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→はじまりのアリストテレス <家族論>2


 そんな大災害にまつわるエピソードとして有名なものに、聖書に出てくる「ノアの箱船」がありますが、私たちのテーマである古代ギリシャの社会やアリストテレスの哲学もそういう災害とは無縁ではありませんでした。
 たとえば、みなさんご存知のように、プラトンなどを読みますと、彼の話には洪水など大災害をもたらした出来事がその元になっていることが多い。名高いものとしてはアトランティス大陸の沈没にまつわる話がありますが、彼の『法律』という書物には、あるとき大洪水があって、そこから生きのびた人々が自分たちで人間の社会をつくっていくという話が展開されています。

 また、じっさい古代ギリシャの歴史を見ますと、西暦で紀元前8世紀前後くらいに大洪水があって、「暗黒時代」が200〜300年くらいつづいたといわれていまして、その後になって、各地にポリスができてくるっていう、そういう流れになっているわけです。そして紀元前5世紀ころにギリシャは「黄金期」を迎えるのですが、そういうことをプラトンにしてもアリストテレスにしても覚えていて、大洪水の後どういうふうに、どういう社会ができてきたのかという話を二人ともするわけです。

 詳しく見ていくと、プラトンとアリストテレスの見方、考え方にはきわだった違いがあるのですが、興味深いことにどちらも変わらずに共通して重要なのは「家族」なんです。家族としての人間集団のつくり方っていうのがまずあって、それで、その家族という概念が拡大して、集団としても大きくなっていって、ポリス=国家といわれるものができあがっていくっていう、そういう話の展開がベースになっているのです、両者とも。

 ところがそのプラトンの物語はですね、大洪水後にできた家族のあり方は、ギリシャ語ではデユナステイアと言いますが、翻訳でいうところの「家父長制」なんです。イメージとしては「一つ目の巨人」が洞窟のなかで女と子どもたちを支配するような、そういう家族があって社会ができたというのが根っこにあるんですよ。そういう強大な権力を持った巨人が家族を支配している。それがだんだん変わっていって、みんなが会議をするようになって国家ができてくる......。そういう流れを描いているのがプラトンです。

 いっぽうアリストテレスの世界は、オイコノミアー(家政学)と言われる場合の「家政」、そのなかで位置付けられる家長による統治ということになって家族論・国家論が展開されていく。オイコノミアーは英語のエコノミー(経済)の語源でもあります。
 この家長という言葉はギリシャ語でパトリケーアルケーで、これも「家父長」と訳されて日本では理解されていくわけですけども、そこには微妙だけど大きな違いがある。アリストテレスの場合はパトリケーアルケー(家長、家父長)といっても、要するに家の「大黒柱」である、家政の中心的人物である男が統治するひとつの集団のことを家族と言っているのです。そのイメージはプラトンの「一つ目の巨人」が一方的に力で支配する家族とかなり様子が異なっています。
 アリストテレスでは、家族は家長である父親が息子や娘たちを限りなく愛する世界として展開していきますし、妻を一般の「奴隷」と同等とは見なさず、自由人として処遇するという社会を考想している......。
 
 二人の思想家の良否をそう単純明解に決めつけることはできませんが、いずれにしても、ギリシャの二大哲人の考えたことが、「大洪水の後」に人間が構築するのはまず「家族」だということに着目して、それぞれの哲学を構築したということは極めて大きな意味のあることだろうと私は思っています。

 少し横道にそれますが、そんなこんなで想像をひろげてみると、日本のように互い滅ぼし合うほどの戦乱は少なく、総じて穏やかで、自然にめぐまれた地はそうはないんじゃないか。しかも、この「無藝荘」にちなんで言いますと、小津安二郎の映画のような、たとえばきょうの蓼科のように『秋日和』にめぐまれた、季節感のある繊細な美的感覚に彩られた幸福な生活をしてきた民族はあまりないんじゃないかと思います。

