松島沖のウミネコ
nous letter
2008年5月 1日 15:59

シュルレアリスムと写真 展

シュルレアリスムと写真展 きょう、事務所への出がけに恵比寿の写真美術館まで足をのばし、『シュルレアリスムと写真 {痙攣する美}』展をのぞいてきた。

会場に入るなりアンドレ・ブルトンの『ナジャ』で使われていた写真のプリントが目にとまり、既知であると同時に未知であるようなこの出合いに軽いめまいがして、なつかしさと期待感ではやくも胸がさわいだ。

壁に穿たれた窓をのぞき込むように、一点一点の写真(ほとんどモノクロ・プリント)を見ていったが、アジェやブラッサイ、マン・レイ、ベルメール、日本の植田正治など、すでに一度ならず目にしたことのある写真が全体で200点ほどの作品の半数以上をしめていて、目新しさの点で少しものたりなくはあった。しかし、写真というのはいつも、新旧に関わらずどこかなつかしいもので、全体としてはどの作品も、結果的に、これみよがしの"芸術性"などという基準を超えた視点において選ばれているのがよかったと思う。
見る人にとって「よい」写真はそれ自体が一種の不思議と触れ合っているものともいえるわけで、それが真正の「シュール」な作品なのかどうかといった"事前"の区分が不要なことを改めて感じた。

それぞれの写真については、余裕がないのでここでは触れない。写真とオブジェ、写真と身体がのっぴきならぬ関係にあることを、ことさらのように感じたことだけ述べておこう。写真がオブジェを、そして裸体を"発見"したということ。そのことを再発見できた写真展だったといってよいだろう。

おもしろいことに、これらの「現実」の瞬間を切り取った写真を見て外の現実世界に戻ると、自分が現実をいつのまにか写真のように見ようとしていることに気づく。目が超現実を探しはじめているかのようだ。

本展は5月6日まで東京都写真美術館にて開催中。

コメントする*印は必須の入力項目です




Profile

石井 泉/いしい いずみ
東京出身。明治学院大学文学部フランス文学科卒。長きにわたり、出版社、編集プロダクションに在籍、主に科学・芸術関係の雑誌、書籍編集およびデザイン、公共施設の展示プランニング等を手がける。2006年に独立し、「エディション・ヌース」として事務所を開設。科学・芸術・哲学の領域を、横断的な視点で編集・表現していく感性と技を模索しつづけている。最近は依頼に応じてエッセイの執筆なども行う。