
▲ 磯辺さんが描いた室野農舞楽回廊のイメージスケッチ



▲ 室野の瀬替え田
渋海川は、新潟県十日町市松之山の三方岳を源流とする一級河川だ。「此川屈(まが)り曲(くね)り、広狭(ひろせま)言ひ尽(つく)すべからず」と『北越雪譜』(天保六年 鈴木牧之著)にあるように、起伏に富んだ山間部を複雑に蛇行しながら北東に向かい、長岡市長生橋の上流2km付近で信濃川に合流する。
清冽な雪解け水、朝夕の温度差など、良質の米が育つための自然条件が整った環境にありながら、渋海川流域には広い平坦地がほとんどない。そこで、昔から極限の土地利用ともいうべき農地開発の工夫がなされてきた。人工的に川の流路を変えて、元の河道に新田を造成する「瀬替え」もその一つだ。瀬替えは耕地不足を補うだけでなく、洪水被害を防ぐ手段としても有効だった。新潟大学大学院自然科学研究科による最近の調査によれば、延長約82kmの渋海川で、江戸初期から昭和中期にかけて行われた瀬替えは全部で47箇所に上る。
十日町市室野の佐越(さごえ)橋の袂にも、そんな瀬替え田の一つがある。蛇行によって狭くなった丘陵脚部に間府(マブ)と呼ばれるトンネルを掘って水を引き込み、川を直流化する工事が行われたのは江戸後期のことだ。頻発する洪水と連年の飢饉から脱出するため、村人たちが挑んだ全て手作業の大土木工事は、想像を絶する苦難の連続だったろう。瀬替えによって生まれた馬蹄形の低地(氾濫原)から大きな石を取り除き、元の川底に礫を並べて土を盛り、水を溜めて水田にするにはさらに長い年月と膨大な労力が費やされた。
地元では中段(なかだん)と呼ばれるこの瀬替え田は、渋海川に接する還流丘陵を囲むようにして馬蹄形に広がっている。馬蹄形の外周のU字部分は段丘崖でその斜面が圃場を囲み、小さいながら盆地形を作っている。この地形をインカのミューレイやヨーロッパにみられるローマ期の円形劇場の遺跡に重ね合わせたのが、アーティスト磯辺行久さんだ。
磯辺さんは東京藝術大学在学中の62年に読売アンデパンダンにワッペンを連ねたレリーフ作品を出品、日本ポップアートシーンの先駆として注目された。現代美術のエースとして活躍中の65年に渡米、ペンシルベニア大学大学院でエコロジカル・プランニング(環境資源適性評価に基づく計画作り)の研究を始めたが、アーティストから研究者へのこの転身は当時の美術界を驚かせた。その後、M・ポール・フリードバーグ地域計画事務所勤務を経て72年に一時帰国。(株)リジオナル・プランニング・チームを設立し、日本の地域環境管理システム作りをリードしてきた。

▲ 2000年の磯辺作品「川はどこへ行った」。昔の信濃川の川筋を3.5kmにわたり、約600本の黄色い杭によって再現した

▲ 2003年の作品「川では、河川の浸食によってできた崖の幅100mの足場をかけ、各時代の水位をマーキングした
そんな磯辺さんが、98年、妻有地域の「環境資源目録作成調査」を引き受けた。さらに2000年には十日町市役所から「十日町市環境基本計画策定調査」を受託。その知見を基に同年の「越後妻有アートトリエンナーレ 大地の芸術祭」で「川はどこにいった」という、信濃川をテーマにした期間限定のプロジェクトを行い、大地そのものをダイナミックにデザインして高い評価を得た。
また、2003年の同芸術祭では川の垂直方向の変化に着目し、「信濃川はかつて現在より25メートル高い位置を流れていた―天空に浮かぶ信濃の航跡」で妻有の大地創生のドラマを作品化し、人々をあっと言わせた。
この「大地の芸術祭」とは、アートによる新しい地域再生モデルとして注目される屋外型の国際美術展で、760km2という広大な越後妻有(十日町市と津南町近辺の総称)の大自然を舞台に、三年に一度開催される。第三回目を迎えた今年は、2004年の中越大地震とそれに続く昨年夏の豪雨、この冬の豪雪を乗り越えての開催となり、アーティスト、地元住民はじめ参加する全ての人にとっていっそう意義深いものになるだろう。そこで磯辺さんは、いままでの二作品の集大成として、ここ室野の瀬替え田に渋海川のかつての流路を蘇らせ、会期中(7月23日~9月10日)巨大な円形回廊を現出するアートプロジェクトを構想したのだ。

