松島沖のウミネコ
nous letter
2006年7月 7日 10:28

「不思善悪」ヌース三度

アリストテレスと現代研究会のMLで、itoさんから下記のメールがあり、会員だけで独占するには惜しい話だし、ほぼ全文をここに引用します。

ヌースのことも出てきます。

中国宋代の禅の公案「無門関」23則に「不思善悪」という話があります。

仏教系の中学高校で書道部に属していたため、月1回禅寺で行なわれる書道会の前に座禅をする慣わしでした。座禅を組んでいると、西川玄苔案主(中日新聞の占いを担当されていました)が、朗々たる声で講話をされ、そのうちの一つが「不思善悪」でした。難解ですが、釈尊の言われた「あなたはあなたに在ればいい。あなたはあなたに成ればいい。」にも繋がる言葉として意識が蘇っていました。

最近、アリ研でのヌース(直知)に関する議論を眺めていて、欲しい、惜しい、羨む、嫉むなどの世の塵を捨て去った、まっさらな自己から内発的に出ずる能動的な力がヌースではないかと、的外れと思いながら考えております。

参考までに、以下に「不思善悪」の部分を紹介します。

六祖(慧能・えのう)が、五祖(弘忍・ぐにん)から受け継いだ衣鉢(いはつ)を、明(みょう)上座が取り返しに来た。

六祖は、それを石の上に投げ置いて言った。

「この衣は伝法の証ですから、力で奪い取るものではありません。欲しければ持って行かれるがよろしい。」

明上座がそれを持ち上げようとしたが、山のように重くて動かない。
そこで恐れおののいて言った。

「わたしが追いかけて来ましたのは、法を求めるためであり、衣が欲しかった訳ではありません。どうかわたしに悟りの内容を打ち明けてもらえないでしょうか。」

「善とか悪とかを離れたとき、いったいどれがあなたの本来の姿でしょうか。」

明上座は大いに悟った。

さらに大地にひれ伏して尋ねた。
「いま教えていただいた秘密の言葉・秘密の内容の外に、さらに深いものがありますでしょうか?」

六祖は言った。

「わたしが示したものは、秘密でもなんでもありません。もしあなたが自分自身の本来の姿を振り返ってみれば、秘密はあなた自身のなかにこそあるでしょう。」

いかがですか。

今回は、わたし自身の「解説」は付けません。
こういうものは、自分でどう感じるかですからね。

なにか感じた方は、コメントください。

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Profile

石井 泉/いしい いずみ
東京出身。明治学院大学文学部フランス文学科卒。長きにわたり、出版社、編集プロダクションに在籍、主に科学・芸術関係の雑誌、書籍編集およびデザイン、公共施設の展示プランニング等を手がける。2006年に独立し、「エディション・ヌース」として事務所を開設。科学・芸術・哲学の領域を、横断的な視点で編集・表現していく感性と技を模索しつづけている。最近は依頼に応じてエッセイの執筆なども行う。