JR武蔵小金井駅を起点に、玉川上水沿いを小金井公園、JR三鷹駅経由で井の頭公園、JR吉祥寺駅まで歩いた。中央線の駅にして武蔵小金井、東小金井、武蔵境、三鷹、吉祥寺までの行程である。
小金井公園の園内は広く、三井八郎右衛門邸、高橋是清邸をはじめ万世橋交番など昔の建造物が移築された「江戸東京たてもの園」などのスポットも整備されている。玉川上水は、中央線の北側、小金井公園に沿って五日市街道と共に途中まで東に流れ、川沿いには歩道が整備され、JR三鷹駅の真下で中央線と交差している。小金井から三鷹まで、約1時間の道程である。三鷹といえば、太宰治(1909~1948)が山崎富栄と玉川上水に入水心中して果てたのが、昭和23年6月13日。毎年6月19日に太宰を偲ぶ会が、駅近くにある「禅林寺」で、死の直前の名作「桜桃」にちなんで「桜桃忌」として開かれている。
今回は「禅林寺」を訪れる代わりに、駅前にある、即席麺の研究者なら必ず立ち寄ると言われるラーメンの名店「江口」へ立ち寄り昼食をとった(笑)。家内も私も「大盛りチャーシュー」をお願いした。そば粉を混ぜたと思われるような独特の黒っぽい地粉麺が特徴であるが、注文すると、店主の神業により、なんせ、あっという間に出てくる。丁度、お昼時で列が出来たため、われわれも店主に負けない早業で一気に腹におさめて店を出た。「おいしかったね」と言いながら汗をかいた私に家内がハンドタオルをくれた。「太宰も、彼自身か山崎富栄が麺フリークで、二人で入水前に蕎麦屋の暖簾をくぐっていれば、思い留まったかなあ?」と言うと、「あなたは、ラーメンの食べすぎで、体重を苦に入水しないように」と笑顔が返ってきた。

▲ 山本有三記念館を背景に
館内の一室そのあと、玉川上水に歩みを戻し、「路傍の石」「米・百俵」などの小説や戯曲で知られる作家山本有三(1887~1974)の記念館に立ち寄り、館内とお庭を拝観した(三鷹市山本有三記念館 入場無料)。中学の音楽教師である家内は、「心に太陽を持て」の著作をはじめ文庫活動や教育相談に尽力した功績に、私は国会議員として日本国憲法の口語化運動を展開した彼の活動に興味を惹かれた。また、この辺りは田園調布や成城学園に並び称される高級住宅街であり、家構えや庭の植栽を品評しながら散歩した。井の頭公園に到着したところで、今回の玉川上水散歩を終了とした。
久しぶりに井の頭公園の池を一周したが、あいかわらず、池の周りは、大道芸や楽器の演奏、絵や工芸品など自作のアートグッズを販売する人などで賑わっていた。大勢の人垣が出来ていた玉乗りをする芸人を遠くから観劇? した。歳は私と同じ四十半ばか少し上であろう。巧妙な語り口調に周囲は爆笑していたが、この人、昔はサラリーマンをしていたのだろうか、何のきっかけでこの途に入ったのだろうか、と余計な詮索をしはじめると少し悲しい気持ちになり、途中で立ち去った。
旅の締めに、反省会と称して、焼き鳥の老舗「伊勢屋」で定番の焼き鳥盛合わせと煮込みを頼んだ。「ここで刺身類を注文する人は素人である」と、かつて社の先輩で、現在出版社社長のT氏から教わったことを思い出した。風通しの良い開けっぴろげの広い店内は、日が落ちて寒くなり客は閑散としていた。歩き続けて身体が上気していたせいもあり、最初は家内が生ビール、私は酎ハイでスタートしたが、落着くと寒くなり熱燗に切り替えた。暮れに日本酒の専門家I氏から教わった日本酒の「アル添(醸造用アルコールとはラム酒である…云々)」に関する講釈を家内にウケ売った。なるほど、当店の熱燗は正真正銘「アルコール添加」の代表選手で、舌が“ぴりっ”と少しシビレ、逆に、後に甘ったるい雑味が残る。焼き鳥も少し冷めると硬くて噛めない、砂肝とかしらが石と化した。それでも我々にはご機嫌な一日であった。

