GW岡山県巡り
岡山大学に着任して7ヵ月がたちましたが、まちづくりのお手伝いを担当するという業務ながら、岡山県の主要な史跡や景観豊かなポイントに足を運ぶ余裕が無かったのが現状です。このGW(4月29日~30日、5月3日~6日)は一念発起し、廻れるだけ県内を見て歩きました。

▲ 児島下津井
岡山藩主池田光政公が日本初の庶民の学校として開いた閑谷学校、日本刀で有名な長船、JR赤穂線伊部駅前に広がる備前焼工房の町並みや平安時代の窯跡、瀬戸大橋と島々を一望する鷲羽山と下津井港の古い町並みと「むかし下津井回船問屋」、倉敷市美観地区、岡山市西川緑道公園キャンドルナイト、高梁市の町並みと備中松山城や人名が駅名についた方谷駅(山田方谷については以前に既載)、新見市の最北西部に位置する哲西町(ここは岡山大学医学部が応援する中山間地医療を支える哲西診療所があり、現地見学に参りました)、また、美作市の湯郷温泉の源泉かけ流し、和気神社(和気清麻呂)と藤祭り、日生(ひなせ)の展望台にて瀬戸内を眺め名物"カキオコ"(蠣のお好み焼)を食しました。
瀬戸内では、牛窓の海岸や史跡を巡り、岡山大学理学部付属臨海実験所に立ち寄りました。駆け足ながら岡山を満喫したGWでした。廻った個所が多すぎてコメントの書き込みを断念しました。写真を掲載します。

▲ 長船刀剣博物館と備前焼の里

▲ 岡山西川緑道公園キャンドルナイトと備中松山城の鯉のぼり

▲ 高梁市町並み

▲ 倉敷

▲ 日生のお好み焼き。こちらからこの他の岡山県の写真がご覧いただけます
岡山県「第3次おかやま夢づくりプラン」リエゾン・サポーター

4月25日(水)、岡山県が策定した「第3次おかやま夢づくりプラン」(平成24年度からスタートした中期総合計画)のPRや提言をする「夢づくりリエゾン・サポーター」を委嘱いただきました。総勢37名で、県内の様々なまちづくりに関わる皆さんで構成されています。その顔合わせ会が県立図書館にて開催されました。
岡山大学では、地域総合研究センターの企画として、この「第3次おかやま夢づくりプラン」策定に携わった県の担当者の方をテーマごとにお招きし、石関町に開設する「岡山大学まちなかキャンパス城下ステーション」にて学習会を開催する予定です。
参加を希望する学生たちには、講義を聴いた後でディスカッションを行い、最終回には意見具申の報告書を提出してもらおうと考えています。
学生たちが県の重要な仕事の内容を理解してくれることに期待します。
第3次おかやま夢づくりプランの推進に関する大学連絡調整会議
4月19日(木)、岡山県が発表した「第3次おかやま夢づくりプラン」について岡山県主催により、岡山県内の大学がどのように関わるべきかを考える連絡調整会議が岡山県立図書館にて開催されました。
参加大学は、岡山大学、岡山県立大学、岡山商科大学、岡山理科大学、吉備国際大学、倉敷芸術工科大学、くらしき作陽大学、山陽学園大学、山陽学園短期大学、就実大学、就実短期大学、中国学園大学、中国学園短期大学、ノートルダム清心女子大学、環太平洋大学、津山工業高等専門学校です。
冒頭、岡山県総合政策局政策推進課の矢吹周平課長から、第3次おかやま夢づくりプランの推進には大学との連携体制が重要であるとの挨拶がありました。続いて、関係資料に沿いながら第3次おかやま夢づくりプランの概要説明、大学出前講座との関係、県が本年1月16日に策定・発表した「グローバル人材育成等プラン」に掲げる大学との連携施策についてなど、各担当から説明がありました。
そして質疑応答に続き、各大学からの周知事項として、小職より岡山大学学都構想に基づく「まちと共に歩むグローバル化と人材の育成に関する考え方」と題して話題提供をさせていただきました。

ソメイヨシノは葉桜となりましたが、岡山城と後楽園に隣接する県庁や県立図書館の周辺には八重桜が見頃となっています。
セントラルホテル岡山にて
4月17日(火)、は岡山商工会議所さんとの交流会を西川緑道沿いにあるセントラルホテル岡山1Fのお店で開催しました。それに先立ち、このホテルの10Fに移築されている、昔この地にあった家屋の座敷を見学させていただきました。
ホテルは普通のビジネスホテルなのですが、ドアを開けると、そこは純和風旅館の高級なお部屋を思わせるたたずまいが現れました。床柱や梁のつくりも見事で、とりわけ欄間の細工や床の間の造作は、そうとうな技を持つ職人さんの手によるものと素人の私にも推測できます。

▲ 旧杉山邸の一室
ご案内頂いた、女将(杉山真子専務)は、宇喜多秀家の母(おふくさま)の歴史を語る会である「おふくの会」会長も務めておられます。さて、女将によれば、幕末には西郷隆盛や勝海舟、もしかすると坂本龍馬も立ち寄った屋敷であり、祖父にあたる杉山岩三郎氏は、岡山西郷と呼ばれ、東京から多くのことを岡山に取り入れた方で、実は岡山商工会議所を開設された方であるそうです(商工会議所は明治11年に東京、大阪、神戸で設立され、その後主要な産業都市に相次いで設立された。岡山商工会議所は、「岡山県商法会議所」として明治12(1879)年12月、中四国初、全国でも10番目の商工会議所として設立されている)。
実際に主にあてた西郷従道直筆の手紙が飾られていました。女将さんから杉山岩三郎氏の生涯を通じた岡山への貢献と幕末当時の世相や戦前戦後のまちの変遷について興味深いお話をお聞かせいただきました。このお部屋は普段宿泊には使っていないそうですが、茶の湯や日本的な催しなどには利用しているとのことです。

▲ 西郷従道の手紙
「この部屋は幸いにして戦災を免れた旧杉山邸の一部で、備前西郷と言われた杉山岩三郎の建設したもの。明治維新の元勲、伊藤博文、勝海舟、大山大将など次いで大隈重信、財界では、渋沢栄一、安田 善次郎、その他多数の政財界名士、昭和に入ってからは加賀宮様、近くは吉田首相の御駐泊になられた由緒ある部屋である。当ホテル建設にあたり取り壊すに忍びずこのホテル内に収容した次第であります。 昭和57年6月 館主敬白」
留学生に日本(岡山)の近代の歴史や文化を知ってもらう教育プログラムを企画する際には、ぜひともご協力を頂きたいと感じました。