▲ 室野の圃場を調べる磯辺行久さん
「まだ雪の残る圃場の真ん中で試しに手を叩いてみたら、音が崖の斜面や木にぶつかって複雑に交錯するのです。あ、古代円形劇場の音響効果によく似ているなと感じました」と磯辺さん。
何かこの特異な空間を最大限に生かす演出はできないか。円形回廊にさらに農楽の舞台のイメージを重ねてやぐらを設置し、そこで音を奏で舞うことで、農業の喜び、土地や水への執着、地域信仰への回帰といった土着の感情に帰するものを表現したい、そう思ったという。
磯辺さんは、そのアイデアの実現を、世界的に活躍し、越後妻有とも関わり深い鬼太鼓座の代表、松田惺山(せいざん)さんの手に委ねた。太鼓は、原初のリズムを刻む楽器であり、どこの国でも宗教儀礼や祭りと結びついて民族の歴史や文化に深く根付いている。松田さんは、日本各地の和太鼓の祭衆と海外の太鼓仲間に室野農舞楽回廊での競演を呼びかけた。これに国内では八丈太鼓(八丈島)、大太(だいたい)(伊那)等が、海外からはACOUSTEEL GANG(アコースティール・ギャング)(フランス)、PURI(プリ)(韓国)、BAMI(バミ)(カメルーン)等が応え、地元の室野太鼓他も加わって2006年8月5日、一夜限りの農舞楽回廊ライブ「世界太鼓フェスティバル」の開催が決まった。

▲ 音の反響効果を確認するため圃場を訪れた松田惺山さん
松田さんにとってこのイベントは、太鼓をそのルーツである田に戻すことであり、太鼓の響きを介して土地の記憶と農の喜びを今に蘇らせるための祈りの行為である。全国から訪れる観客は、圃場の内部から、また段丘崖の上を走る道路からそれを見下ろし、土着的でありながら幻想的な舞台背景と世界的ミュージシャンの演奏に酔いしれるだろう。
しかし、会場の提供者である地権者・耕作者たちにとっては、開催予定日前後は稲の出穂(しゅっすい)期であり、圃場の管理に神経質になる時期である。地域活性化に期待する反面、田圃が荒れることへの警戒感も強い。
実は、他人を自分の田圃に入れることに農民がどれほど強い抵抗感を持っているか、磯辺さんは過去の経験からよく知っていた。2000年のプロジェクトは、信濃川の百年前の流路に5メートル置きに彩色された杭を打ち込み、かつての姿を蘇らせるというものだったが、田圃の中に杭を打つ許可が耕作者から得られないため、一時は暗礁に乗り上げたかに見えたのだ。そのとき、自分の田圃に自ら杭を打とうという人が現れた。測量士でもある南雲昇さんだ。
南雲さんはその後、米作農家と作家双方の立場を理解し、つなぐという大事な役目を担った。さらに、測量技術を活かして図面を描いたり、木材にペンキを塗ったり、見学者に作品解説をするなど、制作スタッフの一人として積極的にプロジェクトを支えた。そのように関わったことで、南雲さんは作品の見方も自然の見方も大きく変わったという。また、「人と人のつながりは自分がその気になればどんどん大きくなっていくことに気づくことができました」という。南雲さんは、今では磯辺プロジェクトに欠かせないパートナーの一人だ。
こうした経験を踏まえ、磯辺さん、松田さんはじめ制作者サイドは、今回も早くから地元行政や地域住民、瀬替え田の地権者・耕作者とのコミュニケーションを図ってきた。また、工作物の施工や材料の供給はほとんど地元の工務店、商店に依頼し、イベントの管理・運営についても十日町地域広域事務組合、十日町市松代支所、JCなどの参画を要請した。その結果、たとえば会場の照明にかがり火を使いたいとなれば、たちまちあちこちからかがり火台が集まるという具合に、プロジェクトは地域の祭りとしての活気を帯びていった。

▲ のどかな室野の5月
中段の地権者・耕作者を束ねる室野地区の区長、佐藤定行さんは「問題は山積みだが、みんなでこれを実現すれば地域の団結力が強まり、必ず後々生きてくる、だからやるんです」と、地元住民が参加する意義を語ってくれた。
しかし、このプロジェクトを成功させ、「瀬替え田」というものがこの地域にとってかけがえのない環境資源なのだという認識をみんなで共有するためには、もう一つ欠かせない要素がある。それが観客のマナーだ。
磯辺さんが作成に関わった「新環境基本計画」には「国境を越え、あるいは地球規模にまで至る環境問題もその原因をたどれば、いずれも地域における人間活動に還元される」とある。美しい里山の成り立ちを考え、それを守るために何をすべきか、何をすべきでないかを考えることは、地域住民だけでなく、そこを訪れる全ての人にとってたいせつな課題といえよう。
・大地の芸術祭実行委員会事務局 tel:025-757-2637
・同東京事務局 tel:03-3476-4360
・URLhttp://www.echigo-tsumari.jp/
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*本記事は『FRONT』2006年8月号からの転載です。
・リバーフロント整備センター

