松島沖のウミネコ
nous letter
2011年2月 3日 17:45

夢見の箱〜「野生の創造展」を見て〜

ここは東南アジアのどこかの島か
群青色の海面
その下に泡にくるまれた
心臓のように脈打つ赤いルビーの炎が見える
地下から噴き出るマグマの舌なのか
地震があったらしい見知らぬ地の海岸線を走るバスの窓から
私はその炎の宝石をデジカメに撮る

日本のマスコミにこの写真を送って報道してもらおう
掲載されたらお金ももらえるはずだし
誰かにパソコンで「朝日」に画像データを送信してもらうため
ある村のある家のある部屋に入るが
人も部屋も混乱していてなんだかわけがわからない
森のそばのこの地が地震とパニックで揺れている

----こんな夢から覚めても
眠りの渚で私は何かを探しつづけていた

失われた夢日記
最近、家の整理をしたとき古い机の引き出しの奥にみつけた
あの夢のノートはどこへいったのか
「溶ける宝石」の夢がそこに鉛筆で書き込まれているはずだ
学生のころスタージョンの『夢見る宝石』を読んだあとに見た夢だ

大学の恩師の最終講義が数日前に行われたが
パーティで当時の友人たちと飲んだ赤ワインのグラスに
死んだともだち、ここへ来なかった知人たちの影が映り込む
きみたちはどこへ行ったのか
「宝石は溶けて流れさる」と夢のなかで誰かが言っていたはずだ
笑い声だけが頭蓋のような部屋に悲しげに反響する

Tai Rei Tei Rio なんだか呪文のようなCDのタイトル
そういえば昨夜
枕元の小さなステレオでこの音楽を聴きながら寝入ったのだった
馬喰町ART+EATで「自然の産婆術 野生の創造展」っていうのを見て
そこで買って、巣に帰る鳥のように寝床まで運んできたのだ
音は流動する溶岩を思わせるときがあったし
アートワークの模様と色は家の絨毯のようで
硬膜下血腫の溜った血を思わせる
あるいは羊水の、そんな音の色

ブリコラージュとしての神話が出会い、生成する場なのか
じつは、この展覧会に私も参加していたかもしれないのだが
だからか、私の♪存在する不在感(ムーンライダーズ)のなかに
幽霊のようなもう一人の私を私は探していたのだ
この展覧会は私にとって
そんな失われた宝石の夢を再び見出すための通路であり
会場そのものが「夢見の箱」のようだった

maieutike2011_240.jpg

(注)文中の「Tai Rei Tei Rio 」(タイ・レイ・テイ・リオ)は高木正勝のアルバム・タイトル。「夢見の箱」は井藤昌志+高木正勝のコラボレーション作品「dreaming like singing」(上の写真)の「箱」の部分の題名で、井藤昌志の作。数年前、はじめて郡上八幡の井藤さんの工房(木工所)にお邪魔したとき、おいしいお酒をいただきながら、「箱」っていうテーマでなにかできるとおもしろいよね、などと歓談したことを思い出す。

コメント(2)

庵頓亭主人 |2011年2月 9日 19:49

久々の「夢日記」を拝読して、本当にうれしく思います。

実際に過ぎ去ってしまった遥か過去の日々 その出来事/人々は一体どこへ
行ってしまったのでしょうか???

記憶(または夢)という不思議な脳のメカニズムによってしか もう出会えない
それらのかけがえのない人々/モノ達に 狂おうしい程の哀惜/愛着の情を感じる
昨今です、、、、

「夢と知りせば 醒めざらましを、、、、」なんて嘯きながら「夢見るように
眠りたい」今日この頃です、、、、、


庵頓

石井 |2011年2月 9日 20:29

無意識が招くままに、自分でも何を言いたいのかわからぬままに書いているようなヘンテコな詩もどきの拙文にコメントをいただき、こちらこそ本当にうれしく思います。
このような文にコメントをもらうなど(コメントできるなど)、まったく当てにしていなかっただけに、なおさらうれしい驚きです。
きっと庵頓様だからこそ、ですね。
現在、いろいろな面でひとつの「曲がり角」にあって道に迷っているように感じていて、そんなときは記憶(または夢)が現実に滲み出してきやすいのかもしれません。
きっと、ある面、同じような人生の地点、似たような不安定な感覚(感じ方)の状態に私たちはあるのでしょうね。

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Profile

石井 泉/いしい いずみ
東京出身。明治学院大学文学部フランス文学科卒。長きにわたり、出版社、編集プロダクションに在籍、主に科学・芸術関係の雑誌、書籍編集およびデザイン、公共施設の展示プランニング等を手がける。2006年に独立し、「エディション・ヌース」として事務所を開設。科学・芸術・哲学の領域を、横断的な視点で編集・表現していく感性と技を模索しつづけている。最近は依頼に応じてエッセイの執筆なども行う。