 隣の中国なんかへ行きますともう、満州なんか荒涼とした大地だし、南に行けば亜熱帯、西は大平原で、しかも数千年に渡って戦乱につぐ戦乱を経験しているわけですよね。三国志のなかに登場する諸葛孔明の「家」なんかも、流浪の民としてあちこち渡り歩いたかたちでなんとか生きのびていくことしかできない。
 戦乱での殺戮も何十万人単位で生き埋めにするとか、人々は凄まじい社会環境になかで生活をしているわけです。巨大な国家ができて戦争をやると農民たちは右往左往し、行き惑うことになる。そういう意味で一定の土地で安定した生活をするということはなかなか許されないような社会を中国人は経験してきた。
 
 ヨーロッパも同じような国家的、民族的事況があって、落ち着いて安定した生活をおくれた時代はあまりなかったんじゃないか。とりわけ有名な例ではユダヤ人がそうですね。結局、自分たちが生まれたバビロニアとかから族長が出て、「旧約」などによるとパレスティナへやって来て、で、パレスティナにはいろんな問題があって、エジプトに逃れる。そしてエジプトから帰って「乳と蜜の流れる」パレスティナの地に王国をつくるのだけど、それもまたローマ帝国に滅ぼされて、世界へ流浪の旅に出るわけですよ。

 ここ数年、私は中国へ行くことが多いのですが、中国各地で様々な人々と会話したりしていろいろ考えると、中国の人たちにとって、やはり家族、あるいは親族、氏族の紐帯をどうやってしっかりと構築するかっていうことが、国家を構築する以前にものすごく重要な問題としてあったと思えてくる。近年においても、華僑をはじめ、中国の人たちが家族的に強く結束していることは当然のこととしてわれわれも見てきています。

 ユダヤ人たちも同様です。世界を流浪しながらもっとも大事に思ったのは、家族の紐帯をいかに強固にするかということ。ユダヤ人として、人間の能力を最大限に発揮して生きのびていく、そういうユダヤ人同士の関係を築き、知恵の共有化をはかってきた。

 ここでは特別強調はしませんが、もちろんアングロサクソンの世界でも、彼らなりの形、方法で「家」を存続させてきたということはあるわけです。そのような家系・家族の形態と民族や国、宗教との関係に関しては、他にもまだまだ語らなければならない事例が多々あります。
 通俗的な例としては、F.コッポラの映画などでみなさんもご存知の、南欧社会からアメリカへ渡ったひとつの典型的「ファミリー」として『ゴッドファーザー』の世界とかですね、「家族」にもいろいろな形があります。
 しかし、これ以上は際限がなくなるので、話を戻しましょう。

 さて、3月11日に日本を襲った大洪水ならぬ巨大な地震と津波、そして原発事故。「その後」の日本の社会を、われわれはどう生きていけばよいのか。どのように地域や国を建て直していくべきなのか。そのためには、人がこれから生きていくうえで、家族あるいは家というものをどう考えていくのがよいのか。 
 おじいちゃん・おばあちゃんの生活をどう考えていくのか。息子や娘、孫たちの未来をどうしていくのか、ということをこの機にしっかりと考え直していく必要がある。いま少し述べたように、誰にとっても身近で切実な問題を、広い視野と多様な視角のなかで、それこそ「世界の知恵」に照らして考え直す時期にきたんじゃないかと思います。

 息子との話をきっかけに、福山雅治の『家族になろうよ』を聴いて、社会的にもそんなヘクシス(心の傾き)が表れてきているのではないか、と私は直感的に思いました。いわゆる「共同体」や「公共性」の問題は、日本の社会が直面している課題として大震災の前から議論されていましたが、いま身をもって多くの人々が、まず自分たちにいちばん「近い」家族の問題に触れ、それに向き合おうとしているのではないか、というようなことを感じたわけです。

 そういう意味で、大震災からの復興と家族の問題とはひとつのセットになったものとして考えていく必要があるだろうと思います。

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