企業に伝えて行くことにより、大学やNPOとしてPDCAを回しています。とりわけ多かった意見が、平成の大合併で7市町村が合併した現在の豊田市は、中心市街地周辺では道路交通環境が整備されつつありますが、新しく合併された側の旧6町村では道路環境の整備が遅れています。寄せられた意見の中で最も多かった声が、中学生や高校生の朝夕通学時における自転車、歩行者事故への恐怖体験でした。こうした観点からは道路延長のためでは無く、歩道、自転車道の整備(質の向上)のために「道路財源の確保」は必要であると感じました。
再来週には、大学近隣の「逢妻地区(約10000戸)」小中学校、地域関係者の方々と一緒に、半日かけて「地域の安全確保(交通、防犯)」の観点から現地調査に参加する予定です。こうした経験を教育モデルにして、本学の学生たちを積極的に地域活動へ「協働」参加させてゆきたいと考えています。

さて、一昨日、後援依頼団体であるトヨタ自動車さんから「豊田市まちづくり懸賞エッセイ2008」実施について名義使用許可を頂けました。2007に続き、豊田市、豊田商工会議所、豊田信用金庫、中日新聞さんなどにも後援していただいています。その内容を昨日大学HPへアップしました。昨年度の受賞作品と合わせて覗いてください。

http://www.gakusen.ac.jp/u/machi/essay_bosyuu.html

現在、8月2日に本学部創設10周年企画「まちフェスタ in みかわ」という企画を進めています。次回は、この企画がHPにアップされたらご紹介いたします。日本野鳥の会にもご後援を頂いている企画で、洞爺湖サミットを念頭に置いて、三河地域の市民向けに環境問題を中心に豊田市長やトヨタ自動車さん、朝日新聞から天声人語の執筆担当者、地元の児童文学作家や市民代表として環境カウンセラーなどを講師としてお招きしたり、名古屋グランパスや清水エスパルスのフィジカルコーチなどにも声をかけてスポーツ=健康をテーマに加え、1日楽しんでいただくという企画です。さらに地元の農業指導員や農林高校に協力してもらい、ファーマーズマーケット(地産地消を超えた、生産者が生産プロセスを直接消費者に伝えながら販売する)を開催します。またトヨタ自動車のご協力により、屋外での東海地震対策を想定したハイブリッドカーの活用や減災イベントなどを企画しています。

当然のことながら、大学の教員や職員は理論・理屈には長けていますが、こうした企画には口は動きますが、なかなか身体がついてきてくれません(笑)。この企画、プログラムの構想から講師依頼、後援名義の依頼、さらには愛知県教育委員会や豊田市教育委員会に掛け合って、豊田市内の小中学校、高校の校長会で紹介してもらい、全小中学校、高校へ案内を配布してもらうなど、大汗かきながら研究室に泊りの日も含め頑張ってます。東海地区の皆様、ぜひ、ご参加ください!

長くなりましたが、近況報告です。

三村

2008年6月23日 13:26 | コメント(0) | トラックバック(0) |

荒木 勝 講演録「幸福の行方」(5)

2008年6月18日 11:43

(4)からつづく

 もう一度、今度はいくつか文節を区切って読んでみます。

 「もし神々の人間への贈り物と考えられるべき何ものかがある、とするならば、幸福(エウダイモーニア)こそ神与のもの(テオスドートン)とするのが至当であり、それは最善のものであるだけに、人間のもつあらゆるもののうち、そのもっともふさわしいものであろう。しかし、こうした問題は、おもうに別の考察の機会に譲るほうが似つかわしいであろう」

 アリストテレスにおいても、幸福というものは人間ひとりの力によって獲得できるものではない、といっているのですね。だけど、幸福が人間のもつもののなかで最善のものだ、と。
 しかし、人間に最高の贈り物を与えるのがなぜ神なのか。「こうした問題は、おもうに別の考察の機会に譲るほうが似つかわしいであろう」。別の考察の機会というのは、アリストテレスが書いた超難解な『形而上学』という書を指していると思われます。

 「しかし、たとえ幸福が神与のものでなく卓越性(アレテー=徳)とか、なんらかの学習(マセーシス)や訓練(アスケーシス)によって生じるものであるにしても、それはやはりもっとも神的なものに属すると見られる」

 これは少し難しいですね。たとえ幸福が神様によって与えられるものではなくて、卓越性とか徳と訳されることが多い人間がもっているアレテーとか、あるいは学習したり訓練して自分自身で一生懸命に努力して幸福が獲得できたとしても、それは神的なものに属するとされている。ここでまた、神的とはどういうことかという問題がでてくる。矛盾したような言い方だから、下手な洒落だけど、「アレー?」って誰もが思いますよね(笑)。
 自分自身が個人である人間としての努力のすえに獲得するのであれば、それは人間的なものであって神的なものにはならないんじゃないか、と。ところが、それはもっとも神的なものに属すると彼はいっている。ここではその理由を述べていないけど、はっきりと言い切っています。つづけましょう。
 

2008年6月18日 11:43 | コメント(0) | トラックバック(0) |

グローバリズムと民主化

2008年6月17日 11:21
荒木先生 みなさま

中国から帰国早々、慌ただしいなかでのお便りありがとうございます。
短い文のなかに、漠然とながらも圧縮された思いが感じ取れます。
また、ぼくもアタックスのHPを拝見しました。
グローバリズムと民主化の問題、なんとも巨大な現代社会のアポリアが
目の前に立ちふさがっていることを痛感する思いです。
先日の朝日新聞に出ていたマルクス再評価の短い記事で、いまこそ、「自
然」「土地」を根源に据えた彼の“初期”の哲学に目を向けるべきだという主張
があったのが思い起こされます。専門的なことはよくわかりませんが、
ぼくには「アリストテレスに還れ!」という先生の声ともダブって聴き
とれました。

石井

2008年6月17日 11:21 | コメント(0) | トラックバック(0) |

中国市場へのシフト

2008年6月16日 11:41

 帰国して、アタックスのHPの情報を見ますと、イトーヨーカ堂、イオングループが中国市場にシフトしたことの意義が展開されていましたが、内需型資本の動向もここまできたのか、と思いました。
 吉林大学の行政学院は、中国政治の中枢ともある種の連携を持っているようで(北京大学の同僚だったとか、政治学会そのものが、一部党学校の教授を含むとか)、近いうちに中国はアジア共通の通貨をつくりたい、と考えているようです。そして経済の共通性から政治の共通性へは道ははるかに遠いとおもいます
 が、その意志は、政治の中枢にもあるようです。政治についてはまた書きます。

 ハルピンの都市を見学しましたが、その大きさに圧倒されました。大平原、大豆とトウモロコシの広大な畑のなかに、400万人の都市が突然出現する、という感じで、周辺の部分を含めて、700万のハルピン市は圧倒的な風景でした。
 都市の真北を流れる、水量の豊かな、モンゴルの大興山脈に発する松花江の流れの対岸から見た景色は、数十の超高層のビルが林立する大都会の風貌そのもので、中心部は、ロシア人が作った町並みを残していて、大きな石畳の、相当に長い距離のメインストリートは、今遊歩道として使われ、若い男女にあふれ、両側にはロシア風の店と西洋のブランド品の店が立ち並ぶという風景が展開していました。
 おそらくここにも近いうちに、スーパーやコンビニの店が立ち並ぶのでしょう。

 荒木

2008年6月16日 11:41 | コメント(0) | トラックバック(0) |