荒木 勝 講演録「幸福の行方」(1)

2008年5月27日 20:53

以下は昨年末に名古屋で行われた「アリストテレスと現代研究会」座長/荒木勝(岡山大学教授)の講演を、同研究会のメンバーである石井泉が文字に起こし、編集・構成を行ったものです。まだ完成をみていませんが、このコーナーに何回かにわけて掲載していきます。連載の間に忌憚のないご意見や感想をお寄せいただければうれしいです。なお、前2回の講演録と合わせて再構成を行い、最終的に荒木先生に補筆していただき一冊の「本」としてつくりあげる予定です。ご期待ください。(現在のところ発行・発売の形態・方法は未定です。ご要望があれば、早めに石井までご連絡ください)


 この研究会(アリストテレスと現代研究会、通称アリ研)も、はじめてから3年ほどがたちます。何度か講義や勉強会を行ってきましたが、私としては毎回が驚きの連続だったというのが率直な気持です。

 欧米諸国では、社会で指導的立場にある人たちは、プラトンやアリストテレスの基本的な著作は読んでいて、だいたいの知識はもっている。また、専門家ではない一般の人々のなかにも、ギリシャ哲学に対する関心をもち、基礎的素養を備えている人々は多い。
 しかし、日本においては、これまでにお話した翻訳文のとっつきにくさなど諸々の事情があることはあるのですが、ほとんどといっていいほど、その哲学になじみがない。とくにアリストテレスはそうです。

 だから何が驚きだったかというと、このアリ研、そしてアリ研の個々のメンバーを通じて伝わってくる個人や社会に対する問題意識がじつに切実なものであり、しかもアリストテレスが言わんとしていた哲学的思考と根本のところでつながっている。そういう思いが回を追うごとに強まり、大袈裟ですがある種の衝撃さえ感じるのです。

 世間知らずでとおっている私ですが(苦笑)、じつは現在、私の所属している大学で、企業でいうところの管理職めいたことをやっていて、「学問」研究とはまた別次元の忙しない状況がつづいています。本音をいうとひとりでどこかにひきこもりたい(笑)気持でいっぱいなのですが、そうもいかないし、逆にいうと社会の情勢がかなり具体的に“身にしみて”わかってくる面があります。この管理職のあいまに、その悩みとこういう会やメールでやりとりされる問題がリンクして、みなさんの問題提起にどう応えたらいいのかということを、いつもどこにいても、考えざるをえないはめに陥ったというのが実情なのです。

 さて、きょうは「幸福論」がテーマです。勉強会のための合宿とは別に、これまで2回講演という形で話をしてきましたが、メンバーの人からの提案もあり、ひとつの締めくくりとして今回は幸福とは何かといったことを主題に話してみたいと思います。

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『先生とわたし』◎庵頓亭読書日記

2008年5月21日 17:50
先生とわたし
 先の連休の期間中に、例の『先生とわたし』(四方田犬彦/新潮社)を読了して思うところ多々有ったので、以下ランダムに、、、

 <1>ヨモタ先生の大学時代の先生はかの著名な英文学者、故由良君美氏で、私はその名前は以前から知っていましたが著作は全く未読で(学生時代それなりに興味は有ったものの結局読まず仕舞でした)、今回この著作を通じて初めてその業績や人となりを知りました。

(勿論 ヨモタ先生の眼を通してですが、、、、)

 <2>本書が扱うのは、先の『ハイスクール1968』の続編に当たる時期で、ヨモタ先生が駒場の学生となる1972年から由良氏が亡くなる1990年までの約30年間に亘って、その輝かしい師弟関係と結局は不幸な両者の断絶に至るまでの顛末が、巧みな構成と抑制の効いた行き届いた表現/文体で綴られており、最後まで息をもつがせず読ませます。

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長春からの報告

2008年5月19日 11:43

 5月13日から17日まで、大学院の国際交流事業のため、長春に出張していました。今回は3度目で、多少の慣れを感じましたが、多くの発見がありました。幸い、行くときも帰るときもアリ研の服部さんと同じ飛行機となり、16日には大連で海鮮料理を一緒に堪能しました。

 爽やかな大陸の風、乾燥した空気、私は長春に行く度にポーランドで過ごした夏を思い出すのですが、今回もそうでした。
 13日、トランジットのため、大連で降りて市内観光をしましたが、同僚の中国人ジャン先生の案内で、ロシア人の疎開地を見物しました。岡山の倉敷のような美観地区として観光の名所になっているその通りは、ジャン先生によると、全部新しく改築されたもので、本物は路地に残っているということで、われわれ一行は路地見物に行きましたが、なんと、そこはまったくのスラム。明治の日清・日露の時代にロシアの貴族や高級官僚、技師が建てた邸宅の跡を、何十もの家族が共同で使用し,ぼろぼろのレンガの塀はそのまま、悪臭が鼻を突き、廃品回収の山が道路を占拠し、道は汚水が垂れ流されていました。
 その地区は大連中央駅の北側の裏手にあり、大連市全体からみれば林立する構想ビル街に近いところを占めているようです。

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大学はその原点に還れ

2008年5月 7日 17:47

近況の報告を兼ねて書いてみます。

 ……さて、4月以降、大学の仕事に追われていますが、日増しにがっかりすることが多くなりました。
 ことに、大学の使命が大学間競争に勝つこと、と述べている大学トップの再就任挨拶の文章に接したときは、大学もとうとうここまで来てしまったか、という感慨にとらわれ落胆しました。
 東大をはじめ国立・私立の「世界一流」校ともなると、多くの大学はその生き残りの方へと関心が傾き、大学経営の論理が出すぎています。研究教育の国際的拠点作りという目標も、生き残り戦略の1つとして考えられています。そこに日本の大学人の底の浅さを痛感します。

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