松島沖のウミネコ
nous letter
2009年10月23日 12:35

高原のバロック  「聖地チベット ポタラ宮と天空の至宝」展を見て

事務所に来る途中、上野で下車して「聖地チベット ポタラ宮と天空の至宝」展を見てきた。
この展覧会を先に見ていた家人にすすめられて行ったのだが、やはり、これは何ともスゴイ、おもしろい!
宗教(チベット密教)美術だから、あまりストレートな俗っぽい反応は慎むべきかもしれないが、まずはこうとでも言っておくしかない。

ずいぶん以前に別のチベット展などで曼荼羅やマニ車などの法具類、いくつかのタンカや仏像は見たことがあった。しかし、仏像マニアからほど遠い私にしても(だからか?)、こんな凄まじく美しい仏像の数々ははじめてである。ひとつだけ紹介してみよう。

たとえば、極め付けといっていい、これを見てほしい。
091023.jpg「カーラチャクラ父母仏(ぶもぶつ)立像」と呼ばれるもので、14世紀前半に作られたらしい。
男女二体の仏が抱き合い合体(合一)した総高60cmほどの立像で、この写真(絵はがき)では隠れて見えない側にカーラチャクラがいる。

図録によると、カーラチャクラは一切の悪に打ち勝つ力を持つ最強の仏である守護尊(忿怒尊)のひとつで、伝説のシャンバラの教主でもある。四面三眼二十四臂(ひ。手のこと)二足。

ひとつの顔を正面に向けているのはカーラチャクラが抱く明妃ヴィッシュヴァマーで、よく見ると背と尻がこちらに向いているので、その顔は『エクソシスト』の少女のようにグルッと後ろをむいているのがわかるだろう。こちらは四面八臂二足(図録ではなぜか何眼であるかが抜けているが、写真をよく見ると額に"縦の眼"があり「三眼」であることがわかる。ちなみに私は四面ではなく五面ではないかと思うのだが、もう一度行って確かめてみなければ何ともいえない)。

千手観音というのもあるし、八面六臂などという表現もあるように、複数の顏と手をもつ仏像は多々あるが(たとえば、人気の高いあの阿修羅像)、この躍動感はどうだろう! いや流動感といったほうがいかもしれない。

現代の劇画やゲームなどのサブカルチャーに慣れた目にも、『北斗の拳』や『ストリート・ファイター』あるいは映画『マトリックス』(ちょっと古いか!?)の、目にも止まらぬ身体の動きをストップモーションで見せる"斬新な"表現手法がシラケてしまうほどの素晴らしさである。その"速度"感!

またも低俗な形容になってしまったが、むしろこれは、爆発的に静止している、ブルトンのいう「痙攣美」と言っていいのかもしれない。相反するものの合一を体現する父母仏像であることも相俟って、その官能性とともに聖と俗、善と悪が溶け合い一体となっているような熱く冷たい輝きを全身から放散させている。

邪悪、俗悪なものを足で踏みつぶしているその形姿が、ヒンドゥー教の最高神シヴァを思わせるのも興味深い。細部の凝りようの凄さも、バロック好きにはたまらい。フィギュア好きにも(海洋堂のフィギュアと比べるのはそもそも転倒というものか)。

本来、この父母仏像は門外不出の、修行を積んだ僧のみが観想をゆるされる仏像らしい。世俗の人間には毒気(瘴気)が強すぎ、この霊的パワーに太刀打ちできず押しつぶされてしまうからだ。実物を見ると、そう言われているのもわかる気がする。

しかし、せっかくの機会である。上野の森に足を運び、この立像を360度の視点から見てみるのもいいのではないだろうか(本展は来年の5月末まで全国を巡回している)。幸か不幸か、本地を離れることで、少しはそのアブナイ"霊力"も緩和されているだろう。これだけでなない。他の展示物も見どころいっぱいで、実物ならではのオーラを発散させている。

私も近づいたり遠ざかったりしながらこの像を何度もまわって見たが、文字通り見飽きることがない。見尽くすことはできない。
他の展示品へ向かおうとしても、ついついこの像に引き戻されてしまう。その磁力は、ほとんど魔術(呪術)的といってよいほどである。

適わぬ望みかもしれないが、いつの日かもう一度、そのあるべき場所、現地チベット(シャル寺)で見てみたいものである。

カーラチャクラよ、非礼、不遜をお許しあれ。

コメント(3)

naohnaoh |2009年10月27日 16:08

すごいアートですね。

陰陽、正邪、静動、剛柔などすべての二元的対立を飲み込むような暴力的な迫力を感じます。

青海鉄道(青蔵鉄道)で西寧からラサまで2000キロの鉄路の旅をして、
ラサのポタラ宮でこの仏様を拝んでみたい。

ギリシャの旅の後かな。

wahei |2010年1月 7日 21:09

やっと時間を見つけて、今日(10/1/7)見てきました。小規模の美術館なのにすごい密度の高い展示でした。どれもこれも艶めかしいのです。身体をぐいぐい引きずられるような感じです。昼近くの時間でしたが、人で結構一杯になっていました。割とシニアの方が多いかなと感じました。

石井 |2010年1月 8日 14:10

waheiさん、コメントありがとうございます。
意外な投稿だったので、ちょっと驚きましたが、うれしいです。
waheiさんのブログもときに拝見しています。waheiさんもいつも「言葉」にしようとしている人なんだな〜。「言葉」とともに生きているとでも言えばよいか・・・。

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Profile

石井 泉/いしい いずみ
東京出身。明治学院大学文学部フランス文学科卒。長きにわたり、出版社、編集プロダクションに在籍、主に科学・芸術関係の雑誌、書籍編集およびデザイン、公共施設の展示プランニング等を手がける。2006年に独立し、「エディション・ヌース」として事務所を開設。科学・芸術・哲学の領域を、横断的な視点で編集・表現していく感性と技を模索しつづけている。最近は依頼に応じてエッセイの執筆なども行う。